三人の面倒なプランナーたち 〜その3~
会議が終わり、部長とグラフィッカー、プログラマーの両チーフが会議室から出て行った。残った堀本たち四人が呆然とした表情で椅子にもたれていた。
しばらく沈黙が続いた後、丸山が口を開いた。
「そんなにボクらって頼りないですかね?」
横尾が丸山を睨んだ。丸山は慌てて「すみません……」と小声で謝った。
秋本が冷めた表情で軽いため息をついた。
「とにかく会社が決めた事だ。僕たちがあれこれ考えても仕方ないよ。所詮、僕らはただのサラリーマンだから」
所詮、僕らはただのサラリーマン――。
現実を突き付けるそのシビアな台詞が、今更のように全員の心に重く響いた。堀本は意気消沈した場の空気を変えようと話題を変えた。
「いまさらだけど……、いつも思っていたことがあったんだよ」
丸山、秋元、横尾の三人が同時に堀本の方を向いた。
「みんな、それぞれ得意な能力を持ってるじゃない。第一、第二開発グループのプランナーにも絶対負けない能力が。丸山君は若者文化や流行に対する敏感なアンテナ。横尾くんは鋭い感性力に基づいた独創性。そして、秋本くんは経済大学で鍛えた緻密なデータ分析力。どれもが企画には必要な要素でしょ? だから、君たち三人が協力し合って一本の企画をあげたら、結構、凄いものになったんじゃないかって」
堀本の意見に三人はお互いの顔を見合った。しかし、すぐに諦めたように目線を外した。横尾が堀本の方を向き直して答えた。
「難しいでしょうね……。みんな、水と油と空気みたいなもんだから、よっぽど激しく振らないと混ざらないと思いますよ。サラダオイルのように」
「横尾くんらしい表現だなぁ。でも、今がまさに激しく振る時じゃないのかな?」
堀本は三人が前向きになれるように励ました。そして、三人が『わかりました。皆で協力し合って部長が驚く面白い企画を考えてみせます!』という前向きな答えが返ってくるのを期待した。しかし、それは希望的観測で終わり、三人は相変わらず暗い表情でうつむいていた。
(だめだ、こりゃ……)
堀本はこれ以上三人を励ますことを辞め、次の仕事の段取りへ頭を切り替えた。
「じゃあ、この辺で解散しますか。で、部長が言ってたように、来週の定例会議にはブルーカンパニーさんがお見えになるそうだから、その時、いろいろと今後の事を話し合いましょう」
三人は無言のまま、うなずいた。
一週間後――。
ブルーカンパニーが参加する定例会議が始まった。この日の司会は堀本ではなく部長の高野が担当し、第三開発グループ側からはいつものメンバーが、ブルーカンパニー側からは企画部長の天野と主任の濱野が出席した。
「すみませんねぇ。もう一人、出先からここに直行してくる予定だったんですが、少し遅れます」
天野が申し訳なさそうに全員に伝えた。仕事柄なのか、天野はいかにもアニメやテレビ番組制作に携わる『業界人』という独特のノリの良さを感じさせた。第三開発グループのメンバーは、その明るいノリにカルチャーショックを受けたかのような落ち着かない面持ちでいた。
会議が始まった。高野が事の成り行きを大まかに説明した後、会議のテーマは両社の仕事の役割分担と作業段取りの方法論に移った。最初に天野が手を挙げた。
「弊社は、アニメ制作で培ったキャラクターと世界観作成のノウハウを用いて、今の若いユーザーに訴求できるゲーム企画を考えさせていただければと考えております。段取りに関しては、まず、弊社が企画を提案させていただき、それを御社にチェックしていただき、そのやり取りを通しながら詰めていければと思っております」
それに対して横尾が何かを言おうと手を挙げかけたが、それを邪魔するかのように堀本が勢いよく手を挙げて発言した。
「それに関しては全く問題ないと思います。期待しております。それで、ちょっと質問があるのですが」
「はい。なんでしょう」
「御社が担当されるのは企画だけでしょうか。それともゲームデザインまでやっていただけるのでしょうか。もし、やっていただけるとしたら、どこまでやっていただけるのでしょうか」
天野は主任の濱野の方を見て「説明してくれる?」と指示した。
「ゲームデザインはもちろんのこと、仕様レベルまでやらせていただくつもりです。もちろん、それが済んだら終わりではなく、御社の開発現場の方々と話し合いをさせていただきながら調整してゆければと考えております」
その濱野の自信に満ちた答えに、堀本と秋本たち三人が懐疑的な表情をした。特に横尾は「そんな簡単にゆくもんか」と言わんばかりに眉根を寄せた。それを見た高野が咳払いをして三人を睨んだ。するとその様子に気づいた天野が頭を掻きながら答えた。
「ですよねえ……。畑違いの業種の僕たちがやれる言っても、皆さんのようなゲーム開発のプロから見たら不安ですよね。そんな簡単にゆくもんかと」
横尾が、はっとして、思わず目を伏せた。
「わかります。昔は多かったらしいですから。ゲームにできるかどうか全く考慮していない企画だけ考えて、あとは開発現場に丸投げしていた無責任な企画会社が。でも、僕らはそんな会社にならないように、その辺りはよく考えて体制をとっています」
「体制?」
堀本の目が丸くなった。
「はい。ゲーム開発の経験者をトップに入れております」
その時、会議室のドアをノックする音が聞こえた。
「おっ? 来たな」
「遅れて申し訳ありません!」
ドアが開くと、額に汗を光らせた無精ひげの大男がのっそりと現れた。天野が立ち上がり紹介した。
「彼が今説明していたゲーム開発の経験者です」
その男を見た堀本が思わず立ち上がった。
「川上さん!」
その大男はエニアックを辞めた川上だった。川上は全員に軽く頭を下げ、申し訳なさそうに腰をかがめながら席に着いた。丸山、横尾、秋本の三人は目を丸くし、高野は口をポカンと開けた。
「皆さん、ご無沙汰しております。まさかこんな感じでまたお会いするとは夢にも思いませんでした」
天野が改めて川上を紹介した。
「もう皆さんご存じだと思うので、詳しい紹介は省きますね。彼が弊社でゲーム企画を担当します川上です」
堀本は突然現れた救世主に喜びを抑えられず、周りには気づかれないようにテーブルの下で小さい拍手をした。高野が驚きで強張っていた顔を緩ませて言った。
「久しぶりだね~川上くん。まさか君がブルーカンパニーさんに行ってたとはなぁ。いやあ驚いた。でも安心したよ。君が担当なら鬼に金棒だ」
高野は席を立って川上のもとまで行き、握手を求めた。
「あの件はすまなかった。改めてよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
堀本はなぜ高野が川上に謝ったのかは分からなかったが、二人の和やかな表情を見てそれ以上気にすることをやめた。
その後、会議は淀みなく進み、特に問題もなく終了した――。
後は予算に絡んだ両社のトップ同士の話し合いのみとなったが、それも特に揉めるような要素は見当たらなかった。これで、ブルーカンパニーと第三開発グループとの共同開発は決定した。
会議室から開発室に戻る堀本、丸山、横尾、秋本の表情はばらばらだった。堀本は尊敬していた川上と再び一緒に仕事が出来る事に、同様に丸山も憧れの企業と仕事が出来る事に満面の笑みを見せていた。しかし、それに比べて横尾と秋本の表情はいまいちさえなかった。
自分の企画のゲームを世に出す――。
二人がずっと抱いていたその夢が不可能になった現実を、先ほどの会議の結果で認めざる得なくなったからだ。
二人の浮かない表情に気づいた堀本はその理由が分かっていた。しかし、今となっては二人に現実を受け入れてもらうか、もしくは考え方を180度変えてもらうしかないだろうと思った。と、同時に、これ以上二人には気を使いたくないという正直な気持ちもあった。
「堀本くん」
エレベーター待ちをしていた堀本たち四人の後ろから誰かが声をかけた。堀本が振り返ると、すぐ後に川上が立っていた。
「あれ? どうしたんですか。まだ帰られてなかったんですか」
「どうしても君たちに話したい事があってね。ちょっとだけ付き合って欲しいんだけど、時間とれる?」
堀本は丸山たち三人の顔を見た。三人は何だろうという顔をしながら、うなずいた。
川上は会社のすぐ近くにあるコーヒーショップまで堀本たちを連れて行った。そして空いていた窓際のテーブルの席を勧めた。
「久しぶりだなぁ。ここはエニアックで働いていた頃に、よく来ていた店なんだよ」
川上は注文したブレンドコーヒーを飲みながら、窓ガラス越しに見える外の景色を懐かしんだ。
「川上さん。話したいことって、なんでしょうか」
アイスコーヒーを一口飲んだ堀本が訊いた。
「そうそう。まず、ひとつは君たちへの謝罪だ。一身上の都合とはいえ、君たちに何の相談もせずにエニアックを辞めて迷惑をかけてしまった。申し訳ない」
川上はそう言って、少し薄くなりかけた頭を下げた。
「やめてくださいよ、川上さん。辞めたことはあくまで川上さんの人生の問題ですから、僕たちに気を使う必要なんかないですよ」
「そう言ってくれると、少し気が楽になったよ。実は、ああいう辞め方は大人気なかったかなと後悔してたんだ」
丸山が注文したケーキを頬張りながら質問した。
「あの~川上さん。どういう理由で辞めちゃったんですか」
「丸山くん。あまりプライベートにかかわることは訊くなよ。一身上の都合だと川上さんは言ってただろ」
堀本は丸山の無神経な質問に困惑した。
「かまわないよ。やはり君たちには辞めた理由をちゃんと話しておいたほうがいいと思う」
堀本たち四人は無意識に姿勢を正した。
「実は、喧嘩したんだ。高野さんと」
「えっ、喧嘩!?」
驚いた四人はお互い顔を見合った。
「仕事のやり方でね。まぁ、よくある話なんだけど」
「理由はなんだったんですか」
丸山が興味津々の顔で身を乗り出した。
川上は咳払いを一つして、緊張をほぐすかのようにコーヒーを一口飲んだ。