三人の面倒なプランナーたち 〜その2~
横尾の企画は斬新だった。ただ、斬新過ぎて横尾が思っているその面白さが堀本たち三人に全く伝わらなかった。堀本は立場上どうリアクションしてよいものかと腕を組み、丸山は内容に全くついて行けずポカンと間抜けな顔をし、秋本に至っては全く興味が無いのか、横尾の提案書のコピーに落書きを始めた。
そのゲーム内容だが、『町を発展させる』という、よくあるタイプの育成ものだった。しかし、他のゲームと大きく異なるのは、発展させるのはプレイヤー本人ではなく、通信を使って他のプレイヤーたちにやってもらう――、つまりゲーム参加者全員で他人の町を発展させ合うという、人の善意に基づいたゲームだった。
丸山が遠慮気味に質問した。
「あの~、他人に町を育ててもらって、どこが面白いんでしょうか」
横尾が肩まで伸びた長髪をかき上げながら答えた。
「わかりませんかねぇ……。他人の為に何かをしてあげる。逆に他人から何かしてもらう。その関係性を楽しんでもらいたいんですよ」
「関係性? それって、ゲームになるんですか?」
丸山のその言葉が、横尾の観念的な思考癖に火をつけた。
「丸山くんは、ゲームとはこういうものだと安直に定義づけしてません? もしそうならその発想はいかがなものかと思いますよ。そもそもテレビゲームとは――」
「横尾くん。もうその辺でいいかな」
堀本は横尾の観念的な長話が始まると思い、それをやめさせた。なぜなら横尾の観念論はあまり論理的でなく、事をいたずらに複雑化させる傾向があり生産的ではなかったからだ。
「とりあえず、横尾くんが斬新な事をやりたいのはわかりました。ただ、ゲーム……というか、遊びの面白さがちょっと伝わりづらいかな。でも、僕的には興味があります」
「興味がある」という言葉に、横尾は目を細めた。
「今日の会議は、あくまでブレストみたいなものなので、あまり深く突っ込み合うのはやめときましょう」
その堀本の提案は、最後に控えた秋本の発表を意識したものだった。
堀本は秋本の企画内容に関して予想がついていた。世界観設定やシステム(遊びかた)は丸山と同様に既成のヒットゲームのものにアレンジを加えたもので、それにユーザーニーズに関するデータを大量に付け加えているだろうと。そうなると必然的に彼のプレゼンはデータの説明が長くなる。すると、秋本のデータ主義のやり方が気に入らない横尾が秋本の発表に水をさして場が荒れるのは想像に難くない。だから堀本はそうならないように、前もって二人に釘を刺しておいたのだ。
秋本が発表を始めた――。
内容は堀本の予想通りのものだった。しかし、いつもは長いデータの説明が、堀本の提案が効いたのか今回は短めだった。横尾も秋本の発表に水を差すことはなかった。
全員の発表が終わり、堀本はこの会議をどうまとめようかと悩んだ。はっきり言って、どの企画も提案者の意気込みの割には面白くない。たぶん、このままそれぞれの企画を練り込んでいったとしても、部長の関心を引くものにはならないだろう思った。かと言って、今から別案を考え直してもらうには時間がなさすぎる。
(こんな時、川上さんがいてくれたらなあ……)
川上は半年前に会社を辞めた堀本の先輩プランナーだ。彼は堀本に『ゲームは商業作品だ』とよく言っていた。そしてその考えを実践するかのように、彼の企画には独創的な作品性と、マーケットと収益を意識した商品性のあるバランスが取れたものだった。だから彼の企画は上司からの信頼も厚く、堀本がいる第三開発グループが過去にリリースしたゲームのほとんどが彼の企画だった。さらにリリース後の収益も大きく外すことはなかった。そんな類い稀な才能を持った川上は堀本憧れの的だった。川上も堀本を可愛がり、ある時は厳しく、ある時はやさしくアドバイスをし、そして、よく飲みにも連れて行き、自分のゲームに対する夢を聞かせていた。
そんな川上が、ある日突然会社を辞めた。理由は一身上の都合というだけで、だれもその真相を知らなかった。他社に好待遇で引き抜かれたという噂も流れたが、堀本はそれを信じなかった。
川上が辞めると彼を尊敬していた優秀なプランナーが二人も辞めていった。そして今の三人が残った。戦力を大きく欠いた第三開発グループのプランナーチームは、堀本と残った三人で頑張ってはきたものの、川上たちの穴を埋めるにはまだまだ力不足だった。もちろん中途採用も募集はしているが、戦力になりそうな者はなかなか見つからなかった。
(仕方がない。来週の定例会議では企画の打ち合わせはやめとこう)
堀本は三人にそのことを告げた。丸山、横尾、秋本の三人は特に異論もなくそのことを了承した。
定例会議の日が来た――。
会議室にはいつものように堀本とプランナーの三人。それとグラフィッカーとプログラマーのチーフの計六人が席についていた。少し遅れて、企画部長の高野が顔を出した。全員が立ち上がって挨拶をした。
「部長、最初に言っておきたい事があります。本来なら今回は次期リリース用の企画会議をする予定でしたが、まだまだ煮詰まっていなかったので――」
「ああ、それはどうでもいいよ。実は、今日は君たちに話たいことがあって参加させてもらったんだ」
高野は堀本がまだ言い終わらぬうちに性急に話を始めた。
「お話……ですか?」
堀本は緊張した。部長が改まって『話がしたい』と言ってくる時は、過去の例からみてあまり良い話ではない場合が多いからだ。
「第三開発グループのプランナーチームを見直したいんだ」
堀本とプランナー三人が目を丸くし、グラフィッカーとプログラマーの二人が思わずプランナーたちを横目で見た。
「それは、どういう意味でしょうか」
堀本の声が上ずった。
「君たちも気づいていると思うが、川上が辞めてから、ここの企画力がかなり落ちている。このままでは次期リリースもいつになるかわからない。その間のコストもばかにならないしね。そこで、それを補う為に外部の企画会社に入ってもらおうと思って、その相談に来た」
驚いた丸山が横に座っていた横尾と秋本を見た。二人は無言でじっとテーブルの上を見つめていた。堀本が興奮気味に部長に訊いた。
「じゃあ、今のプランナーは何をすればいいんですか」
「外部の企画会社の管理と政策進行を担当してもらいたい。もちろん、その合間に企画を考えてもらっても構わないが」
(合間って……。部長は気を使った言い回しをしているけど、それって実質的に三人への戦力外通告じゃないか)
沈黙していた丸山が恐る恐る手を上げた。
「あの~、その企画会社って、なんていう名前なんですか?」
「ブルーカンパニーだ」
「えっ、本当ですか!?」
丸山の表情が急に明るくなった。ブルーカンパニーは丸山が好きな企業で、主にアニメやテレビ番組等の企画制作を請け負い、最近ではゲーム企画にも進出している。
「知ってるのかね。ならば、話が早い。どうだ、一緒に仕事をしてみようとは思わないか?」
丸山が思わず「ぜひ!」と言おうと口を開けかけたところを、横にいた秋本が丸山の脇腹を肘で突いて止め、高野に質問した。
「部長。具体的な社名まで出るということは、この件はほぼ決定されてるんですか」
「いや、まだ決定までには至ってない。あちらさんの意向もあるから。だから、こちら側のスタンスをはっきりさせるために、君たちに相談にきたんだ」
「あの、どうしても外部と組まないとだめなんですか? 内部を強化することではだめなんですか」
いつもクールな口調の秋本が、珍しく感情のこもった声で訊いた。
堀本は秋本の気持ちが痛いほどわかった。彼は某有名経済大学卒後、家族の反対を押し切って就職が内定していた有名商社を蹴り、ここに企画職として就職した。それは子どもの頃からの憧れだったゲームプランナーへの夢がどうしても捨て切れなかったからだ。
『自分が考えたゲームをみんなが楽しんでくれる。それって、とても幸せなことだと思いませんか?』
秋本は自分の新人歓迎会の時、周りにそう言っていた。だから、彼は自分の企画を現実のものとするために、自分が得意とするデータを使ったプレゼン手法をとってきた。それは上司には好評だった、しかし何故か一度も企画が通ったことはなかった。そして、今、その夢に挑戦するチャンスさえもなくなりそうになる。――そんな秋本の動揺が彼の声から堀本に伝わったのだ。
「内部を強化する? だから、それができそうもないから相談にきてるんだけど」
部長の答えはそっけなく秋本が期待するものでなかった。秋本の目からみるみる輝きが消えていった。すると最後まで沈黙していた横尾が、攻撃的にも聞こえる感情的な口調で訊いた。
「部長。そのブルーなんとかという会社は、ちゃんとゲームデザインができるんですかねぇ? ゲームアイデアだけ考えて、後はこちらに丸投げされたら、結局、わたしたちがデザインすることになってあまり意味がないような感じがするんですが」
(だめだ、横尾くん! そんな言い方しちゃ)
横尾の質問に堀本は落ち着きを失った。高野は今の横尾のようなネガティブな意見が大嫌いだったからだ。もしネガティブな要素があったら、それをどうすれば解決できるか? その解決方法のアイデア込みのポジティブな意見でないと認めないという考えを持っていたのだ。
「なるほどね……。でも、そこはブルーカンパニーさんも言われなくても分かってると思うよ。あの会社は優秀そうだから。もし、うちがゲームデザインをやらなければならない状況になったとしても心配しなくていいよ。横尾くんはやらなくていいから」
それまで笑顔だった部長が真顔になった。横尾はそれを見て、自分の発言が部長を怒らせた事に気づき、うろたえた。
(あ~あ、やっちまった……)
堀本はこの瞬間、ここのプランナーチームは終わったと思った。
〜つづく〜