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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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ドラゴン&ファンタジー狂想曲 ~その2〜

 米村は受話器を取った。


「はい。フェニックスでございます」

「あの~、ドラファン3のヒントを教えてほしんですが……」


 その声は明らかに子供だった。変声期っぽい声から想像するにたぶん中学生だと思われた。


(ドラファン3のヒント? もうプレイしてるんだ。でも今日は平日だよな。学校さぼってるのかな)


 米村は以前、万田(かずた)から言われた事を思い出した。ゲームヒントを教えるのは基本NG。ゲームの『攻略法や謎』は、いわば手品の『タネやしかけ』みたいなもの。だから、それらを教える事は商品が持つ『面白さ』を損なわせることになり、結果的にユーザーの不利益になるから――と。


「申し訳ありません。ゲームのヒントは教えられないルールになってるんですよ」

「なんで?」

「一人に教えると全員に教えなければならないし、それに自力で解いているプレイヤーさんたちにも不公平に――」

「っせえ! バーカ!」


 相手は米村が言い終わらないうちに捨て台詞を吐いて電話をきった。


(くそガキ、むかつくなぁ……)


 米村は発信音しか聞こえなくなった受話器を睨みつけながら置くと、直ぐに着信音が鳴った。


「はい。フェニックスでございます」

「ゲームのヒント、教えてくれ……」


(またか……)


 受話器からドスのきいた声が聞こえた。声からしてたぶん中年の男とみられた。米村がさっきと同じように断ろうとすると男は突然、(すご)み始めた。


「おうっ! なんでダメなんだよ。気に食わねえな。おまえんとこの会社、新宿だったよな。うちの若えのが歌舞伎町にいるから今から挨拶に行かせようか?」


(あっ、これは面倒な人だ。どうしよう……)


 米村は「少々お待ち願えますか」と言って一旦電話を保留にし、課長の持田(もちだ)に向かって人差し指で頬の傷を現す仕種しぐさをした。


「これっぽい人からヒントを教えろってきてるんですが、どうしましょう?」


 持田は「またか」と、うんざりした顔をして「教えてやれ」と答えた。実は持田はこの手の応対指示はこれが初めてではなかった。ドラファン2の時も部下が同じような電話を受けた事があったが、その時はイタズラだろうと思い「断れ」と指示をした。ところが、それは本物だった。会社の玄関前に本当にその手の若い男たち数人がうろついていたのだ。慌てた持田が直ぐに警察に通報した為に大事には至らなかったが、そういう事件があったせいか持田はその手の連中への対応は若干甘くしろと指示するようになった。ただ、あくまでゲームヒントに関してだけだが――。


「わかりました。どこが分からないんですか?」

「パフパフの石が見つからねえんだよ」

「は?」

「だから、パフパフの石が見つからねえって言ってんだろうが。二度も言わせるな!」


 米村は、ヤクザな男のドスのきいた声と質問内容とのギャップがおかしくなり、込み上げてくる笑いを必死にこらえながら答えた。


「そ、それはですね。ファスト村の入り口付近を探してください」

「なんだ、そこにあったんだ。ありがとさ~ん!」


 突然、それまでのドスのきいた声が甲高くなって電話が切れた。


(やられた! イタズラだったのか。無駄に緊張して損した)


 米村は口を尖らせながら受話器を置いた。今度は直ぐに着信音はならなかった。ふと周りを見渡すと他の社員全員がひっきりなしにかかってくる電話の対応でてんてこ舞いの状態だった。


(この状態はいつまで続くんだろう。この調子じゃトイレも行けないし昼食も取れないよ……)


 米村はこれからの先の事を創造して、ため息をついた。


「いやあ、だから、そんなこと言われましてもねえ!」


 電話対応している社員たちの中からひときわ大きな声が聞こえた。それは同僚の小山の声だった。相手ともめているのだろうか。その声はかなり感情的になっていた。小山は「少々お待ちください」と言って電話を保留にした。


「持田課長。ちょっとしつこいクレームがきてるんですけど、どうしたらいいですかね」

「しつこいクレーム? どんな内容?」

「息子が受験を控えているのに、なんでこんな時期にゲームを出すんだって」

「お母さんからか……。もしかして怒らせた?」

「は、はい」

「まずいな……」


 持田はチラリと米村の方を見た。


「米村くん。悪いけど、小山くんに変わって応対してくれない?」

「えっ? なんで僕なんですか」

「君は人当たりがいいから、小山くんみたいにすぐ感情的になって相手を怒らせる事はないと思ってね」


 小山が「ちぇっ」と小声でつぶやいて口を尖らせた。持田と小山の会話を聞いていた米村は、相手が怒った母親と聞いて緊張した。


(怒ったお母さんか……。手強そうだな。ある意味、ヤクザな人より手強いかもしれない。とにかく感情的になったらこちらの負けだ。極力冷静に、明るく対応しよう)


 まるでロールプレイングゲームのラスボス戦を迎えたプレイヤーのように米村は深呼吸をして心を沈めた。


『少しでも相手ともめたら、まず謝れ。謝られて怒る人間はいないし、それで相手も心を開いてくれる――』


 米村は、以前、営業部長の桂田と飲みに行った時に彼から聞かされた営業の知恵を思い出した。それは営業で修羅場をくぐってきた桂田だけあって妙に説得力があった。米村はその言葉を意識しながら点滅する転送ボタンを押して受話器をとった。


「お電話代わりました。担当の米村と申します。先ほどは別の担当が大変失礼な対応をいたしまして、誠に申し訳ありませんでした」


 それが耳に入った小山が横目で米村を睨んだ。


「なに人をたらい回しにしてんのよ! まったく失礼しちゃうわね!」

「申し訳ありません。少しでもお客様のご意見、お気持ちをご理解したく、このようなご対応になりました」

「ふん。まぁ、それはいいけどさ。さっきも言ったけど、なんでこの時期にあんなものを出すのよ。受験を目の前に控えた息子が気になって勉強に集中できないじゃない。試験に落ちたらどうしてくれるのよ!」


 ヒステリックな甲高い声が米村の左耳を攻撃した。しかし、ここで言い訳すると火に油を注ぐ結果になるのは小山の例を見ても想像に難くなかった。相手はこちらの事情なんかどうでも良いのだ。とにかく今の自分の怒りをぶっつけたいのだ。そしてその気持ちに共感して欲しいのだ。だから、ここは聞き役に徹して、相手の怒りと不満を思い切り吐き出させてあげるのがベストな方法なのだ、と米村は考えた。


「申し訳ありません。お母さまのお子様を想うお気持ちをお察しすると、お詫びする以上の言葉がみつかりません……」


 米村はそう言って相手に見みえるはずもないのに、深々と頭を下げた。


「あら、そう? ふ~ん、ずいぶん素直じゃない。さっきの人とは大違いね」


 米村の誠意が少し伝わったのだろうか? 急に相手の態度が軟化してきた。


「まあ、そちらにもいろいろ都合があると思うけどさ、少しは受験生を持つ親の気持ちにも気を使って欲しかったわ。分かる? もう大変なんだから」


 それから母親は受験生を持つ親の大変さを詳しく説明し始めた。そしてそれはいつしか親子関係や家庭の不満へと発展していった。米村はそれに対して一切余計な事は言わず、相づちを打ちながら聴き続けた。どうやらその母親はドラファン3へのクレームをきっかけにして、日頃から溜まっていた鬱憤うっぷんを晴らしたかっただけのようだった。

 三十分近く話し続けてスッキリしたのか、母親の口調が突然優しくなった。


「なんか、ちょっと冷静になってみると、私はそちら様に八つ当たりしてたところがあったみたいね……。ごめんなさいね」

「いえいえとんでもありません。お気になさらないでください」

「そう? そう言ってくれると助かるわ。じゃあ、この辺で……」

「息子様の受験が成功されることを心より祈っております」

「あら、ありがとうね!」


 長い電話が終わった。米村はHP(たいりょく)を70%減らされたゲームのキャラのように疲れきった顔で受話器を置いた。


「いやあ、長かったねぇ。相手は納得してくれたのかい」


 課長の持田が呆れた表情で訊いた。


「はい。どうやら……」

「へぇ~。どういう対応をしたんだい?」

「呪文を使いました」

「呪文?」

「ええ。ヒタスラタエールの呪文です」

「なんだ、そりゃ」


 苦笑する持田を横目に、米村はトイレに行こうと椅子から腰を上げた。すると、横の席で応対していた先輩の坂下が受話器を置きながら一言呟いた。


「しつこいんだよなぁ……」

「どうしたんですか」

「何回断ってもかけてくる、しつこいおばさんがいるんだよ」

「あ、それ、僕も受けましたよ!」


 二人の会話を聞いた小山が声をあげた。持田も会話に加わった。


「ああ、あのおばさんね。今度かかってきたら米村くんに回せば? 米村くん、おばさんが得意みたいだから、きっと必殺の呪文で撃退してくれると思うよ」

「やめてくださいよ~」


 米村はうんざりした表情で部屋から出て行った。

 その日、怒涛(どとう)の電話対応は終業時間の午後六時まで続き、社員全員が疲労困憊(ひろうこんぱい)の顔で退社していった。



 ~つづく~

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