なりたかったんです、私は。
私は、お姫様になりたい。
綺麗なドレスを着て、お洒落な靴を履いて、美味しいご飯を食べて、みんなからちやほやされて、ふかふかのベッドで寝て.....
そんな生活に憧れていた。
けど、それは絶対に叶わないことだって、かなり早い段階で悟ってしまった。
私はお姫様になれない。
それでも、どうしても諦めきれなくて。
だから、いつも間近で「お姫様」を見ることができる、メイドなんて仕事を志願し続けているのだけれど。
「........はぁ」
新調したばかりの鋼鉄の扉、その傍らでため息をつく。
まさか渇望してやまない立ち位置を、自ら放り投げようとする人間がこの世にいるとは。
しかもそれが自国のプリンセスとは。
「なんだかなぁ.....」
初めて知った当時は、それはそれはもう、殺意に近い憎しみを抱いたものだ。
今はどうなのかと聞かれると―――答えられないのだが。
―――コンコン
「ん?」
ノックらしき音を聞き、耳を澄ます。
扉の向こう側で、お嬢様が叩いているらしかった。
「お嬢様?どうかなさいましたか?」
『その声...メイド長?』
「はい。」
『はぁー.....よかった確認して。ちょっと下がってなさい』
「.....あの、お嬢様? 何を―――」
言い切る前に、扉の向こう側からズダダダダと駆け寄ってくる足音が。
思わず飛び退き、転がりながら扉から離れる。
そして、
【【【ゴワッシャァン!!!!!】】】
轟音と共に、鋼鉄の扉が吹き飛んだ。
「ふぅー。意外とどうにかなるものね、こう頑丈でも。」
足元の鉄板をガンッと踏みつけるお嬢様。
馬車の突進にも裕に耐え得るという、厚さ20mmの鋼鉄の扉は、ど真ん中にパンプスの足跡をくっきりと残し、ひしゃげた無様な姿で廊下に伏している。
人外にも程があるだろこの姫君。
「で、どうするのアンタ? 私はこれから出かけるけど、捕まえる? 全力で抵抗するけど。」
「...いえ。命が幾つあっても足りないと思われますのでやめておきます。」
「そう? じゃあ私行くわね。しばらく城には戻らないと思うから。」
ひらひら手を振って去ろうとするお嬢様。
あまりに何気ない口調で告げられたので、聞き逃しかけた。
「お待ちください、今なんて?」
「だから、しばらく戻らないって。1年かそこら、下手したらもっとかかるかも。」
「はぁ!?」
思わず素で反応してしまった。
この人は何を言っているのか。
「旅の仲間はもう誘ってあるの。剣士に魔法使い、あと武闘家も。」
「魔王でも討伐しに行くおつもりですか。 この世界に魔王なんて居ませんが。」
「居るわよ。この国の玉座に座っているとびっきりの暴君が。」
「........今のは聞かなかったことにして差し上げます。今すぐお部屋にお戻りください。」
お嬢様と対峙しながら、周囲の様子を伺う。
誰も居ないようで安心した。
「戻るわけないでしょう。せっかく世界を見て回るチャンスなのに。」
「...世界旅行にでも行かれるのですか?」
「そうよ。こんな鳥籠みたいな人生ごめんだから。満足したら戻ってくるわ。」
「満足したらって...貴女が数日居なくなるだけでも、この国は大混乱に陥りますよ?」
「知らないわよそんなの。勝手に騒いでいればいいじゃない。私はどっかで生きているから心配しないで。」
勝手な物言いに、まるで通じない会話に、ふつふつと怒りがわいてくる。
なんでこの人は、こんなにわがままで、お気楽で、奔放で、自由で―――――
どこまでも羨ましい存在なのだろう。
「.....なんで泣いてんの?」