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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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    三人の面倒なプランナーたち ~その4~

 川上が高野との喧嘩の理由を話し始めた。


「若いプランナーの扱いについて高野さんに進言したんだ。いつも僕の企画ばかりじゃなく、若いプランナーにもチャンスを与えてもらえませんかって。でないと、いつまでたっても彼らは育ちませんよと」


 横尾と秋本が少し驚いたように目を見開いた。


「そうしたら高野さんが、確実に収益が見える企画じゃないとダメだ。今の若い連中の企画はその当りが弱すぎる。だから今はまかせる気はない。頼れるのは川上だけだ。と、言って突っぱねたんだ。まぁ、早い話が若いプランナーに任せて失敗したら自分の責任になり、部署の業績も下がるから、それを避けたいが為の保身だよね。それで、じゃあ僕がリーダーになって全員で考えるというのはどうですか、と提案したんだ。すると今度は、それでは若い連中が育たないだろと、訳の分からないことを言い始めたんだ。それで――」


 丸山が口を挟んだ。


「キレちゃったんですね」

「うん。そういうこと。それもぶちキレて椅子を蹴飛ばしたりなんかして……。今思えば、大人気なかったと思うんだけど、当時はいろんな仕事を押し付けられてかなりストレスが溜まっていたからね。だから、さっきの会議で高野さんと再会した時は、門山払いをくらうかと思ってヒヤヒヤしたよ」

「それで、辞めた理由を誰にも言わなかったんですね……」

「言えなかったんだ。もし言ったら、後に残った君たちが会社への不信感を募らせるだけだからね」


 川上は申し訳なさそうに苦笑した。堀本たち四人は川上がそこまで自分たちの事を思っていてくれた事実に驚いた。


「それと――」


 川上は真顔になって、四人一人一人の目を見た。


「これからが本題。僕と一緒に、みんなで力を合わせて企画を考えないか?」

「え~っ!?」


 思わぬ川上の提案に堀本たち全員が驚きの声をあげた。その声に驚いた周りの客が一斉に堀本たちの方を振り向いた。


「今の段取りでは、まずこちらから提出した企画を君たちにチェックしてもらう。そして、問題があったらこちらで修正して再び提出する。あとは、高野部長のOKが出るまでその繰り返し……。でもさ、そのやりとりって時間の無駄だと思わない? だったら、最初から一緒に企画を考えたほうが無駄がないし、そのほうが企画にとっても良いんじゃないかと思ったんだ」


 秋本が首を傾げた。


「でも、僕らの仕事はあくまで企画のチェックだけと両社間で決めたんですよね。だったら川上さんの提案はまずくないですか?」

「そんな決めごと、どうにでもなるよ」

「えっ……」


 秋本は愕然とした。一度決めたルールはビジネスの世界では絶対だと信じていた秋本は、川上のいい加減とも聞こえる回答が信じられなかった。


「ずいぶん驚いた顔をしてるね、秋本くん。まぁ、昔から君は堅実なものの考え方をする真面目人間だから仕方ないか。でもね、勘違いしないでね。僕はルールを無視しろとは言ってない。ただ、ルールや決めごとに縛られて優先順位を間違えちゃだめだと言いたいだけなんだ。秋本くん、僕らプランナーの仕事の一番優先すべきことは何だと思ってる?」

「一番優先すべきこと、ですか……」


 秋本は川上が唸るような立派な答えを探した。しかし、川上の率直な様を見ているうちに、相手の顔色を気にしている自分が嫌になった。そして、単純でありきたりだと思いつつも、昔から思っていたことを正直に答えた。


「それは、ユーザーに喜んでもらえる面白いゲームを考えることだと思います」


 その答えに、川上が微笑んだ。


「うん。僕もそう思っている。ユーザーが喜ぶ面白いゲームを考える。それが一番の優先順位だよね。ならば、それを達成するために必要ならば、仕事の決めごとを少しぐらい変えても何の問題もないと思わないかい?」


 秋本を含め全員が目を丸くした。今までの自分たちにはなかった川上の考え方に新鮮な驚きを感じていたのだ。


「実は会議が終わった後、うちの天野にエニアックのプランナーさんたちと一緒に企画を考えたいとお願いしたんだ。すると彼は、それで面白い企画ができるのなら自分はかまわない、あとはエニアックさん次第だと答えてくれたんだ。ただ、ひとつだけ注文があった。実は天野はゲームが大好きでね。彼はゲーム企画は、やはりゲームがわかっている人達が核になってやったほうがベストだろうと思っていた。しかし、それだけではブルーカンパニーが協力する意味がない。だから、僕らがゲーム企画を考える際にブルーカンパニーが培ってきたアニメやテレビ番組企画の考え方も取り入れて、今までにない新しいエンターテイメントを創造して欲しいと言ったんだ」


 横尾が川上の最期の言葉に目を輝かせながらつぶやいた。


「今までにない新しいエンターテイメント……」


 堀本たち全員が沈黙した。予想もしていなかった川上の提案とブルーカンパニーの前向きな姿勢に感動し、何と言っていいのか言葉が見つからなかったからだ。しばらくして堀本が残りの三人の気持ちを代弁するかのように言った。


「ありがとうございます。川上さん。こんな嬉しい提案はありません。正直、最近の僕らは元気がなかったんです。プランナーとしての先行きが不安で……。でも、川上さんのおかげでやっと希望がもてそうです」


 川上は「よかった」と一言いって微笑んだ。




 川上と別れた堀本たち四人は会社に戻り、空いていた会議室に入った。そして各々が近くにあった椅子に腰かけ、先ほどの川上の提案を思い出していた。


「さっきの川上さんの提案。みんなはどう思った?」


 堀本の問いに、さっきからずっと笑みが絶えない丸山が答えた。


「サイコーです! 憧れのブルーカンパニーと、大先輩の川上さんと仕事ができるって、こんな嬉しいことはありません」

「そうか……。横尾くんは?」


 横尾は長髪をかき上げ、やはり丸山と同様に笑み浮かべた。


「わたし的には問題ないですね。今までにない新しいエンターテインメントを創る--。その川上さんとブルーカンパニーさんの志の高さに共感しました」


 堀本は丸山と横尾の好意的な反応を見て、この二人はこの件に関して承諾したと思った。問題は秋本だ。確かに川上の提案は理想的だった。断る理由がない。しかし、自分の考えた企画を世に出す夢に拘る秋本が、その夢から再び遠ざかる川上の提案を素直に受け入れるだろうかと思った。頑固な秋本の事だ。下手すると会社を辞めてしまう事も予想された。


「どう? 秋本くん」


 堀本が少し緊張しながら訊いた。秋本は焦点の定まらない目でじっと床を見つめながら、少し間を開けて答えた。


「気づかされましたよ。あの人に……」

「えっ?」

「優先順位です。ゲーム企画の……。僕は自分の企画を通したいが為に、一番重要な事を蔑ろにしてました」


 秋本は立ち上がって窓際まで歩き、眼下に見える街の雑踏に目を落とした。


「そうなんだよなぁ……。あそこいる(なま)の人たちが喜ぶ面白いゲームを考えるのが、僕たちが一番に優先すべき事なんだよなぁ……。今まで僕が信じていた数字データのユーザーの為ではなく……」


 秋本の独り言のような呟きを聞いた堀本は、彼が考え方を変えたのかも知れないと思った。


「秋本くんもOKかな?」


 秋本は黙ってうなずいた。


「これで決まりですね!」


 丸山が嬉しそうに声を上げた。


「じゃあ、全員が承諾した事は川上さんに伝えておくよ。後は高野さんが何と言うか分からないけど、それは川上さんに任せよう。いやあ~しかし、今回の件は僕らに取ってラッキーだったね。ちょっと出来過ぎじゃないかと思うくらい」


 堀本はそう言った後、自分で言った『出来過ぎ』という言葉に自分自身で引っかかった。


(ん? まさか……)




 自席に戻った堀本は内線をかけた。


「はい。高野です」


 受話器の向こうから高野の機嫌の良い声が聞こえた。


「あ、第三グループの堀本です。先ほどはお疲れさまでした。ちょっと部長にお訊きしたいことがあるんですが、よろしいでしょうか」

「なに?」

「ブルーカンパニーさんに手伝ってもらう件ですが、あれは部長がブルーカンパニーさんにお願いしたんですか?」

「いや違う。ブルーカンパニーの方から話をふってきた。君たちのグループがやばい状態になっていて、どうしたもんかと悩んでいた時に、まるでこちらの内情を知ってたかのようなタイミングでね。まさに渡りに船だったよ。――で、それがどうかしたの?」

「いえ、ただ確認しておきたかっただけです。ありがとうございました」


 内線を切った堀本は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


「川上さん……。まさか仕組んだのは、あなたじゃないですよね?」


 堀本は根拠のない妄想を膨らませて、笑った。




 『三人の面倒なプランナーたち』 ~おわり~

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