ゲー専講師谷口 ~その4~
「これ、コンテストの企画なんですが、見てもらえますか」
平野が差し出した企画書に、谷口は目を通した。
ゲーム概要や遊び方がイラストで説明され、その内容が直感的に分かるものになっていた。アイデアも独創的で、今までのゲームジャンルのどれにも当てはまらない。
「ずいぶん変わった企画だね……。大声を出して楽しむゲームかぁ。体を動かすゲームはあるけど、大声を出すゲームって聞いた事ないなぁ」
「大声を出すって気持ちいいと思うんですよ。ストレスも吹っ飛ぶし」
「で、ターゲットユーザーは?」
「小学生です。今の小学生って、大声を出すチャンスがなかなかないと思うんです。環境的に。そんな子供たちに大声を出す楽しさや気持ち良さを体験して欲しかったんです」
「なるほど……。おや、これは?」
谷口は企画書に描かれたイラストを指さした。それは大きなマスクのようなものだった。
「これをつけて叫ぶんです。声が外に漏れない構造にして。これだったら近所迷惑にもならないかと」
バカバカしい。でも、面白い! 独創的だ。谷口はこのような既成概念に拘らない無邪気なアイデアが大好きだ。
しかし、これがプロの現場での企画だったら、即、却下だろう。アイデアもさることながら、コストやユーザーニーズの観点からみても現実味がない。
コンテストは就活の面接を意識したイベントだ。生徒一人ずつが講師全員の前でプレゼンし、その評価を受ける。だから、平野のような独創的な企画だと、好評価を得るのは難しい。
「ダメですかね……」
黙って腕を組む谷口に、平野が自身なさげに眉毛を下げた。
「ダメって事はないよ。僕は面白いと思うよ。この企画。ちなみに、これは就活にも使うつもり?」
「そのつもりですが……」
「そっか」
谷口はこの企画は平野の頭の柔軟さをアピールするには良いと思った。ただ、これだけだと彼のプランナーとしての資質を誤解される危険性がある。商品としてのゲーム企画できない奴だと。もう一つ、売れ線を狙った現実味のある企画書も作らせておいた方がいいだろう。谷口はその事を平野に伝えた。
「わかりました。じゃあ、コンテストでは、別の企画を発表した方がいいですか」
「いや、それでトライしてみれば? 今回のコンテストはフェニックス社のプロデューサーがゲスト審査員で来られるみたいなんだ」
「えっ! マジですか!?」
平野の目が丸くなった。
フェニックス社はゲーム業界でも一、二を競うメジャー企業だ。常に独創的なゲームを発表し、そのほとんどをヒットさせている。そんな企業の、それもプロデューサーがここのコンテストに顔を出すのは珍しい。というか、初めてだ。どういうコネクションでそうなったのか不明だが、たぶん、スタッフ主任の前田のコネクションによるところが大きいのだろう。
「本当だよ。だから君の発想力をどう評価してもらえるか、いいチャンスになると思うよ。ただ、コテンパンな評価をされて、君の心が折れてしまう危険性もあるけど……、どうする?」
普通の生徒なら、気後れして無難な企画を発表しようとするだろう。しかし、平野は全く動じず、逆に嬉しそうに顔を緩ませた。
「この企画でトライします!」
こういう平野の無邪気で前向きなところが谷口は好きだった。
コンテストの日がやってきた――。
校内で一番広い教室に整然と並べられたパイプ椅子にプランナー課の全生徒と審査員の講師たちが座っていた。
壇上のスタッフ主任の前田がコンテスト開始の挨拶をした後、ゲスト審査員のフェニックス社プロデューサーの万田を紹介した。
万田は大ヒットゲーム『ドラゴン&ファンタジー』のプロデューサーでもある。紹介された万田が挨拶して一礼すると、生徒たちが小さくざわついた。
コンテストは全生徒がプレゼンをするので、朝十時から午後七時まで、まる一日かけて行われる。この場合、午前中にプレゼンする生徒は不利だった。審査員の講師たちに体力と気力があるせいか、審査にかなり気合が入るからだ。逆に、夜になってくると審査は甘くなる。講師たちに長時間の審査の疲れが出てくるからだ。その為、生徒たちのプレゼンの順番は『くじ引き』で決められていた。
谷口ゼミの生徒たちのプレゼンが始まると、谷口は生徒以上に緊張した。自分の指導の結果が、他の講師たちにどう評価されるかが気になるからだ。ちなみに自分のゼミの生徒は審査できない。
成績優秀な赤塚のプレゼンが始まった――。
企画内容、プレゼンとも申し分ない。さすがだ。プレゼンが終わり審査員の評価は高く、生徒たちの反応も良い。
(彼はなんかの賞はとるだろうな)
谷口はそう確信した。
自衛隊出身の桜田がプレゼンした――。
企画、プレゼンとも悪くはなかった。ただ、審査員の評価は可もなく不可も無くというところか。もう少し彼の個性的なところを伸ばしてやらねば。
次はゲームおたくの堀山――。
企画はそこそこの評価を得たが、プレゼンがいまいちだった。人前で喋るのが苦手だったのだ。プランナーにとってプレゼンが苦手なのはプロの現場では致命的だ。彼のプレゼン力をもっと強化してやらねば。
次は二十八歳の伊藤――。
社会人経験が長かったせいか、プレゼンは抜群にうまく評価も高かった。しかし、企画の評価はいまいちだった。
審査員の高山が高圧的な低い声でコメントした。
「ちょっと古臭いかな……。年齢のせいもあるかもしれないけど、もう少し若さが欲しいと思います」
伊藤が眉間に皺を寄せた。
(ひどいな! 年齢は関係ないだろ!)
谷口は思わず高山に抗議しようとしたが、それはコンテストのルール違反なのでグッとこらえ、彼を睨んだ。高山は自分の意見の無神経さに気づかないのか、それともわざとなのか、谷口の抗議の視線に気づいたが、何事もなかったように無視した。
「年齢は関係ないと思いますよ」
その時、まるで谷口の気持ちを代弁するかのように、誰かが声をあげた。高山がムッとした顔で声の方を見ると、フェニックス社の万田が微笑んでいた。声の主を知った高山は一瞬、目を丸くしたが、すぐに無表情を作って無視するかのような素振りを見せた。
平野の番がきた――。
谷口が今日一番に楽しみにしていたプレゼンだ。今までにない独創的な企画に講師たちがどういう反応を示すか? 谷口はまるで自分が審査されるような気持ちで平野のプレゼンを見守った。
プレゼンが終わった――。
プレゼンは平野の屈託のなさが出ていて良かった。生徒たちも、彼の明るいノリに引き込まれるように、笑顔で聞き入っていた。
そして、問題の企画の方だが――。
講師たちの評価は散々だった。特に高山のコメントは辛辣だった。
「誰に指導されたか知りませんが、よくそんなふざけた企画を発表できましたね。僕にはこのコンテストや、このコンテストに真剣に取り組む他の生徒たちをなめてるようにしか思えない」
生徒たちが一斉に谷口の方に目をやった。あからさまに谷口の指導に対する皮肉だったからだ。
場内が静まり、平野が救いを求めるような目で谷口を見た。カチンときた谷口が高山に反論してやろうと口を開こうとした、その時――
「いや~、なかなか面白いじゃないですか!」
まるで緊張した場の空気を和ごますような穏やかな声が聞こえた。会場の全員が声の方を向いた。万田だった。高山が「また、おまえか」と言わんばかりに顔を歪ませ、「私はそうは思いませんがね……」と、わざと万田に聞こえるような声でつぶやいた。
午後七時を回り、全生徒のプレゼンが終了した。そして、十五分ほどの休憩を挟んで、コンテストの優勝者と各賞の発表が始まった。
スタッフ主任の前田が、審査得点を集計した用紙を持って檀上に立った。
「それでは、まず各賞を発表します。まず、奨励賞から――」
各賞に選ばれた生徒たちが、次々と表彰されていった。どの生徒たちの表情も笑顔に包まれていた。そして最後に優秀賞と、最優秀賞の生徒が呼ばれる。
「優秀賞。赤塚秀一くん!」
場内からひと際大きな拍手が起こった。
(最優秀賞は無理だったか。でも、内容は素晴らしかったよ)
ガッツポーズをとる赤塚に向かって、谷口は小さな拍手を送った。
「それでは、最優秀賞を発表します。最優秀賞は――。山田勝くん!」
場内から拍手と歓声があがる。山田勝は高山ゼミの生徒で、赤塚と同じく成績優秀な生徒のひとりだ。山田が両手に持った賞状とトロフィーを万歳をするように大きく掲げると、高山がまるで自分が賞をとったかのような満足そうな顔で腕を組み、うんうんとうなずいた。
今回のコンテストの入賞者の半分は高山ゼミの生徒だった。谷口ゼミで入賞したのは、赤塚だけだった。高山はちらりと谷口の方を見やり、勝ち誇ったように右の口角を上げて笑った。
「それでは、講師を代表して、高山先生から総評をお願いします」
前田に紹介された高山が胸を張って立ち上がり、えへんと咳払いをした。
高山の総評を聞いた谷口はうんざりした。その内容は、こうだ――。
――ゲームは商品だ。新しいアイデアもいいが、それも限度問題。まず、収益が見込める現実的なゲーム企画を考えることが大切で、プロの現場ではそれが最も要求される。今回の最優秀賞の山田くんは、私が日々言っているその重要なポイントを外さなかった。まさにこのコンテストにふさわしいクオリティーだった。――と。
場内から一斉に拍手が起こった。
「それでは、最後にゲスト審査員のフェニックス社の万田様から、一言をお願いします」
一番後ろの席に座っていた万田が立ち上がり、全員に向かって一礼した。
「前田さん。その前に、私から特別賞をあげたい生徒さんがいるんですが、それって、ありですか?」
前田はいきなりの提案に一瞬とまどったが、断る理由もないので、「ありです!」と答えた。
「それでは御言葉に甘えて、私から、いや、フェニックス社からの特別賞をさしあげたいと思います。特別賞は―― 平野直人くん!」
場内がざわめき、全員の視線が平野に注がれた。
にわかに状況が飲み込めない平野は、きょとんとした表情で万田の方を振り向いた。谷口も驚きを隠せない。
「本来なら、表彰状のひとつもあげたかったのですが、急だったので後で用意します。申しわけない」
平野は、とんでもないと首を激しく左右に振った。
「私が平野くんの企画を評価した理由は、ひとつ。遊び心が飛びぬけていたからです」
万田のスタンドプレイが気に喰わないのだろう。高山は口をへの字にして、「何言ってんだ、こいつ」と言わんばかりに首を傾げた。
「もちろん彼の遊び心は、プロの現場で商品化するのはかなり難しいでしょう。しかし、だからといってその遊び心は否定されるべきことではありません。むしろ、平野くんのような無邪気な遊び心が、次の時代のゲームを作るきっかけとなる可能性の方が大きいのです。弊社のドラゴン&ファンタジーの制作チームも、その遊び心をとても大切にしています」
生徒たちの中から「おお~!」と声があがり、全員が平野を見た。
「プロの現場に長年いると、ともすればゲームを商品として捉え過ぎて、頭でっかちになりがちです。そんな時に、平野くんのような子どものような発想を持つ若者の存在は、硬くなった頭を柔らかくしてくれます。そういう存在はプロの現場ではとても重要なのです。私は、その事を皆さんに知ってほしく、その象徴として平野くんに特別賞を差し上げました」
会場が水を打ったように静まり返った。たぶん、生徒たちのほとんどが万田の発言の真意を理解できなかったのだろう。しかし、谷口には理解できた。
実際のプロの現場は、企業の数だけゲームに対する考え方、やり方、そして価値観があり、予期しない問題も発生する。ゲー専のような狭い世界ではなく想像以上に広い世界なのだ。だから、万田が言ったことは観念論ではなく、現場から生まれたリアルな話なのだ。そのことを、万田は特別賞という方法で、生徒たちに伝えたかったのだろう。
「平野君」
「は、はい!?」
「次は弊社で、別の企画も見せてもらえるかな? 今のものより商品化を意識したものを」
「えっ……?」
勘のいい生徒の一人が「すげぇ!」と声をあげた。
それは、暗に、フェニックス社で面接を受けさせてもらえることを意味していたからだ。しかし、平野はすぐにその意味がわからなかったのか、とまどった表情で谷口を見た。谷口が笑顔で親指を立てて、『やったね! ポーズ』をとる。やっと意味がわかった平野は、満面の笑みで万田に向かって「は、はい! よろしくお願いします!」と元気な声で深々と頭を下げた。
場内から喝采があがった。
思わぬ万田のサプライズで、今年のコンテストが終わった。
緊張から解放された生徒たちが穏やかな表情で会場を出てゆき、スタッフや講師たちは年に一度のイベントが無事に終了できたことにほっとし、笑顔を見せていた。
ただ一人、不満気な表情で椅子にふんぞり返る高山を除いて――。
~つづく~