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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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    フリーはつらいよ。 〜その3〜

 水曜日――。

 あれから御手洗は宿泊所には戻らず、徹夜で田中のゲームをクリアした。そして会議室で一時間ほど仮眠をした後、そのままプロットのやり直し作業を始めた。


 午後一時過ぎ――。昨日と同じように田中が会議室に顔を覗かせた。


「おはようございます。あれ? もしかして徹夜しました?」


 田中は御手洗の充血した目と、部屋の中の生暖かい空気と僅かに臭う体臭に気づいた。


「はい。田中さんのゲームをクリアしましたよ」

「どうでした? 僕の世界観のイメージが分かっていただけました?」


 御手洗は許されるものなら「わかんねえよ! こんなシナリオじゃ!」と正直な感想の一つも言いたかった。しかし、それを言ったらおしまい。グッと我慢して頭の中を前向きモードに切り替えた。


「はい。だいたい。でもちょっと確認したい事があるのでお時間いただけませんか」

「今からですか? う~ん、これから大切な打ち合わせが入ってるんですよねぇ……。長くなりますか」

「ええ、まぁ……。今、プロットのやり直し作業をしているので、できるなら時間をとっていただければと」


 田中はわざとらしく腕時計を見て、首を横に振った。


「ちょっと厳しそうですね。プロットはいつ頃までにできますか」

「確認する時間をいただければ、午後七時ぐらいまでには……」

「そうですか。じゃあ、それより少し遅くなってもかまわないので、そのまま進めてもらえますか」

「いえ、ですから、それではまた田中さんのイメージと違うものになる可能性があるかもしれないので……」

「大丈夫ですよ。僕のゲームをプレイしていただいたので、昨日ほどイメージからズレる事はないと思いますよ。じゃあ、ちょっと急いでますので後ほど」


 そう言って田中はいつものように部屋からさっさと出て行った。


「なんだよ。こちらの打ち合わせは大切じゃないのかよ。バカにしやがって……」


 面白くもないゲームを徹夜でプレイしてかなりストレスが溜まっていたのか、御手洗は荒ぶる心を止められず毒づいた。


 会議室の壁にかかった時計の針が午後八時を回った――。御手洗は既にプロットを三本あげ、それらを何度も読み直していた。

 会議室のドアが開き田中が入って来た。


「お疲れさまです。もうできてます?」


 御手洗は何も言わず、ノーパソを田中の目の前に持っていった。田中はまた頬杖をついてプロットを読み始めた。そして、しばらくして読み終えるとうんざりした表情で頭を掻いた。


「だからぁ、違うんだよなぁ……」


 御手洗は「またか」と心の中でつぶやき、小さくため息をついた。


「どこがダメなんでしょうか」

「御手洗さん、僕のゲームをちゃんとプレイしてくれたんですよね」

「はい……」

「じゃあ、なんでこうなるのかなぁ」


 御手洗は相変わらず何が言いたいのかよく分からない田中の感想に苛つき、少し感情的な口ぶりで訊いた。


「すみません。どこがどう田中さんが求められているものと違うのか、もっと具体的に説明していただけませんかね!」


 田中はその言い方にギョッとして目を丸くした。


「具体的に? でも、それを説明して御手洗さんがその通りに修正したら、結局このプロットは僕の考えたものと変わらなくなってしまいますよね。だったら、わざわざ御手洗さんにお願いした意味がなくなるじゃないですか。僕は御手洗さんの個性も大切にしたいんです」


(なに言ってるんだ、こいつ。一見もっともらしいことを言ってるみたいだけど、結局、論理的に考えて説明するのが苦手なだけじゃないのか? だからあのゲームのシナリオは物語の整合性が破たんしてわけがわかんないんだよ)


 御手洗は心の中で田中に文句を言った。その気持ちが表情に少し滲み出たのだろうか。御手洗の顔を見た田中が眉根を寄せた。


「僕、なんか気に障るようなこと言いました?」

「いえ、別に。ただ、どうして説明していただくのを、そんなに渋るのかが分からないんです」

「渋ってなんかいませんよ。逆にいちいち説明しなくちゃ分からないようではクリエイターとして問題があると思いますよ」

「問題? どんな問題がです?」

「クリエイターとしての感性(センス)にです」

「はあ?」


 御手洗は思った。


(こいつやっぱり素人だ。わかってないクリエイターほど感性センスという言葉をやたら使いたがる。自分のいまいちな能力を正当化する道具として。でも本物のクリエイターは安直に感性センスという言葉は使わない。むしろ論理的に考えることを重視し、感性(センスはその論理的思考が創り上げる繊細なアンテナだと思ってるはずだ。少なくても僕がイーストジャパンで関わった一流のクリエイターたちは皆んなそうだった……)


 御手洗は田中との仕事に限界を感じた。これ以上付き合っても良い結果は生まれないかも知れない。だから、これからの状況次第では仕事を断るという選択肢も考えた方がいいだろうと思った。


「田中さん。僕は田中さんが言うような感性センスで田中さんが想い描く世界を理解する力はないかも知れません」


 田中はやれやれという風に肩をすくめ、大袈裟にため息をついた。


「そうですかぁ……。感性センスがないんだ。じゃあ、御手洗さんには今回の仕事はちょっと無理みたいですね……」


 それは遠回しな言い方の仕事の終了宣言だった。しかし、御手洗は自分の方から仕事を断る話をきりだす手間が省けて内心ホッとした。


「それでは残念ですが、今回の仕事はここまでということにしますか」

「そうですか。わかりました……。お力になれず申し訳ありませんでした」


 御手洗は本気でそうは思っていなかったが、とりあえず社交辞令的な詫びを入れた。


「じゃあ、今日はもう遅いので宿泊所で一泊していってください」


 そう言って部屋から出ようとした田中を御手洗が慌てて呼び止めた。


「ちょっと待ってください!」

「なんでしょう?」

「あの、確認したい事があります」

「確認?」


 既に御手洗に興味を失った田中は面倒くさそうな顔をした。


「仕事の料金(ギャラの件で」

料金ギャラ? なんの事でしょうか」

「交通費とプロット制作費、あと三日間の拘束費です」


 田中はポカンとした顔で御手洗を見つめた。


「なんの成果も出していないのにですか? それは話がおかしくないですか」

「プロットに関しては確かにそうかもしれません。それは譲歩してもかまいません。しかし、三日間拘束されてノーギャラというのはいくらなんでも……。もともとここに出向いてくれと仰ったのはそちらですし」

「拘束? 拘束というほどのものを強制した覚えはありませんが。そもそもそういう契約書はかわしてませんよね?」

(えっ? こいつ、何を言い出すんだ……)


 田中が何故か意地の悪そうな笑みを浮かべた。御手洗はまるで詐欺師のような田中の態度に唖然とした。


「では、交通費は」

「僕としては御手洗さんが必ず結果を出してもらえると信じて料金のことを考えていました。しかし残念ながら、その期待に応えてもらえませんでした。逆にこちらとしては予定が狂う事になって正直迷惑しています」

「ということは……」

「経理に申請するつもりはないので、ちょっとお支払いするのは無理かと……」

「そ、そんな……」


 ふと御手洗は投稿サイトの会話を思い出した。


――Tと仕事をやったフリーはみんな泣かされてるから気をつけられたし!――


(まさか、田中は外注いじめの常習犯では……)


 田中がさらにねちっこく御手洗に言った。


「御手洗さんはあの『ドラゴン戦記』や『コルロの不思議な物語』のシナリオに携われてたというから凄く期待してたんですが……。でもある意味、御手洗さん以上に僕には感性センスがあるという事に気づかせてもらい自信がつきましたよ。僕でも『ドラゴン戦記』のシナリオチェックができるかもしれないなって」


 田中はそう言ってにやにやと笑った。


(こいつ、完全に僕をバカにしてる……)


 御手洗の心の奥で何かが切れる音がした。


「おいっ! うぬぼれるのもいい加減にしろよ!」


 御手洗の怒声が部屋中に響いた。予想もしなかった御手洗の激昂に田中は驚愕し目を大きく見開いた。御手洗は堰を切ったように溜まっていた不満を田中に叩きつけた。


「何が感性センスだ! あんな素人みたいな下手くそなシナリオで天狗になって。そんなレベルだからあのゲームは売れなかったんだよ!」


 実は御手洗は、田中のシナリオのあまりの素人臭さに一般ユーザーたちの反応が気になり、ゲームプレイ中にその評判をネットで検索していた。結果は御手洗の予想通りゲームは酷評で、売れ行きもシリーズの中で最低だった。

 田中はまるで自分の恥部を晒されたかのように屈辱に満ちた表情をみせ、目尻を吊り上げた。


「大きなお世話だ! 自分だって大したことないじゃないか。安直に仕事に飛びつく売れないフリーのくせに。もういい、早く出ていってくれ!」


 田中は捨て台詞を吐いた後、まるで野良犬を追っ払うかのようにシッシッと手を振って部屋から出てゆこうとした。その時、御手洗の口から田中が予想もしてなかった台詞が飛び出した。


「訴えてやる」


 田中は部屋から出ようとした足をぴたりと止め、思わず御手洗の方を振り向いた。


「えっ?」

「だから訴えると言ったんだよ」


 田中はまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔で御手洗を見つめた。


「そんな、大袈裟な……」

「とにかくこの件については僕は納得できない。でもこれ以上あなたと話をしても、らちが明かないので法で白黒つけたいと思います」


 御手洗は訴えると言ったものの、本当にそれが可能なのか知らなかったし、実際、このようなケースの訴訟が過去にあったのかも知らなかった。しかし、傲慢な田中のことだ、これくらいの事を言わないと聞く耳をもたないだろうと思って勢いで言ったのだ。と同時に、田中のフリーいじめをここら辺で止めさせなければならないという妙な使命感も沸き上がっていた。たぶんそれは、田中に泣きの目を見せられた犠牲者たちの無念を晴らしたい、これ以上犠牲者を増やしたくないという正義感――いや、フリーの同業者たちに対する任侠心からきたものだろう。

 田中は御手洗の真剣な目を見て本気だと思ったのだろう。次第にその表情が曇り始めた。



 ~つづく~

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