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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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    フリーはつらいよ。 〜その2〜

 週開けの月曜日の午後一時――。

 株式会社マジカルの本社ビルに着いた御手洗は、一階受付の内線で田中を呼び出した。しばらくすると、エレベーターから田中が手を振りながら出て来た。


「あ、御手洗さん、どうも~! 遠いところを御足労いただき、ありがとうございます。さっそくですが、会議室にご案内いたしますので、こちらへ」


 二人はエレベータに乗りビルの三階まで向かった。そして三階の隅にある小さな会議室に入って今後の仕事内容の確認を始めた。


「この会議室は御手洗さん専用にしましたので、ご自由にお使いください。とりあえずゲームの企画書を読んでもらい、それに合うような話のプロットをいくつか考えてもらえますか」

「あっ、その前に……。いや、なんでもないです」


 御手洗は実作業に移る前に仕事の料金ギャラについて話しておきたかった。しかし、仕事の詳細もまだ分からないのに金の話をいきなりするのも少し抵抗感があったので、とりあえず後回しにしておこうと思った。しかし、この甘い判断が後で面倒な事を引き起こす事になるのだが……。


 田中は企画書のコピーを御手洗に手渡した。御手洗はそれに目を通し、あることに気づいた。


「あれ? 既に登場キャラクターは決まってたんですね」

「はい。今回の企画は『不思議な魔方陣』シリーズのスピンアウト作品となるので、シリーズで人気のあるサブキャラたちを登場させています」

「なるほど……。じゃあ、ちょっとゲームをプレイしてどんなキャラか知っとく必要がありますね」


 すると、田中が急に真顔になった。


「えっ? 御手洗さん、弊社のゲームをプレイしたことなかったんですか」

「一番最初の『魔女っ子ルルの不思議な魔方陣』はプレイしましたが、それ以降のシリーズはまだ……」

「なんだかなぁ……。弊社のゲームの事は熟知されてるから仕事を引き受けられたのかと思ってましたよ」


 田中は、まるで御手洗が無責任な人間と言わんばかりに眉根を寄せた。


「すみません。てっきりオリジナルのシナリオを依頼されたのかと思ってました」


 田中は何も言わずに会議室から出て行き、しばらくして数冊の本を持って戻ってきた。そしてテーブルの上にドンと音をたてて置いた。


「これらはシリーズ全作品の攻略本です。大まかなストーリーとキャラ紹介が書かれてあります。今からゲームをプレイするのはさすがに時間の無駄ですから、これを読んで理解しておいてください。それではよろしくお願いします」


 そう言って田中はさっさと会議室から出て行った。


(まいったな……。そういうことだったら、そうと最初に言ってくれればよかったのに……。でも、その事をしっかり確認もせずに仕事を引き受けた僕にも責任があるっていえばあるけど……)


 御手洗はそう反省しながらも、田中のいささか高慢な物言いに不愉快さを感じていた。


(まあ、仕事を受ける立場だ。我慢我慢……)


 それから御手洗は全ての攻略本に目を通し、今回の企画に登場するサブキャラたちのドラマ的役割、性格、言葉づかいなどを事細かに分析していった。


 午後八時になった――。


「おっ、もうこんな時間か。キャラについてはだいだい理解できたから、今日はこの辺で終わりにしとくか」


 御手洗がテーブルの上を片付け始めると会議室のドアが開き、田中が顔を覗かせた。


「まだ仕事続けられますか? ここは二十四時間働けますけど」

「いえ、今日はこれで終わりにします」

「わかりました。じゃあ、宿泊所へご案内します」


 そう言うと田中は御手洗を連れてビルの外へ出た。そしてビル裏手にある薄暗い通りへ向かって歩き始めた。てっきりビル内に宿泊所があると思っていた御手洗は少々面食らった。

 通りを五分ぐらい歩くと、田中がかなり老朽化したビルの手前で止まった。


「ここの四階です」


 田中の後をついて階段を上り四階についた御手洗は、「ここです」と促されて入った部屋の中を見て愕然とした。狭いワンルームの中にはまるで物置のように会社の備品が雑然と置かれ、それらの空いたスペースの中にテレビとベッドが置かれてあった。


「ここは、徹夜したプログラマーが仮眠する部屋です。シャワーやトイレもついてますからご自由にお使いください」


 田中はそう言って部屋の鍵を御手洗に手渡し、「では、また明日よろしくお願いします」と言ってさっさと帰っていった。御手洗はベッドの上に腰を降ろし、置いてあった薄汚れた枕と毛布を見て軽い溜息をついた。


(ずいぶんな部屋だなぁ……。これだったら自腹でビジネスホテルにでも泊った方がよかったかも。でも、予算がないから無理か……)


 御手洗はベッドに寝っころがり、上着のポケットからスマホを取り出した。そして、たまにチェックしている投稿サイトを開いた。そこはゲーム業界に携わるクリエイターたちが情報交換をする場所だった。御手洗は何気に『株式会社マジカル』というワードで検索をかけ、マジカルに関する書き込みをひとつひとつ読んでいった。その殆どはマジカルのゲームを分析するものだったが、その中に少し気になる会話があった。


46名前:業界さん必死です

 まいったよ。マジカルにただ働きさせられたよ


47名前:業界さん必死です

 >>46

 マジカルのTですね。あいつ対した実力もないくせにフリーのゲーム屋を見下してますよね


48名前:業界さん必死です

 >>46

 Tと仕事をやったフリーはみんな泣かされてるから気をつけられたし!


(なんだこれは……。マジカルのTって誰だ? まさか、田中さん?)


 御手洗は画面を素早くスクロールさせ、他に似たような投稿文がないか探した。しかしそれ以上は見当たらなかった。


(なんか気になるな……。でも、Tとつく名前の社員は田中さんだけじゃないから、決めつけるのもよくないか)


 御手洗はスマホを閉じ、仰向けになって染みだらけの天井をぼうっと見つめた。しばらくすると今日の疲れが出てきたのか、小さないびきをかきはじめた。



 火曜日の早朝――。

 御手洗はシャワーをあび、マジカルのビルへ向かった。


(今日は違った内容のプロットを数本あげ、それを田中さんにチェックしてもらおう)


 会議室に着いた御手洗はコンビニで買った朝食をとると、バッグからノーパソを取り出しさっそく作業にとりかかった。

 午後一時を過ぎた――。会議室のドアが開いて明るい表情の田中が現れた。


「お疲れさまです! 今日はどういう予定で作業を行われますか?」

「はい。夕方までにプロットを数点あげたいと思います。そして、それを田中さんにチェックしていただければと考えています」

「夕方までに数点? へえ~、仕事が早いですね。わかりました。では、出来上がりましたらそこにある内線で僕を呼んでください。楽しみにしていますよ!」


 田中は笑顔で部屋を出ていった。


 午後六時を過ぎた――。三本のプロットを書き終えた御手洗は内線で田中を呼び出した。五分くらいすると田中が会議室に現れた。仕事が忙しく疲れていたのだろうか。彼の表情は昼間会ったときの明るいそれとは打って変わって暗く、いまいちぱっとしなかった。


「おつかれさまです。じゃあ、さっそく読ませていただけますか」


 御手洗はテーブルについた田中の前に、プロット原稿が表示されたノーパソを持っていった。田中は頬づえをついてプロット原稿を読み始めた。そして全てを読み終えると、椅子の背にもたれかかり両腕をのばして欠伸あくびをした。


「う~ん、なんか違うんですよねぇ……」


 御手洗は田中のいまいちな反応に動揺した。


「あの、どこがまずかったんでしょうか。詳しく言っていただければ、それを参考にもう一度書きなおします」

「詳しくですか? 詳しくねぇ……。てゆーか、僕が求めているイメージとぜんぜん違うんですよ」

「イメージ? でしたら、そのイメージを説明していただければ助かります」

「えっ、イメージを説明しろと? 無茶言いますねぇ……」


 田中は腕を組み、大袈裟に困惑した顔をした。


(えっ? なぜ説明できないんだろ。イメージが違うと言うのなら、もともとイメージがあるはずなのに……)


 御手洗は、田中に不信感を持った。そしてこう思った。実は田中は最初からノーイメージで、とりあえず自分にいくつか書かせて、そこから自分の趣味に合いそうなものを探そうとしてるのじゃないかと。


(もし、そうならそうで構わないんだけど、それをあえて『イメージが違う』って言われると混乱するよなぁ……。それとも田中さんは、ただ格好をつけたいだけなんだろうか?)


 御手洗が提案した。


「じゃあ、イメージを説明するのが難しいのでしたら、少し話し合ってそのイメージの輪郭をもっと明瞭にしてゆきませんか。その為に私もここに詰めているわけですから」


 すると田中は面倒くさそうな顔をして「ちょっと待ってください」と言って部屋から出て、しばらくして何かを持って戻って来た。


「これ、僕が以前ディレクションしたスピンアウト作品です。シナリオも僕が担当しました。これをプレイして僕の世界観を理解してもらえませんか」


 そう言って田中はゲームが入ったパッケージを御手洗に手渡した。


「御手洗さんのノーパソってウインドウズですよね? だったらこれ、プレイできますよ。じゃあ、僕はこの後、用があるので今日はこれであがります」

「えっ? 話し合いはしないんですか」

「う〜ん。それをプレイしてもらえばイメージが掴めるはずですから、とにかくやってみてください」


 田中は「じゃ、よろしくお願いします」と言って部屋からさっさと出て行った。


 御手洗は手渡されたゲームパッケージをじっと見て、テーブルの上に放り投げた。


(密な打ち合わせをしないのならここで泊まり込みでやってる意味がないじゃないか。だったら自宅で作業してメールのやり取りで十分だろ? ったく……)


 御手洗は口を尖らせながら、パッケージからゲームDVDを取り出しノーパソに入れてゲームを開始した。タイトル画面が出て演出シーンが始まった。


(長い……。それに何だ、この冗長なセリフ回しは)


 御手洗はたまらず演出シーンをスキップしようとした。


(えっ? スキップ出来ない。こんな演出をずっと見せられるのかよ)


 長い演出が終わり、やっとゲーム本編が始まった。御手洗はいまいち気乗りのしない表情でゲームを始めた。そして三十分ぐらい続けたところでプレイを中断した。


(ひどいな……。まるで素人が作ったようなシナリオだ。マジでこれが商品になったのかよ)


 その時、御手洗は昨夜読んだ投稿サイトの会話を思い出した。


――マジカルのTですね。あいつ対した実力もないくせにフリーのゲーム屋を見下してますよね――


 御手洗は嫌な予感がした。


(やっぱり、Tって田中さんの事なのかな……)


 御手洗はこれからの田中との仕事に危機感を抱いた。



 ~つづく~

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