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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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ゲー専講師谷口 ~その5~

 就活のシーズンがやってきたーー。


「谷口さん。エプコン社に内定が決まりました!」


 ゼミの教室に入ってきた谷口に、笑顔の赤塚が駆け寄った。エプコン社は若いゲームユーザーに人気のある有名ゲーム会社だ。


「よかったなぁ!」

「谷口さんが面接のシミュレーションを何度もやってくださったおかげです」

「いやいや、君の実力だよ」


 谷口ゼミ最初の内定決定者に、残りのゼミ生全員が「おめでとう!」と言いながら拍手を送った。

 谷口は赤塚に、彼の長所であり欠点でもある『理屈っぽい』ところを面接の時は抑えるようにと指導した。本来なら、そういう個性を殺しかねない指導はしたくなかったのだが、人生に影響する就活の面接とあれば、それぐらいのことはかまわないだろうと思っていた。


「さぁ、次は君たちの番だぞ。頑張れよ!」


 赤塚の内定に気をよくした谷口は、残りの生徒たちにハッパをかけた。ーーが、後悔した。余計なプレッシャーをかけてしまったと思ったからだ。

 しかし、その後悔の念は生徒たちの「はいっ!」という元気の良い返事で薄まった。ほっとする谷口。


(前向きな子ばかりだ。全員、就活に成功できるよう、俺も頑張らねば……)


 ゼミが始まった。

 谷口は生徒一人一人をよんで、就活の進捗状況を訊いた。


「いろんな会社に応募しているのですが、全て書類審査で落とされます。やはり年齢のせいですかね?」


 二十八歳の伊藤が、その内容のわりにはさっぱりとした表情で谷口に報告した。

 谷口は「そうか……」とつぶやいた後、次の言葉が思いつかなかった。今さら、「めげずに頑張れ!」と脳天気に励ますのも白々しいし、「いつか受かるよ」と無責任なことも言えない。彼女が書類審査用に提出した企画書には問題はなかった。よくできていた。それでも落とされる理由は、どう考えても履歴書に書かれた『二十八歳』という文字しか考えられなかった。


「それはそうと、知ってます?」


 アドバイスに困った谷口に気を使ったのか、伊藤が突然、話題を変えた。


「高山ゼミが、大変なことになってるそうですよ」

「大変なこと?」

「生徒たちからボイコットをくらってるそうです」


 伊藤が意地の悪そうな薄笑いを浮かべた。その滅多に見せない表情から、伊藤がいかに高山を嫌っているかがよくわかる。


「ボイコット? 何があったの?」

「高山ゼミにいる友人から聞いた話なんですが、去年のコンテストが終わったあと、高山さん、ゼミでずっとフェニックスの万田さんの悪口を言い続けていたそうなんです。あいつはエリートだから、恵まれた職場にいるから、あんな綺麗事や理想論が言えるんだ、とか言って……」


 眉根を寄せる谷口。


「友人が言うには、たぶん、コンテストの時に万田さんにプライドを潰されて、その腹いせにやってるんだろうと。それで、それが聞き苦しくなったある生徒が高山さんに注意したらしいんです。もう、やめてください。万田さんの言ったことは何も間違ってません、って。すると、高山さんが激昂して、その生徒をゼミから追い出し、次のゼミもその生徒を教室に入れなかったそうです。その、あまりの横暴さに見かねた生徒たちが高山さんに抗議すべく、ゼミをボイコットしたそうです」


 伊藤の話が聞こえた他のゼミ生たちが、伊藤に目をやった。


「それ、僕も知ってます。それで、高山さん、学校側から厳重注意を受けたそうですよ」


 口を挟んだ赤塚が、さらに続ける。


「なんでも、その生徒の親が学校に怒鳴り込んできたそうです。高い授業料を払っているのに、授業を受けさせないとはどういうことだ。その講師はいったい何様のつもりだ、って、前田さんに抗議していたそうです」


 谷口は唖然とした。


「知らなかった……。そんなことがあったんだ。それで、今、高山ゼミは?」

「ボイコットしなかった数人の生徒たちと、大人しく続けているそうです。あんな横暴な講師でも、それでもついてゆこうとする生徒たちがいるみたいですね」

「そうか……」


 谷口は、それ以上、高山の話題を続けなかった。高山もプロだから、自分がやった事に対しては、いずれ責任をとるだろう。俺がとやかく気にする問題ではない――。ただ、それだけを思った。


「谷口さん。ゲー専で学んだことって、本当にプロの現場で役にたつんですか?」


 進捗報告をしたゲーオタの堀山が、突然、妙な質問をした。谷口が怪訝な表情を見せる。


「おいおい、ずいぶんな質問だなぁ。どうしたの?」

「去年、ここを卒業してゲーム会社に入った先輩が言ってたんです。ここで学んだことは、現場ではほとんど役にたたなかった。結局、その会社に再教育されたって」

「再教育? う〜ん……」


 谷口が腕を組んで少し考えて答えた。


「まぁ、そういうこともあるだろうね」

「えっ? じゃあ、先輩の言ってることは本当なんですか」


 二人の会話を聞いていた残りの生徒たちが、一斉に谷口に目をやった。


「これは、とても大切なことだから、全員に話しておいたほうがいいかもね。皆、こちらに集まって」


 ゼミ生全員が谷口をとり囲んだ。


「今の堀山くんの質問に対する答えだけどーー、半分本当で、半分間違っている」


 全員がきょとんとした顔で、谷口の次の言葉を待つ。


「まず、再教育される件に関してだけど――。これは、本当だ。理由は簡単。会社によってゲームに対する考え方や、開発方法が異なるから。ゲー専で講師が教えたことは、あくまでその講師の考え方や経験則に過ぎない。だから、ある会社には合うかもしれないけど、別の会社には合わないこともある。だから、再教育――というのは、ちょっと大袈裟だけど、新入社員がその会社の考え方や開発方法を一から教えられることはある。まぁ、当たり前だよね」


 生徒全員がうなずいた。


「で、次は間違っているところ――。ゲー専で学んだことはほとんど役に立たない、ということはないよ」


 堀山が目を大きく見開いた。


「堀山君の先輩が言う、役にたたなかったことって、たぶんゲーム開発のための技術のことを言ってるんだと思うよ。もしそうなら、それは大きな勘違いなんだ。今、会社によって開発方法が異なるって言ったよね。ならば、当然ながら、それに必要とされる技術も異なる。じゃあ、どの会社でも通用する技術をゲー専で教えればいいんじゃないかと思うかもしれないけど、それは無理だ。各会社が持つ技術は独自に開発したものがほとんどで、極端に言えば、それは会社の数だけあるからね。そもそも、たった二年にも満たない期間で、どこのプロの現場ですぐに通用する技術を教えてもらおうという考え方自体が甘すぎる。それって、言いかえれば、プロの開発技術をなめていることにもなる」


 自衛隊出身の桜田が言葉を返す。


「だったら、ゲー専で学ぶ意味がないじゃないですか」

「いや、ある。桜田君。君は入学した時と今とでは、ゲーム業界に対する考え方が全く変わってないのかい?」

「え? いえ……。かなり、変わりました」

「どういうところが?」

「プロの世界の厳しさと、自分の無知に気づいたということと、あと、ゲーム企画に対する考え方も」

「もし、それを知らなくて、いきなり就活したとしたら?」


 桜田がうつむく。


「たぶん……、相手にされなかったと思います」

「その可能性は高いよね。ゲー専に対する考え方はいろいろあると思う。でも、僕はこう思っている――。ゲー専はゲーム業界へ進む準備をする場所だと。そして、その準備がしっかりでき、自分に自信が持てた生徒だけが業界に入るチャンスをもらえ、プロへのスタートラインに並ぶことができると――」


 谷口は、うつむく桜田の肩をポンポンと軽く叩いた。


「現場の戦力になる技術を学んでゆけるのは、それからだよ」


 赤塚が何かに気づいたように、はっとした。


「だから、谷口さんの授業では、技術的なことより『面白さの本質』みたいな、ゲーム開発とは直接関係なさそうでありそうな事を教えられてきたんですか」

「ああ。どこの会社でも通用する基礎的なものと僕は確信していたからね。ゲーム業界に限らず、すべてのエンタメ業界でも通用するだろうと」

「失礼な質問をして、すみませんでした……」


 堀山が申し訳なさそうに、ひょこっと頭を下げた。


「え? 何を謝ってるんだい。なかなかいい質問だったよ。むしろ、もっと早い時期に質問されたほうが、皆の意識に変化を与えられてよかったかもしれないね」

「そう思います」


 間髪入れず伊藤が笑いながら答えた。


「あと、これも付け足しておこう――。ゲーム開発は人を楽しませることが目的だ。開発技術はあくまで手段。ゲームは鍋釜などの工業製品じゃない。笑顔を作るメディアなんだ。それを忘れないでほしい。それが、僕のゼミを選んでくれた君たちへの僕からの最後のメッセージだ」


 全員がポカンとした顔で谷口を見つめていた。


「あれ? もっと感動してくれると思ったんだけどなぁ。ちょっとカッコつけ過ぎたかな……」


 谷口が気まずそうに頭をかくと、全員が一斉に笑った。


「そんな事ないですよ。その言葉、忘れません」


 赤塚が、皆を代表するかのように、しっかりとした声で答えた。


 谷口ゼミも、あと数回となった。

 できれば、全員から良い報告を聞きたいものだ。でも、もし、それが聞けなかった生徒にも、いつも通りに接してやろう。そして、さらに前進して行ける言葉のひとつでもかけてやろう。安っぽい励ましの言葉ではなく――。

 そう考えながら、谷口は笑顔の生徒たちの顔を見つめていた。



 ~つづく~

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