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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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ドラゴン&ファンタジー狂想曲 ~その4〜

 米村は、しつこいおばさんの応対方法を変えてみる事にした。このままマニュアル通りに断り続けても、たぶん諦める事はないだろうと思ったからだ。


「申し訳ありません。何度もお願い申し上げてるのですが、ゲームヒントはお教え出来ないというルールはご理解いただけてますでしょうか?」

「はい……」


 米村は少し安心した。もし、その質問に聞く耳を持たない態度で返事をされたら、このおばさんに対する応対を根本的に考え直さなければならなくなる。つまり業務妨害で訴えるという法的手段の可能性もあったからだ。ただ、米村はそれだけは避けたかった。


「ご理解いただけてるのですね。じゃあ、どうして何度もお電話をなさるんですか?」

「その理由をそちら様に何度もお伝えしているのですが……相手にしていただけなくて……」


(相手にしない? いったいどんな理由なんだろ……)


 米村の好奇心が刺激された。


「それは申し訳ございません。私はお客様の応対は初めてなので、もしよろしかったら理由をお聞かせ願えませんでしょうか?」

「実は……中学生の息子がずっと家に引きこもっていてゲームばかりやってるんです。それで、今はドラファン3を遊んでいるのですが、ゲームに行き詰まったからフェニックスにヒントを訊いてくれと頼まれたんです。それで、それは無理じゃないと答えたら突然暴れ始めて……」


(なんだよ、それ……)


 米村はその理由を聞いてまず疑った。あまりにも内容が胡散臭い。たぶん、彼女を応対した他の社員たちはそれを聞いた段階で応対を辞めたのだろう。しかしそう思いながらも同時に別の考えもよぎった。そんな見え透いた嘘までついてゲームのヒントを訊きたがる人間がいるのだろうかと。もしいたとしたら、ちょっと異常だ。米村は念のために慎重に質問を続けた。


「そうなんですか……。それで、ヒントを教えてあげれば、息子さんは大人しくしてくれるんですか」


 直ぐに返事が返ってこない。やはり嘘だったのか?


「試されてるんじゃないかと……」

「は?」

「私を試そうとしているんじゃないかと思ってるんです……」

「試すって……何をですか?」

「息子の引きこもりは学校でのいじめが原因のようなんです……。担任の先生にも相談したのですが、そんないじめはない、息子の思い過ごしだと取り合ってくれません。周りに味方がいなくなった息子は私と夫にその救済を求めていたようです。でも、私たちは逆のことをしてしまいました。いじめに負けるな、頑張れと息子を追い詰めてしまったのです。それで息子は心を閉ざしてしまって……」


(うっ……。嘘にしては、ずいぶん話にリアリティーがあるぞ。とりあえず最後まで聞いてみるか)


「私たちは息子との信頼関係を取り戻そうとしました。しかし、うまくいかず心の距離は離れる一方で……。すると息子が突然言ってきたんです。ゲームに行き詰まったからフェニックスにヒントを訊いてくれと。訊いてくれないと暴れると言って……。それで慌てて御社に問い合わせたのですが、ルールということで断わられてしまいました。その事を息子に告げたら、どうせ僕のことなんかどうでもいいと思ってたんだろ、と言って泣いたんです。その時、分かったんです。息子は私たちの愛情を試しているのだと……。息子は本当に自分の事を思ってくれてるのなら、私たちが何回断られても諦めずに絶対聞き出してくれると信じたかったのだと思います……」


 おばさんの声が涙声になってきた。


(どうも、この話は本当みたいだぞ……)


 米村はおばさんの話がもし嘘なら、どこかに不自然さが感じられるはずだと思っていた。しかし、聞いた限りではその感じがしない。逆に息子との関係で苦しむおばさんの心情が電話から痛いほど伝わってきた。仮にそれが芝居だとしても、一流の役者でもそうそうできる技ではない。

 米村は、おばさんは嘘をついてない、と判断した。


「お話し、ありがとうございました。そういう理由ならば弊社もお客様への対応を考え直したいと思います。ただ、余計なことだとは思いますが、本当にそれでお子様との関係が良好になりますでしょうか」

「わかりません……。ただ、今の私にできることはそれだけなんです……」


 米村は正直に思った。おばさんの息子への対応はいささか甘いのではないかと。それでは子どもの言いなりになってしまい、ますます親子の心の距離が離れてゆくのではないかと――。ただ、そう思いながらも、二十代後半という人生経験の浅い自分が、そのような複雑な問題に自信を持って意見できるのかと自問した。


(僕には、分からない……)


 米村は課長の持田をちらりと見た。


(課長に相談してみようか? いや、辞めとこう……。これは僕の独断でやろう。あとで、ばれませんように……)


「わからないところはどこでしょう?」

「教えていただけるんですか!? あ、ありがとうございます!」


 おばさんの声が急に明るくなった。それから米村はおばさんにゲームのヒントを詳しく説明した。ただ、詳しく説明し過ぎたせいでヒントというよりほとんど『答え』になってしまったが。


「わかりました。息子にそう伝えます。本当にありがとうございました……」


 よほど嬉しかったのだろう。おばさんは涙声で何度も礼を言った。


「あの、すみません。よろしかったら、ご担当さまのお名前を教えていただけませんか」

「僕のですか? 米村と申します」

「米村さん。これからも御社のゲームを応援させていただきますね。息子と一緒に……」


 そう言っておばさんは電話をきった。米村は受話器を置いた電話機を見つめながら、これでよかったのだろうか? と、再び自問した。


(今さら考えてもしかたないか……)


 米村は頭をぼりぼりと掻いた。着信音が鳴った。米村はすぐに頭を切り替えて受話器をとった。




 それから一週間後――。

 ドラファン3の過熱ぶりもひと段落し、問い合わせの電話数も減ってきた。少し余裕が出てきた社員たちは電話対応をしながら各々が持つ通常業務に戻っていた。


「そういえば、例のしつこいおばさん、最近電話してこないみたいだけど、小山はどう?」


 坂下が小山に訊いた。


「確かにそうですね。僕も受けてません」

「そうか。じゃあ、もう諦めたのかな」


 その時、坂下の机の電話が鳴った。


「はい、フェニックスです。は? 米村ですか? おりますが……。わかりました。今、代わります」


 坂下は電話の転送ボタンを押した。


「米村くん。君に電話だよ。小島という人から」

「小島? 聞いたことないな。誰だろ……」


 米村は怪訝な表情で自分の電話の受話器を取った。


「お電話代わりました。米村ですが」

「米村さんですか? 覚えておいででしょうか? 以前、ゲームヒントの件でお世話になりました小島と申します」


 その聞き覚えのある声に、米村は思わず「あっ!」と声を出して驚いた。その声の主は『しつこいおばさん』だった。


「し、失礼しました。もちろん覚えていますよ」

「その際は、寛大なご配慮、まことにありがとうございました。今日は改めてお礼がしたくお電話を差し上げました」

「お礼? いや~、もう気にしないでください。大したことはしてないので」


 米村の電話相手が気になった坂下と課長の持田が、米村をじろりと見た。それに気づいた米村は声を抑えて応対を続けた。


「息子さんにはヒントを教えてあげたんですか?」

「はい。十五回目にして、ついに米村さんからゲームヒントを教えていただいたことを息子に伝えました」

「十五回目? 驚いたな……。そんなに電話されてたんですか」

「はい……。御社さまには大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「いえいえ。それで、息子さんは?」

「その事をお伝えしたくてお電話差し上げました。実はあれから息子は暴れることもなくなり、以前より私に話しかけてくれるようになったんです」

「そうですか。それは良かったですね」

「やはり、息子は私の愛情を試していたようです……。でも、とりあえず、それに少し答えることができたようで安心しました。これも、米村さんのおかげです」

「いえいえいえ! そんなことありませんって!」


 米村は謙虚に否定したが、実際は自分が少しでも力になれた事が嬉しくてたまらなかった。


「ところで、息子さんの引きこもりの方は?」

「それは、今でも変わっていません……。やはり息子が受けた心の傷は想像以上に深かったようです。ただ、少し変化もありました」

「変化?」

「息子が熱中しているドラファン3が気になり私もそれを購入して居間でプレイしていると、その音が聞こえたのか、息子がたまに部屋から出てきて、ゲーム画面をじっと見て私にアドバイスしてくれるようになったんです」

「アドバイス?」

「次の町まで行くには、もっとレベル上げしないとだめだよ、って」

「へえ~」

「正直言って、息子がいつ心を完全に開いてくれるかはわかりません……。でも、ドラファン3が私たち親子の関係に変化を与えてくれたのは事実です。そのお礼が言いたくて今回お電話を差し上げました。ありがとうございました」


 『しつこいおばさん』こと、小島さんはそう礼を言って電話をきった。

 米村は机の上に置いていたドラファン3のパッケージに目をやった。そしてそれを手に取り、まるで生き物を相手にするようにつぶやいた。


「そういう役割もあったのか。おまえには……」


 パッケージに描かれたゲームの主人公が、誇らしい顔で「まあね」と答えたように見えた。



 ~つづく~

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