なれないんです、私には。
「.....なんで泣いてんのよ?」
「.....え」
言われて気が付いた。両頬を涙が伝っている。
気付いたら益々流れ出した。
「...なんでもっ.....ない...です.....っ」
視界がにじんで、お嬢様の姿が見えなくなる。
見えたとしても、今は見たくないのだけれど。
「.....はぁ」
コツ、コツ、コツ、と近づく足音。
目の前で止まったかと思うと。
俯かせていた顔を、ぐいっと引き寄せられた。
「―――あんたの夢、まだ変わってない?」
「...........」
「変わってないなら、任せたいんだけど。」
姫は覚えていたらしい。
子どもの頃に漏らした、私の夢を。
叶わない願望を。
「...私には、務まりません。」
「どうして? 昔はドレスを着て嬉しそうにくるくる回っていたじゃない。」
「それは昔の話です!!」
いわゆる黒歴史である。なんでいちいちそんなことを覚えているのか、この人は。
「それに...例えどんなに綺麗なドレスを身に纏ったところで、私は姫になれません。」
「...ずいぶん謙虚なのね。姫ってそんなに厳かな職務じゃないわよ?」
「今すぐ全世界の全王族の全姫君に謝ってください。」
ついでに姫に憧れる少女たちにも謝ってほしい。
しかし謝るわけがないことは分かりきっているので、そのまま言葉を続けることにした。
どうせ居なくなる人ならば。すでに私の夢を知っているなら。
全部ぶちまけてしまえ。
「私、知っているんです。お嬢様が、どれだけ国民のみんなに愛されているのかを。」
姫になることを決定的に諦めたのは、メイドをやり始めて間もない、子どもの頃。
当時の私は、監視と護衛という名目のもと、城を抜け出すお嬢様を何度も付け回した。
最初は驚いた。
我が国の王族歴代最強の大問題児は、みんなからとても愛されていたのである。
子どもから大人、老人に至るまで、男女の区別なく、それこそ老若男女問わず好かれる姫君。
この人が訪れた場所には、必ず笑顔が咲き誇って。
その度に思い知らされたのだ。
私には―――自分のことしか考えていない私には、あんな風にみんなと笑い合えないということを。
「...どうして自分勝手極まりない貴女がみんなから好かれるのか分かりませんが、貴女は立派な、
この国の姫君です。私に代わりなど」
「私だって、お姫様できてるなんて思ってないわよ。」
断ち切られた言葉。
いつの間にか逸らしていた目を再び合わせると。
普段からは想像できないような表情のお嬢様がいて。
「...お嬢様?」
「ねぇメイド。」
「は...はい。」
顔を引き寄せられ、頬に手を添えられる。
すると―――お嬢様の顔に、いつもの勝気な笑みが浮かんで。
「ふんッ!!!」
とても唐突に、鳩尾にボディブローを叩き込まれた。