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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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    フリーはつらいよ。 〜その4〜

「そんな……。そこまでやる必要ないじゃないですか」


 田中はさっきまでの勢いが嘘のように、情けない顔で御手洗に言い寄った。


「大丈夫ですよ。別に田中さん本人を訴えるわけではないですから。田中さんにそういう仕事をさせた株式会社マジカルを訴えますから」


 田中の顔が青ざめた。そういう事をされたらこの先の自分が危うい立場になることは想像に難くなかったからだ。


「それだけは勘弁してください……。料金は私のボーナスで支払いますから、今回の件は大目にみてもらえませんか」

「田中さん、そういうことじゃないんですよ。あなたも社会人だったらわかるでしょう?」


 田中はうなだれ、鼻水をすすり始めた。


(えっ、泣いてるのか? あんなに威勢が良かったのに……。案外、小心者なんだな。でも、ちょっとやりすぎたかな)


 御手洗はこれ以上田中を追い詰めるのをやめた。


「わかりました。訴えるのは一旦保留にしておきましょう。ただ、今回の件は部長に相談してください。もともと今回の仕事は部長からの依頼だそうなので」


 田中の顔が少し明るくなった。


「ちょ、ちょっと待ってもらえますか」


 そう言って田中はポケットからスマホを取り出し部屋から出て行った。どうやら廊下で誰かに電話をかけているようだ。多分、相手は部長だろう。しばらくして田中が戻ってきた。よっぽど叱られたのだろうか、その顔はげっそりとしていた。


「今、部長にこの件に関して報告しました。部長は、まず御手洗さんにお詫びし、そして正当な対価をお支払いしろと言われました」


 田中は深々と頭を下げた。


「誠に申し訳ありませんでした……」


 御手洗は田中の後頭部を見ながら、僅かの勝利感と、言いようのない虚無感に襲われた。


「田中さん、頭をあげてください」


 情けない表情を見られるのが恥ずかしかったのだろうか。田中は何故か頭を上げなかった。


「わかりました。では、この件はこれで終わりにしましょう」


 御手洗はテーブルの上の私物をかたずけ、それをバッグの中に入れた。


「田中さん。お力になれず申し訳ありませんでした。では失礼します」


 そう言って頭を上げようとしない田中に一礼し、部屋を出て行った。その夜、御手洗は宿泊所には寄らず、駅前のビジネスホテルで一泊した。




 次の日、御手洗は電車で帰宅の途につき、揺れる電車の中で昨夜の事を思い出していた。


(あ〜。なんか、後味悪い〜なぁ……)


 御手洗は昨夜の自分の態度に関しては後悔してなかった。あれくらい(したた)かじゃないと、とかく足下を見られがちなフリーとして生きて行けないと思っていた。しかし、あの田中の情けない泣きっ面を思い出す度、嫌な気分になった。


(いっそ田中さんが僕に殴りかかってきて、取っ組み合いの大喧嘩になった方がスッキリしたかもしれないなぁ……)


 御手洗は電車の窓にぼんやりと映った自分の顔に向かって話しかけた。

 その時、スマホに一通のメールが届いた。差出人は田中の上司の部長からだった。内容は、今回の件に関する詫びと、支払い料金の明細だった。明細には往復の交通費と三日間の拘束料金が書かれてあった。しかし、プロットの制作費は含まれてなかった。


(まぁ、OKがでなかったから仕方ないか……)


 そしてメールの最後には、これからこのような社外スタッフに対する失礼が二度とないように社員教育を徹底する、との部長の決意が書かれてあった。


(そうしてください。フリーの連中は僕のような強かな奴ばかりじゃないので……)




 それから半年後――。

 幸運な事に、仕事の依頼が徐々に増えてきた御手洗は、それなりに忙しい日々を送っていた。

 ある日、御手洗はふと田中のことを思い出し、その後どうなったのか気になった。そしてスマホでゲーム業界人が集う投稿サイトを開き、『株式会社マジカル』というワードで検索をかけてみた。しかし、田中と思われる『T』の文字は全く現れなかった。


(以前読んだ『T』に関する投稿も削除されてる……)


 御手洗はそれ以上調べるのをやめ、いつもチェックしているゲームニュースのサイトを開き、最新ゲームに関するニュース欄に目を通した。


(あれ? これは……)


 その中に、どこかで見た顔の写真があった。御手洗は目を丸くした。それは田中だった。記事の内容は田中がディレクションした最新ゲームに関するインタビューだった。


(へぇ~。あの企画、ゲームになってたんだ。てっきり田中さんはあの一件でおろされて、企画自体が没になったと思ってたよ)


 早速、そのインタビュー記事を読んでみた。人の性格はそうそう変わらないものだ。相変わらず、自惚れにも聞こえる田中の自画自賛節が炸裂していた。苦笑しながら流し読みしていると、ある箇所で御手洗の目が止まった。


記者:ところで、今回のゲームシナリオは凄く出来が良いとの評判ですが。


田中:そうですか? それは嬉しいです!


記者:私もプレイさせてもらいましたが、田中さんの前作とはガラリと雰囲気が変わりましたね。まるで別人が書かれたのかと思いましたよ。(笑)


田中:別人ですか? まぁ、確かに別人と思われるぐらいシナリオの書き方を変えましたから。


記者:ほお、それはどういう理由で?


田中:実は、名前はここでは言えませんが、ある方に叱られたんですよ。こっぴどく。


記者:叱られた? なんでまた。


田中:それはお恥ずかしいので言えませんが(笑)、とにかく仕事に対する自分の考え方の甘さに気づかせてもらったんです。


記者:なるほど。その事がシナリオにも影響したと?


田中:はい。目が覚めました。正直、今までの僕のシナリオは感性センスだけで書いていました。でも、それではいつまでたっても物語が広がってゆかないので、思い切って考え方を変えてみたんです。


記者:それで、あのように緻密に計算された展開になったんですね。ところで、田中さんが好きなシナリオのゲームってありますか。


田中:はい。『ドラゴン戦記』です。あれは本当によくできてます。僕が目指す最高のシナリオです。それと、『コルロの不思議な物語』です。


 記事を読み終えた御手洗は、ふうと息をついてスマホを机の上に置いた。そして、窓の外の景色を見ながらつぶやいた。


(頑張ってるじゃん、田中さん。お互い、いつかドラゴン戦記みたいなシナリオが書けるように頑張りましょう)


 御手洗は再びパソコンに向かって、依頼された仕事の続きを始めた。



 『フリーはつらいよ。』 〜おわり〜

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