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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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◆第2話 フリーはつらいよ。 〜その1〜

 御手洗茂みたらいしげる(二十八歳)は、五年間勤務していた大手ゲーム開発会社イーストジャパンの企画部を半年前に辞め、フリーのゲームデザイナーに転身した。

 辞めた理由だが、自分の会社を作り斬新なゲームを次々とリリースしたかったから、業界を華麗に渡り歩く有名ゲームクリエイターを目指したかったから――と、いうような志の高いものではなく、単にサラリーマンが嫌になったからだ。もっと詳しく説明すると、会社の煩わしい人間関係に流され、得意ではない仕事や気乗りしない仕事をやらされ、そして部下への評価が曖昧な保身だらけの上司に仕える――。そんな辛い環境に耐えて日々の仕事を粛々とこなしてゆける『サラリーマンの才能』がなかった、というのが正確なところだろう。


 会社を辞めた御手洗は、まず自分の事務所名が入った名刺を作った。事務所名を考える時はわくわくしたが、その住所が自分のアパートと同じというところが少し寂しかった。あと、フリーになったといっても個人事業主として税務署に開業手続きを出しているわけではなく、ならば自由業なのかと言えば、その技術を買われて常に仕事が入ってくるほど安定しているわけでもなかった。特に、御手洗のようなプランナー出身者は、プログラマーやグラフィッカーのような明確な技術がないこともあってか、なかなか仕事の依頼がなかった。あっても、イーストジャパン時代に面倒をみた外注会社から、その時のお礼として小さな仕事をもらう程度だった。しかし、それも時がたつにつれて次第に減っていった。

 このままでは貯金も底をつき路頭に迷うと危機感を抱いた御手洗は、もっと積極的に営業するために、イーストジャパン時代に関わったヒットゲームの名を連ねた自己宣伝文を作り、それをメールでいろんなゲーム会社に無差別攻撃的に送りまくった。しかし、期待に反してメールの返事はほとんど返ってこず、返ってきたメールもその殆どが「何かお願いする事があったら、その時はよろしくお願いします」という社交辞令のものばかりだった。

 そんな時、小さなゲーム会社を経営している友人の宮田がアドバイスをしてくれた。


「小さな会社に営業してもほとんど仕事はまわってこないよ。うちもそうだけど、大手から仕事をもらってる小さな会社はぎりぎりで経営をやってるからね。どうせ営業するなら大手を相手にしないと。ただ、事務所は法人格にしとかないと相手にしてくれないよ。でも、したらしたで事務所の信頼度とか業績をものすごく審査されるけどね」


 それを聞いた御手洗は、一度は事務所の法人化も考えた。しかし、自由を求めて会社を辞めたのに、今度は自分の作った法人に縛られそうな気がしていまいち積極的になれなかった。

 結局、今の御手洗はフリーのゲームクリエイターというのは名ばかりの、ゲームの仕事をたまにもらって生活するフリーターのような存在だった。




 ある日、宮田から電話があった――。


「御手洗? 仕事の話があるんだけど」

「えっ、ほんと? なんの仕事?」

「知り合いのゲーム会社の部長がゲームシナリオが書けるやつを探しているんだけど、おまえ、書けるよな?」

「ああ、ぜんぜんOKだよ」

「じゃあ、紹介するから一度会ってみる?」


 御手洗は久々の仕事の予感に興奮した。


「ぜひぜひ!」

「じゃあ、急だけど、明後日の金曜日の三時くらいに俺の会社に来れる?」

「行く行く!」


 電話から御手洗の興奮が伝わったのか、宮田は「ハハハ……。じゃあ、よろしく」と少し笑って電話をきった。


「ゲームシナリオかぁ。久しぶりだな。オリジナルかな? 原作ものかな? どちらにしても、絶対いい作品にしてみせるぞ!」

 

 御手洗はまだ決まってもいない仕事に心を躍らせた。




 金曜日――。御手洗は約束の時間より三十分も早く宮田の会社に着いた。


「おっ、早いね。やる気まんまんじゃん」


 宮田は御手洗を会議室に通し、しばらくここで待つようにと言って部屋から出た。御手洗ははやる気持ちをおさえながら待ち続けた。三時を十分過ぎた頃に会議室のドアが開き、宮田が若い男を連れて入って来た。見た目からすると、どうやら御手洗より若そうだ。


「こちら、株式会社マジカルの田中さんです」

「どうもはじめまして。マジカルの田中と申します。今日は部長が多忙のため、代理で私がお伺いさせていただきました」

(なんと、相手はマジカルさんだったのか!)


 御手洗はマジカルのことを良く知っていた。マジカルは群馬に拠点を置くギャルゲーで有名なゲーム会社だ。特に『魔女っ子ルルの不思議な魔方陣』シリーズはリリースしてから十年近くたつ今でもその人気が衰えることがないヒットゲームだ。

 田中は御手洗に一礼して名刺を渡した。名刺の肩書にはゲームディレクターと書かれてあった。御手洗も名刺を渡すと、田中はそれを一瞥して持っていたビジネス手帳にさっさと挟んだ。


(あれ? ちょっと失礼だなぁ……)


 御手洗は田中のマナーが気になったが、些細な事なのでそれ以上は考えないようにした。三人が会議室の席につくと、宮田が御手洗の紹介を始めた。


「御手洗くんは古くからの僕の友人です。以前はイーストジャパンに席を置き、今はフリーで活躍しています」


 御手洗は宮田が言った『活躍している』という言葉に居心地の悪さを感じたが、同時に少しでも自分の事を大きく見せてやろうという彼の気遣いに感謝した。


「へぇ~、御手洗さん、イーストジャパンにいらっしゃたんですか。あそこが出すゲームはどれも面白いですよね。で、どういうゲームを担当されてたんですか」

「はい。主に『ドラゴン戦記』とか。それのゲームシナリオのチェックなんかを担当していました」

「えっ、本当ですか!? あの国民的大ヒットゲームの? 凄いなぁ……。実は僕、あのゲームの大ファンなんですよ」


 田中はまるで憧れのスターに出会った子どものように目を輝かせた。


「ちなみに、御手洗さんが全て手掛けられたシナリオってありますか?」

「はい。ご存じかどうかわかりませんが、ギブロン社さんからリリースされた『コルロの不思議な物語』とか」

「えっ? あれは御手洗さんのシナリオだったんですか! あのゲーム、僕もプレイしましたが、あれはいいシナリオだったなぁ……。ラストは感動して泣いちゃいましたよ。いや~、もう、何の問題もありません。御手洗さんさえ良ければ、是非、弊社の新作ゲームのシナリオをお願いできませんかね」


 御手洗は心の中で「やった!」と勝利の雄叫びを上げた。本当はその喜びを正直に顔に出したかったのだが、それだと田中から、よっぽど仕事に飢えていたのか、と思われるのも嫌だったので、あえてその気持ちを抑え余裕を持った表情で「わかりました」と答えた。

 早速、御手洗と田中は今後の仕事の段取りの打ち合わせを始めた。まず、田中が提案した。


「こちらとしては、お互いのコミュニケーションを密に取りながらシナリオを練り上げてゆきたいと考えているのですが、どうでしょうか? 御手洗さんが弊社に詰めて作業をしていただく事って可能でしょうか」

「詰める? それは御社に泊まり込んで仕事をする、ということでしょうか」

「はい」

「それは可能ですが、ただ、その間の経費はどうなるんでしょうか? 例えば、そちらまでの交通費とか宿泊代とか……」

「あ、交通費はこちらがお支払いします。宿泊に関しては弊社に宿泊所がありますので、それをお使いください。ただ、食費はご自身で負担していただくことになりますが」

「なるほど。あと、どのくらいの期間拘束されますでしょうか。というのも、私の今後の仕事のスケジュールを調整しなければならないので」


 御手洗は嘘をついた。スケジュール調整をするような仕事はまったく入ってなかった。しかしそう言うことによって田中に対して軽いプレッシャーを与え、仕事の料金ギャラ交渉を優位に進められるかもしれないと思ったのだ。

 田中を腕を組んで考え込んだ。


「そうですねぇ……。過去のシナリオ作成期間を参考にすれば、だいたい四、五日ぐらいを考えていただければと」

「えっ? そんな短期間でですか」

「もちろん完璧なシナリオではなく、あくまで土台となるものを考えていただければOKです。御手洗さんもご存知だと思いますが、シナリオはゲームに合わせて、やむを得ず修正、変更することも出てきます、なので完璧なものを作っていただいても、無駄になる可能性があるからです」

「なるほど。では、修正や変更はどなたが?」

「その時は私か、社内のシナリオスタッフにやらせていただきます」


(やっぱり、いじるのか……)


 御手洗は自分が考えたシナリオを他人にいじられるのが正直嫌いだった。必ずと言っていいくらいセリフや物語の雰囲気が変わってしまうからだ。しかし、どこの業界でもそうだが、プロの世界ではよっぽどの巨匠でもない限り他人から『いじられない』という事はありえない。だから、田中は決して間違ったことは言ってないし、いちいちそんな事を気にしていては、スタッフ全員で協力し合って一本の作品を作ってゆくこの業界では生きてゆけない。


「わかりました。では、いつから?」

「実は、今、かなり急いでますので、できるなら来週あたりからお願いしたいのですが……」

「来週ですか? 急ですね。では、一度スケージュールを調整させていただいた後、メールでお返事さしあげます」


 御手洗はまた見栄を張った。


「そうですか! よろしくお願いします!」


 田中は御手洗が仕事を承諾してくれたと受け取って、頭を下げた。




 自宅に帰った御手洗はパソコンのメールをチェックした。


「えっ、仕事の依頼? どこからだ? ――あっ、カルテットさんじゃないか。久しぶりだなぁ……」


 カルテットは御手洗がイーストジャパンにいた頃に彼が面倒をみたゲーム開発会社だ。御手洗はメールを開き依頼内容をチェックした。


「おいおい、こっちもゲームシナリオかよ。それも来週から……。う~ん、なんでこういう時に限って仕事がバッティングするかなぁ!」


 御手洗はできるなら両方の仕事を引き受けたかった。仕事の依頼がまとめてくるのは珍しいし、稼げるときに稼いでおかないと、次、いつ仕事がくるかわからないからだ。しかし、マジカルの仕事は泊まり込みとなるのでそうもいかない。不本意ではあるが、御手洗は頭の中で二つの仕事を天秤にかけざるを得なかった。


(う~ん……。フリーになった時にお世話になったカルテットさんには申しわけないけど、ここは将来のことも考えて、大手のマジカルさんの仕事を選んどいたほうがいいだろう……)


 御手洗は断腸の思いでカルテットに断りのメールを送った。そして、マジカルに来週の月曜からそちらへ伺う旨のメールを送った。

 しかし、その事が彼のプライドをずたずたにする事態に発展するとは、この時の御手洗には想像もつかなかった。



 ~つづく~

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