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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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◆第4話 ゲー専講師谷口 ~その1~

 フリーゲームデザイナーの谷口隆司たにぐちたかし、四十九歳が、そのゲーム専門学校のプランニングの講師を始めてから七回目の春を迎えた。

 五月のゴールデンウィークが終わると新入生の授業が始まる。

 谷口は、一年の中でその最初の授業が一番好きだ。夢への一歩を踏み出し、期待に胸を振らませて輝く学生たちの笑顔が、谷口の心に元気を与えてくれるからだ。


「はじめまして。この授業を受け持つ谷口と言います。よろしく!」

「よろしくお願いしま~す!」


 若者達の元気のよい返事も心地よい。谷口はこの瞬間に毎年思う事がある。

 この笑顔が、ずっと続けばいいのに……と。


 谷口が席を置くゲーム専門学校(略してゲー専)の入学生の経歴は様々だ。そのほとんどは高卒の若者で、次に大卒、中卒と続き、一般企業や自衛隊退職者などもいる。変わりどころでは、ひきこもりを治すために親から無理やり入学させられた者や、兵役から逃れるために韓国から来た者。わざわざアメリカから留学という形で来た者もいる。

 このように年齢も出身地も学力もバラバラな生徒たちが、一つのクラスで同じ授業を受ける事になるのだが、授業を受けているうちに、


『ゲームを遊ぶことと、ゲームを開発することは別物――』


 そんな当たり前の現実がわかり始める三ヶ月後に、生徒たちの表情から明るさが消え始め、夏休みが明けると授業に来なくなる者も出てくる。


「竹内くん! ……。竹内くん! ……。あれ?」


 出欠をとる谷口が生徒たちの方へ目をやると一席だけが空いている。


「竹内くんは欠席?」


 一部の生徒たちが首を傾げ、誰も答えようとしない。


「山崎くん。君は彼と仲が良かったようだけど、何か聞いてない?」


 空席の隣に座る山崎がギョッとして目を泳がせた。


「い、いえ。特に……」

「あ、そう」


 谷口は山崎が何か知ってるのではないかと思ったが、それ以上は言及せず、再び出欠を取り始めた。

 その日の授業は『面白さの本質』をテーマにしたものだった。ゲームに限らずあらゆるエンターテイメントは、それを提供する側が『面白い』と確信したものを、それぞれの表現技法で相手に伝えなければならない。それ故に、その核となる『面白さの本質』、言い換えれば『その面白さを成り立たせている重要ポイント』を提供側が理解していないと、当然ながらどんな高度な技法を使おうが相手にはうまく伝わらず、薄っぺらなものになってしまう。

 谷口は一見地味ながらも、その基本的な考え方を毎年生徒たちに教えてきた。しかし、少し観念的なところもあるせいか、ほとんどの生徒の取っ付きは悪く、習得率も低い。ただ、観念論に慣れている大卒の一部の生徒たちには評判は良かった。理解しているのかどうかは置いといて……。


 授業が終わり、休み時間になった。一斉に教室から出てゆく生徒たちとは逆方向に谷口に向かってくる一人の生徒がいた。山崎だ。


「谷口さん、ちょっと竹内くんのことで……」


 谷口は自分のことを生徒たちに『先生』とは呼ばせない。それは生徒たちとの心の距離を縮める効果もあったが、それよりも谷口自身がそう呼ばれる事に抵抗感があったからだ。自分は先生じゃない。そんなご立派なもんじゃなく、あくまでただのゲーム作りの『職人』に過ぎない。その職人が技術を教えにここにきているだけだと常に自覚していたかったからだ。それは谷口の『職人』という仕事に対するプライドでもあった。


「なんかあったの?」

「竹内くん……ここ、辞めるそうです」

「やめる? どうして」

「なんか、この学校の授業はどれも役に立たない。みんな自分が知ってる事ばかりだから、と言って」


 山崎はまるで自分が辞めるかのように、申し訳なさそうにうつむいた。


「そうか……。で、辞めてどうするんだって?」

「知り合いが小さなゲーム会社に勤めているので、そのコネでバイトをするそうです。なんでも、うまくゆけば、そのまま正社員になれる可能性もあるそうで」

「ふ~ん……。担任には話したの?」


 担任とは、授業以外で各クラスの生徒たちの世話をする運営スタッフのことだ。


「ええ。しつこく説得されたそうです。まだ君が知らない学ぶべき事はたくさんあるはずだから、考え直せば、って……」


 谷口は、まぁ、そう言うだろうなぁ、と思った。

 学校の収益源は生徒たちの授業料だ。その生徒が減れば後は言わずもがな。担任が何とか辞めさせないように必死に説得するのは当然のことだ。昔の谷口だったら、生徒から同じような事を言われたらしつこく説得しただろう。

 しかし、今の谷口は少し考えが変わっていた。このような件に関しては常に生徒サイドからものを考える癖がつくようになっていた。それは生徒たちと七年間接してきた体験から得たものだった。ゲー専の主役はあくまで生徒たちだ。生徒たちの意志だ。それをゲー専という名の企業が『大人の論理』で妨げる権利はない。いささか青臭い考えだが、それを当たり前に感じさせるほど、谷口の生徒たちとの七年間の関係は長かった。

 あと、生徒たちの最終目的は当然ながらゲーム業界での就職だ。もし、在学中にそのチャンスがあったら迷わずそちらを優先すべきだとも考えていた。ゲーム業界は変動の激しい世界だ。ゲー専の都合にいちいち合わせてはくれない。どんなに優秀な成績でゲー専を卒業しても、企業の採用募集数が減る、もしくは、お目当ての企業が募集してないという状況になっているのもゼロではないからだ。


「わかった。じゃあ、竹内くんの事は彼の意志に任せるよ」

「止めないんですか」

「だって、自分で決めたんだろ? それに彼は優秀だったからどこへ行っても大丈夫だよ。ただ、ちょっと生意気なところが玉にキズだけど」


 そう言って谷口が笑うと、山崎もつられるようにその表情を緩めた。


「では、失礼します」

「あ、まって!」


 軽く頭を下げて教室から出て行こうとする山崎を谷口がとめた。


「山崎くん。君はどうすんの?」


 山崎がきょとんとした顔つきで振り向いた。


「竹内くんから誘われてないの? おまえも一緒に来ないか、って」


 山崎の目が泳いだ。図星だったようだ。


「どうして、知ってるんですか」

「七年も講師やってればなんとなく分かるよ。よくあるパターンだから」


 苦笑する谷口に、山崎が真顔で答えた。


「僕は辞めません。だって、僕は竹内くんみたいに優秀じゃないので、もっとここで学ばなければならない事がたくさんありますから。あと、谷口さんの授業も面白いし……」

「おっ、お世辞にしても、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


 山崎は少しはにかみながら、教室のドアへ向かった。そしてドアを開けようとした時、再び谷口の方を振り向いた。


「谷口さん!」

「なに?」

「谷口さんの今の授業、ちょっと難しくてついて行けないって言ってる生徒、多いですよ」

「えっ、ほんと?」

「もう少し分かりやすくしてもらえませんか?」

「あれでも、かなり分かりやすくやってるつもりなんだけどなぁ……」


 山崎は「よろしくお願いしま~す!」と会釈し教室を出て行った。


(まいったな。去年の生徒にも同じ事を言われたんだよなぁ。でも、あれ以上分かりやすくしたら、自分自身で考える訓練にならないからなぁ……。悪いけど、山崎くんの希望は去年と同じく、却下だな……)


 谷口はそうつぶやきながら、机の上の資料を整理して次の授業の準備を始めた。



 ~つづく~

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