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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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ゲー専講師谷口 ~その3~

「伊藤さんは、どうしてここに入ったの?」

「え? はい。ゲーム業界に入りたいからです」


 当たり前の答えしか返ってこない。そりゃそうだ。谷口は自分の質問のまずさに自分で呆れた。本当は「どうして、その年齢で、ここに入ったの?」と訊くべきだった。しかし、それでは伊藤を傷つけるかもしれない。そのためらいが谷口を口ごもらせた。


「ごめん。僕が訊きたかったのは、そういう事ではなく……その……」

「もしかして、なぜこの年齢で?――ということですか」


 谷口の予想に反して、伊藤はあっけらかんとした顔で答えた。


「そう、そう。二十八歳でここに入学した生徒って、君が初めてだったから、ちょっと珍しいなと思ってね」


 訊きづらい質問を伊藤の方から切り出してくれて谷口はホッとした。


「確かにそうだと思います。自分でも分かってます。年齢的に就職は厳しいということも……」

「じゃあ、なぜ?」

「あの……。どうしても理由を言わないとだめなんですか?」


 伊藤の眉根が少し寄った。


「いや、いや、いや! 無理に言わなくてもいいよ。わかった。じゃあ、奇跡が起こる……、あ! じゃなくて、君の夢が絶対かなうように、お互い頑張ってゆこう!」


 谷口は思わず失言しそうになり、慌てた。

 五十歳にもなろうとする男のあたふたする姿がおかしかったのか、伊藤は表情を緩め、口に手を添えて「うふふ」と笑った。


「谷口さん。あまり私に気を使わないでください。私もやりづらくなりますから。入学した本当の理由は……、時期がきたらお話ししますので」

「そ、そうか。わかった」


 伊藤は高校卒業後にすぐに就職し、それから十年近く事務職についていた。谷口はその時の仕事内容を詳しく訊いた。もしかしたら、その技術が就活でのセールスポイントになるかもしれないと思ったからだ。


「なるほど。オフィス系は全て問題なし。特にエクセルは完璧か。あとはイラストレーターが使えるようになるといいんだけど……、伊藤さんは絵の方はどう?」

「絵を描くこと自体は嫌いじゃありません。でも、へたくそです……」

「別にグラフィッカーを目指すんじゃないから、簡単な図が描けるぐらいで十分だよ。企画書に使える程度のものをね」

「わかりました。頑張ります」


 面談が終わり伊藤は席に戻った。

 谷口は残りの三人の面談を続けた。

 

 桜田紘一さくらだこういち、二十三歳。

 昨年、自衛隊を辞めここに入学した。自衛隊出身者がゲー専に来るのは決して珍しくない。訊けば、自衛隊員にはアニメやゲームの『おたく』が多いそうだ。彼の場合は休日にゲームに没頭しているうちに、はまってしまい、いつしかこの業界に憧れを持つようになったそうだ。

「自衛隊にいた方がよかったんじゃないの?」との谷口の質問に桜田は「ただでいろんな免許を取らせてもらえるので、それらが取れて貯金が溜まったら辞めようと最初から思ってました」と、悪びれもせず答えた。結構、強かな奴だ。


 平野直人ひらのなおと、十八歳。

 彼は絵を描くのが得意だ。なぜ、グラフィッカーではなく、プランナーを目指すのかと訊くと、「ゲームのアイデアを考える方が好きだったから」と答えた。かといって、ゲームの知識が豊富だというわけではない。むしろ生徒の中でも疎いほうだ、そのせいか、彼が考えるゲームアイデアは過去のゲームの影響が少ない。よく言えば、独創的だ。


 堀山茂ほりやましげる、十八歳。

 彼は一言でいえば、典型的な『ゲームおたく』だ。とにかくゲームに関する知識が豊富だ。たぶんそれは同学年内でもトップクラスだろう。特に自分の好きなゲームに関しては、相手が聞いてようが聞いてまいが一方的にしゃべりまくり、周りから煙たがれることも度々だ。ただ、『ゲームおたく』によくある欠点もあった。企画が過去のゲームのマネばかりで、独創性に欠けるのだ。


 全ての生徒の面談を終えたあと、谷口は五人の生徒のある共通点が気になった。

 どの生徒も真面目そうだったが、はっちゃけた明るさや溌剌はつらつさに少し欠けていた。

 つまり――全員が『地味』なのだ。


(俺が地味だから、類は友を呼ぶ、のかな? まぁ、そんなに気にする事もないか……)


 谷口は、そう思いつつも、その地味さは就職の面接の時に『暗い奴』というイメージを持たれて不利になるかもしれないとも思った。

 職種柄、どちらかというと内向的な若者が多いゲーム業界では、性格の明るい溌剌はつらつとした者にコンプレックスを持つ者も少なくない。今はそうでもないが、ひと昔前にはまるで近親憎悪のように『暗い人間』を極端に嫌う者も結構いた。


 ゲームを遊ぶ奴や、作る奴は、性格が暗い――。


 そんな巷の偏見を異様に気にする者が多かったのだ。

 もし、そんな前時代的なコンプレックを持った者が面接官だったら、ちょっと面倒だ。

 谷口はゼミ生全員にそのことを伝えて、勤めて明るく振るまう癖をつけさせようかと思った。しかし、すぐに思い直した。


(バカか、俺は……。なに考えてるんだ。それは人格否定じゃないか。逆にその地味さを魅力的に見えるようにしてあげるのが俺の仕事だろ)


 谷口は自分の頭をコツンと叩いた。生徒たちが不思議そうに目を丸くした。


「今の面談で、皆さんの得意不得意がわかりました。私のゼミでは、不得意なことを強化するよりも、得意なことをさらに延ばしてゆくことに重点を置いてゆこうと思っています。では、まず、皆さんが今までに作った企画書を改めて見せてもらえますか。他の先生の授業で作ったものでもかまいません」


 生徒たちがバッグの中から取り出した企画書を、ひとりずつチェックしてゆく。


「平野くん。この企画書って、僕の授業で作ったやつだっけ?」

「いえ。高山先生の授業で作ったものです」


 高山は谷口と同じくプランニングの授業を受け持っている。このゲー専での経歴は谷口より三年ほど長い。

 平野が見せたその企画書を見て谷口は驚いた。ほとんど文章で構成されていたからだ。普通、企画書は読む相手に分かりやすくするために、簡潔な文章と図を多用するのが一般的だ。『何がやりたいのか』を直ぐにがわかってもらう事が重要だからだ。


「平野くんは、絵を描くのが得意だったよね?」

「はい……」

「じゃあ、なんでこの企画書は文章ばっかりなの? ちょっと、君らしくないなぁ」


 平野は何か言いたそうに、頭をかいた。


「高山先生の指導なんです」


 隣に座っていた赤塚が代わりに答えた。


「えっ、ほんと?」


 平野がうなずき、答える。


「高山先生から、絵や図に頼るなって言われたんです。それに頼ると企画が感覚的になって誤解される危険性がある。できるだけ相手に正確に伝わるように論理的な文章で書け、って言われて……」

「ふ~ん……」


 谷口は怪訝な顔で平野の企画書を読み直した。


「谷口さんに対抗してるんですよ、高山先生は」


 後ろの席から伊藤の声が聞こえた。


「えっ……? どういうこと」

「谷口さんは、企画書は絵や図をたくさん使うほうがわかりやすいって仰るじゃないですか。確かに、私も、いや、私に限らず他の生徒たちもそう思ってるようです。だから、最近、谷口さんの教えにのっとった企画書を作る生徒が増えてきたんです。それが、高山先生は気に入らないみたいなんですよ」

「気に入らないって…… なに、それ?」

「悔しいんだと思います。高山先生は自分はこの学校の長老で一番優秀な講師だと思ってたのに、それを谷口さんが脅かしそうになったので、否定したいんですよ」


 社会人経験が長かったせいか? それとも年齢のせいか? 伊藤の話は妙に生々しくリアリティーがあった。ただ、それはあくまで彼女の推測だ。鵜呑みにはできない。谷口は「いやいや、さすがにそんな大人気ないことはしないと思うよ」とやんわりと否定した。


「いえ、絶対そうですよ! だって、高山先生、このまえ、スタッフルームで自分のゼミの生徒数が一番多いことを自慢してましたから。やはり生徒たちはどの講師が一番優秀かわかっている、とかなんとか言って」


 伊藤は眉根を寄せながら吐き捨てるように言った。まるで高山に個人的な怨みがあるかのように。

 谷口はこの話はこれ以上言及しない方がいいと思った。これが他の講師間の揉め事にまで発展すると、生徒に学校に対する不信感を抱かせ、かつ、精神衛生にも良くないからだ。


「まぁ、高山先生には高山先生のやり方があるようだから、彼の授業では彼の指導に従った企画書を作ればいいんじゃないの。ここは僕のゼミだから、僕の指導に従ってその文字だらけの企画書を作りなおせばいいだけの話だよ。もちろん高山先生には見せちゃだめだよ」


 苦笑すると、平野は「わかりました」と言って顔を明るくした。しかし、伊藤の表情は、まだ険しい。というよりも、何かを思い出して悔しがってるようにも見えた。もしかしたら、高山からなにかひどいことでも言われたのだろうか? 谷口は彼女の横顔を見ながら、これからは彼女の前では高山の名前は口にしない方がいいな、と思った。



 ~つづく~

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