◆第1話三人の面倒なプランナーたち 〜その1~
堀本は今年で二十九歳。中堅のゲーム開発会社エニアックの企画部第三開発グループの主任である。
主任――。
この肩書が名刺についた時は、昇進か? とたいそう喜んだ堀本だったが、会社に数年もいれば大抵の社員は自動的になれる、いや、ならされるただの通過点と後で知って拍子抜けしたものだ。
仕事内容は、主に開発スタッフ管理と制作進行、そして上司と部下の間を取り持つパイプ役だ。ただ、すぐ詰まらせてしまう、いささか頼りないパイプだが。
「まずいなあ……」
堀本が自席で一枚のプリントを見ながらぼやいていると、新人プランナーの丸山がメタボな体を揺らしながら近づいてきた。
「堀本さん。来週の定例会議、また高野部長が顔を出されるそうですね」
「らしいね。また、いつものご高説が始まらなければいいんだけど……」
「前回なんか、ゲームにおける作品性と商品性の違いとか語り始めて、結局、会議はそれで終わってしまいましたからね」
「部長は好きだからなぁ、ゲーム理論が」
「でも、言ってることに説得力があるせいか、皆んなが思わず聞き入ってしまうから厄介ですよね」
「まあ、悪くはないんだけど、会議の時間がもったいないんだよなあ……。そんなにゲーム理論を語りたくて仕方ないのならゲー専の講師にでもなればいいのに。いい講師になれると思うよ」
「いやいや、たぶん無理でしょう。大学ならまだしも、専門学校の生徒はあんな小難しい理論に耳を傾けませんよ。彼らが欲してるのは即戦的な技術ですから」
「ずいぶん詳しいな」
「ええ。ゲー専出身ですから」
「あ、そうだったね。――ところで、なんか僕に用?」
丸山は「あっ、そうそう」とつぶやきながら持っていた書類を堀本に手渡した。
「企画提案書です。ちょっと見てもらえますか。今度のは自信があります!」
堀本は提案書をパラパラとめくって目を通し、「う~ん」と唸ってそれを机の上にポイと投げた。
「あ! ひどいなぁ。もっと真剣に読んでくださいよ」
「あのさあ。前見せてもらったやつと、ほとんど変わらないじゃないか」
丸山は口を尖らせ、提案書の最初のページを開いて指差した。
「変わりましたよ。ここ見てくださいよ、ここ。遊び方が大幅に刷新されてるでしょ?」
「だからあ~、いくら遊び方を変えても、それがコンセプトを生かしきれてなかったら意味ないだろ」
「コンセプト? なんか、部長と同じようなことおっしゃいますね。ははあ、さては部長に洗脳されたのかな?」
「おまえ、ふざけるなよ。コンセプトが重要なのは企画の基本だろ、基本! これ、部長に見せたら小一時間はご高説を受けるはめになるぞ。それでいいなら、このまま部長に見せるけど」
丸山は小さな目を大きく見開いて、それだけはご勘弁をとばかりプルプルと首を激しく左右に振った。
「わかりました。もう一度考え直します」
「素直でよろしい。で、来週の定例会議の前にプランナーだけで軽く打ち合わせをしたいんだけど、秋本くんと横尾くんに声かけといてくれるかな」
丸山は「了解です!」と敬礼して自席へ戻って行った。
(ところで、部長はいったい何の用なんだろう? 最近、僕らの会議に顔を出す回数が増えてるようだし。ちょっと気になるな……)
堀本は机の上に置いていたプリントを再び手に取った。それは堀本が担当しているアプリゲームの収益データだった。
(かなり下がってきてるなぁ……。運営方法に問題があるんだろうか。それとも、もうゲームが飽きられてしまったんだろうか。もしかしたら、部長はこれに関してなんか言いに来るのかもしれないなぁ。ああ、憂鬱だ……)
堀本は力なく椅子の背にもたれかかると、軽いため息をついた。
会議室に集まったのは、堀本とプランナーの丸山、横尾、秋本の四人だった。
丸山は二十二歳。四人の中で一番若い。プランナーとしての実力はまだまだだが、ゲームユーザー世代に一番近いという理由で、好き嫌い、面白いつまらない、という彼の感覚的な意見が重宝されている。ただ、アニメおたくのせいか、ゲームはキャラクターが命、それだけで売り上げの70%は決まると言う根拠の曖昧な持論を自信を持って主張するところが、ちょっと面倒な奴だ。
横尾は二十六歳。美大出身で、元々はグラフィッカーだったが本人の強い希望でプランナーにジョブチェンジさせてもらった。美大出身のせいかどうかはわからないが、論理性より感性でものを考える傾向があり、ゲームに関しても、商品性より作品性や独創性を重視している。ただ、自己愛が激しく、自分の企画評価と自己評価をごっちゃにして感情的になるところが、ちょっと面倒な奴だ。
秋本は二十七歳。某有名経済大学出身の変わり種。ゲームは作り手の自己満足な作品ではなく、誰もが楽しめる商品だと割り切り、常にユーザーニーズに関するデータをチェックしている。そのせいかゲームのシステム(遊びかた)はユーザーに人気のある慣れ親しんだシステムのアレンジで十分。売れるかどうか分からない独創性の強い実験的なシステムのゲームは、会社の金ではなく自分の金で作れ! と言い切るドライさが、ちょっと面倒な奴だ。
当然ながら、水と油な横尾と秋本は意見が合う事が少なく、企画会議で対立する事はしょっちゅうだ。それを丸山が中に入ってくだらない冗談で水をさし場を収める。ある意味では少数ながら個性に満ちたユニークなメンバーではある。ただ、堀本はかなりウンザリしているが。
「既に知ってると思うけど、来週の定例会議に部長がまた出席されるそうです。来週は時期リリース用の企画会議をする予定なので、そこに部長が来られるということは、企画内容をチェックされる可能性があります。なので、今日はそれぞれの企画を皆で吟味し合い、部長にチェックされても問題がない程度にクオリティを上げときたいと思います」
堀本の説明に三人が無言でうなずいた。
「じゃあ、丸山くんから発表してもらおうか」
丸山は「は~い」と軽い返事をして企画書のコピーを全員に配った。
「では始めます。今回、ボクが考えたのは、今、若者の間で流行っている異世界転生をテーマにしたRPG風タワーディフェンスゲームです。まず、世界観の設定ですが――」
「それはいいからさ、まずセールスポイントを説明してよ」
秋本が抑揚のないクールな口調で訊いた。
「は、はい。セールスポイントは異世界転生の世界観自体です。これ、若いユーザーのニーズにあってますから。システムは、ヒットゲームの『ドラゴンタワー』を参考にして、それを世界観に合うようにアレンジしています」
「なるほどね。分かりやすい」
秋本は自分の考え方に近い丸山の企画に好意的な態度を見せた。しかし、横尾は眉根を寄せた。
「う~ん、どうなんでしょうかねぇ……。なんか、あまりにも安直過ぎませんか。世界観もシステムも今、流行ってるものだそうですけど、その流行りはこれからも続くもんでしょうかね。あと、このゲームの独創的なところはどこでしょう?」
「独創的?」
「今までにない設定とか、遊び方とか……」
「今までにないもの? いや、特にないです。それ、必要ですかね」
秋本がまるで丸山に同意するかのようにうなずいた。それを見た横尾は長髪の頭をボリボリと掻きながら渋い表情を見せた。
「必要ですかね? それって、プランナーの姿勢としていかがなもんでしょうかねぇ……」
丸山は横尾が何が言いたいのか分からず、「はあ」と気の抜けた返事をした。そしてさらに企画の説明を続けようとしたが、横尾の露骨なまでの興味無さ気な表情を見て気持ちがへこんだ。そして救いを求めるように秋本に目をやったが、期待に反してその表情は横尾と同じだった。
「――以上です……」
すっかり意気消沈した丸山の説明が終わった。
「何か質問とか意見はありますか?」
堀本が秋本と横尾に訊くと、二人は声を揃えるように「特に」と答えて丸山の企画書のコピーをさっさと引っ込めた。丸山は最初の勢いが嘘のように、メタボな体を小さくして小声で「ありがとうございました……」と言って軽く頭を下げた。
(秋本くんも横尾くんも冷たいなぁ……。先輩だったらもっと意見を言ってあげればいいのに。その方が丸山くんの為にもなると思うんだけどなぁ。それとも今の若い人達って、昔のような先輩、後輩という関係性が薄いんだろうか……)
堀本は三人の顔を見ながら、ここ数年で急速に変わりつつある開発現場の人間関係に自分の新人時代のそれを重ね合わせた。そして先輩に絞られた日々が遠い昔のように感じていた。
「じゃあ、次、横尾くんお願いします」
横尾は椅子から立ち上がり、会議室のホワイトボードまで進む。
「わたしは口で説明するのが下手なんで、いつものように絵で説明しますね」
そう言いながら黒のマーカーを手に取り、慣れた手つきでボードに絵を描き始めた。秋本は横尾の背中を見ながらムスッとして頬杖をついた。彼は以前からこの横尾のプレゼン方法が嫌いだった。わざわざ今から目の前で絵を描かなくても、事前に描いた絵を取り込んだタブレットPCでも使って説明すればいいじゃないかと思っていた。
(結局、自分の絵のうまさを見せつけたいだけなんだろ?)
秋本は心の中でそう毒づいた。しかし秋本は、実はその嫌悪感は自分に絵の才能がないコンプレックスからきているものだと自分自身でもわかっていた。秋本は絵を使ったプレゼンの効果を認めていた。できるなら自分も絵を使ったプレゼンをしてみたい。しかし自分にはその才能がない。だから、目の前で横尾がいとも簡単に絵を描いている姿を見せられると、羨ましくて仕方がなかったのだ。
横尾のプレゼンが終わった――。その内容に全員が複雑な表情で沈黙した。
〜つづく〜