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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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ドラゴン&ファンタジー狂想曲 ~その3〜

 アパートに帰った米村はシャワーを済ませた後、仕事の精神的疲労を癒すために缶ビールとテレビの娯楽番組で頭をからっぽにしていた。


(おっ、そろそろ始まるな。もしかしたら今日の事が報道されるかも)


 米村は毎夜チェックしているニュース番組を見るためにチャンネルを変えた。

 午後十時になりその番組『ニュースステータス』が始まると、米村が大ファンである人気ニュースキャスターの久米島正くめじまただしが軽快な口調でニュースを伝え始めた。まず最初に政治経済関連、その後に犯罪関連の報道をしたあと、画面は街の空撮映像に変わった。そこにはビルの合間を縫うように並ぶ長い行列が写っていた。


『ドラファンIII 空前の大ヒット!』


 画面にテロップが流れると、アシスタントの女子アナがニュースを伝え始めた。


「今日、人気テレビゲームソフト、ドラゴン&ファンタジー3が発売され、それを求める一万人ものファンが二キロにわたる長い行列を作りました」


 その行列を見た米村は、自分の想像をはるかに上回るドラファン3の人気に愕然とした。さらにニュースはその異常な加熱ぶりを伝え続けた。


――百万本の発売に二百五十万件の注文が殺到した。早朝から並んだが手に入らなかった。購入できない子供に代わって親が並んだ。発売開始するとわずか三十分で売り切れた――


 しかし、ニュースが進むとゲームの負の面も伝え始めた。


――購入するために学校をさぼって補導された学生児童が全国で三百九十二人。ソフトを脅し取られた事件が九件。警察庁が文部省、業者に対して再発防止の指示をした。文部省が教育委員会に学校をさぼる児童生徒がでることのないように指導を通達した――


 明るい情報だけで終わるわけがないニュース番組らしく、最後はドラファン3が社会にもたらした問題点にスポットライトが当てられた。そして一連の報道が終わるとテレビ画面は取材映像からスタジオにいる久米島のバストショットにかわった。


「これが、今、お伝えしたゲームソフトですが……」


 久米島はそう言いながらデスクの上に置いてあったドラファン3のパッケージを手に取った。


(あっ! 久米島正が僕がデザインしたパッケージを持ってくれてる)


 米村は興奮した。まさか大ファンであるニュースキャスターが自分がデザインしたものを触ってくれる日が来るとは夢にも思っていなかったからだ。


「いや~、異常な過熱ぶりですね。たかがおもちゃなんですけどね。私にはよく理解できません」


 久米島は苦笑し、ゲームパッケージをデスクの上に放り投げた。


「えっ……?」


 久米島のまるでゲームに否定的であるようかのようなパッケージの扱い方に、米村はショックを受けた。まるで、自分の分身が否定されたような気になったからだ。たぶんそれは米村がビールで酔って、思い込みが激しくなっていたせいかもしれない。米村はしょんぼりしながらテレビを消すと、残っていた缶のビールを一気に飲みほした。



 次の日――。

 フェニックスの企画部内は、昨日と同じように問い合わせの電話対応でてんてこ舞いの状態だった。


「米村く~ん!」


 電話の着信音を途切れ、一息ついていた米村を課長の持田が呼んだ。


「なんでしょう?」

「これ、玄関ドアに貼っといてくれるかな」


 米村は持田が手渡した紙に書かれた文を読んだ。


『お知らせ。弊社ではドラゴン&ファンタジー3の販売は一切行っておりません。――株式会社フェニックス』


「これは?」

「ゲームを手に入れられなかったユーザーが、会社に押しかけてるんだ。どうやらここでも売ってると勘違いしてるみたい。いちいち断るのも面倒だからね」


 米村がその告知文を持って会社の玄関まで行くと、ゲームを求めに来たと思しき数人の若者たちがたむろっていた。


「ごめんね。ここに来てもゲームは売ってないよ」

「えっ? でも、フェニックスが販売してんだろ?」

「確かにそうだけど、小売りまではやってないんだ。うちはゲーム開発も小売りも外にお願いしてる、言わばゲームの商社みたいな会社だから」


 そう言いながら米村は玄関のドアに告知文を貼り付けた。それを読んだ若者たちは「なんだよ~」と口々にぼやきながら落胆した表情で帰って行った。

 

 米村は再び電話対応に戻った。この日の問い合わせも、そのほとんどが昨日と同じようにゲームヒントに関するものだった。それ以外にもゲームカセットのセーブ機能の不具合や、バグと思しき報告などもあったが、それらは専属のメンテナンススタッフに回した。中には、昨日の『怒ったお母さん』と同じようなゲームとは直接関係ないものもあった。


「はい。フェニックスです」

「ちょっと質問があるんだけど」


 声の主は若い男だった。かなり早口だ。


「はい。うかがいます」

「おたくはさ、ドラファンのことをRPGロールプレイングゲームって言ってるけどさ、間違ったことを言うのはやめてくれない? 皆が勘違いするだろ?」

「間違ってる? どこがでしょうか」

「RPGっていうのは、ウィザードリーやウルティマみたいなゲームのことをいうのであって、ドラファンは正式にはRPGじゃないよ。経験値上げがついたただのアドベンチャーゲームだよ」


 米村はうんざりした。こういう『マニアックなゲームおたく』の対応は正直、嫌いだったからだ。

 確かにドラファンはウィザードリーやウルティマのような海外で古くからあるタイプのRPGではない。それは米村たちフェニックスの社員やドラファンの開発スタッフも認めている。ただ、皆に共通しているのは『RPGの面白さをわかりやすい形で日本の人たちに知ってもらおう』という認識だ。つまりRPGの入門編として。

 米村も過去、ウィザードリーやウルティマをパソコンでプレイしたことがあるが、それらはプレイヤーの想像力と能動性を試されるマニアックなものだった。ライトなゲームを好む日本のファムコンユーザーにはハードルが高すぎる。だからドラファンは誰もが馴染めるようにするために、あえてシステムをファムコン向きにアレンジしていた。しかし『マニアックなゲームおたく』の人たちには、どうもその考え方が理解してもらえないようだ。いや、理解しようとしない、というのが本当のところか。まるでRPG原理主義者のように――。

 米村はそんな連中の不毛な議論に付き合いたくなかったので早めに話をきりあげようとした。


「ずいぶんRPGにお詳しいようですね。確かにおっしゃるとおりかも知れません。ただ、ご存知だとは思いますが、RPGの歴史はテーブルトークから始まり、それから初期のパソコン用のローグからウィザードリーへ、そしてオープンマップと物語性を強めたウルティマへと、時代とハードの進化に合わせて常に進化してゆきました。同様にドラファンもウィザードリーの戦闘システムとウルティマのオープンマップの概念をリスペクトして踏襲させ、それにアドベンチャーゲームのような謎解き要素を加えて進化させています。つまりドラファンもRPGの進化の中のひとつと言っても、決して過言ではないと私は思うのですが、お客様はいかがお考えですか?」

「えっ? そ、それは……」


『マニアックなゲームおたく』は米村のことをRPGのことが良くわかってないただの会社員だと思っていたのだろう。米村の淀みのない意見に対して、突然、慌て始めた。


「ま、まあ、確かにそういう考え方も一理あるかもね……。ふ~ん。あんた結構わかってるんじゃん、RPGのことを。まぁ、そこまで分かっていたら許すよ。ただ、俺はドラファンは嫌いだけどね」


 そう言って『マニアックなゲームおたく』は一方的に電話をきった。


「許す、か……。なんであいつらって、いつも上から目線な物言いをするんだろな」


 米村はうんざりした表情で受話器を置いた。すると直ぐに着信音が鳴った。受話器を取ると、中年の女性と思しき声が聞こえた。


「あの……フェニックスさまですよね」


 その声は暗く元気がなかった。


「はい、そうですが、どういうご用件でしょうか?」

「……」


 なぜか返事がない。


「もしもし?」

「あの……ゲームのヒントを教えていただけませんか……」

  

 米村はいつも通りにゲームヒントは教えられない旨を伝えて電話をきった。すると、直ぐに着信音が鳴った。


「はい。フェニックスでございます」

「あの……ゲームのヒントを教えていただけませんか?」


 その暗い声は今断った中年女性と同じだった。米村はこの女性が、昨日、坂下たちが言っていた『何度断ってもかけ直してくるしつこいおばさん』だと直感的に気づいた。


(うわ、ついに来たか……)


 米村はどうやってこの女性に応対してゆこうかと考えを巡らせた。



 ~つづく~

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