あの日、あの時。私の初恋。
後付けコラボを快諾して下さった、大切な友人でもあるそのへんにいるありさん先生に尊敬と愛を込めて。
私には幼稚園の頃からの親友がいた。
名前はえっちゃん。
えっちゃんは私の一番。彼女も私のことを一番好きだと言ってくれていた。
えっちゃんと私は『好き』の種類が少し違ったけれど。
でも、だからといってこの関係を壊したいとは思わなかった。えっちゃんが友達だと言ってくれるなら、一番だと思ってくれるなら。私はこの気持ちを墓場まで持っていこうと決意していた。
その甲斐あってか、数年経っても二人の関係は変わらないままだった。
大好きな大好きなえっちゃん。
彼女は太陽のように明るくて、面白くて、そして可愛い人だった。『優ちゃん!』と呼んで、ダジャレを言って笑わせてくれたり、音楽室の肖像画に落書きしたりして。あ、先生のモノマネ!あれは凄かったなぁ。
体が弱くて、みんなと外で遊べない私の為にたくさん楽しいことをしてくれるえっちゃんが愛しくて。
えっちゃんの笑顔があれば他には何も要らないくらいに毎日が幸せだった。
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十五歳の春。
えっちゃんと私は、見事同じ高校に進学することが出来た。
少しでも彼女の助けになりたくて、勉強だけは頑張っていたから。
本当はえっちゃんと同じ高校ならどこでも良かったのだけど、彼女は頑張って、私が先生に勧められていた学校のレベルまで偏差値を上げてくれたのだ。勉強会でうんうん唸るえっちゃんも本当に可愛かった。
高校でのクラスは別々になってしまい、とても悲しかったけれど、えっちゃんが放課後にまたねと手を振ってくれたので、私もまたねと笑って別れた。
嬉しいことに、私とえっちゃんの家はご近所さんだったので毎日一緒に登下校した。
私はすぐ体調を崩して休んでいたけれど、その度にえっちゃんがプリントを届けに来てくれた。プリントに貼られた小さなメモにその日の出来事を面白おかしく書いてくれるのが楽しみで、苦しい日も乗り越えられた。
えっちゃんと勉強会をしたり、夏は山に行ったり海に行ったり。えっちゃんとなら大丈夫だとお母さんは許可を出してくれていたから、彼女がいなかったら行けなかった場所はたくさんあっただろう。冬には私の家でお泊まり会をして......。えっちゃんの寝顔にどきどきしてたのは内緒。
目眩がするほど幸せな日々。こんな日が永遠に続けばいいのに、そう思っていた。
それなのに───。
「お前ら、別のクラスなのに仲良くしてて気持ち悪い。女同士でベタベタしやがって、お前ら付き合ってんのか?」
それは些細な、とある男子が放ったこの一言が切っ掛けだった。
彼がずっとえっちゃんのことが好きだったのは知っていたし、彼女の気を引きたいんだろうなということも分かっていた。......えっちゃん本人は私のことを好きなのだと勘違いしていたけれど。
それでも、その一言は私が大切に大切に育んでいた想いを否定されたようで辛かった。お前は親友になんて気持ちを向けているんだと言われているようで何も言い返せなかった。怖かった。
「おててつないで学校に来るの、お前らくらいなんだからな!」
だから。
「あんたには関係ないでしょう!優ちゃんと私は仲良しなんだから、男子は口を出さないでよね!」
いつもは嬉しいはずのえっちゃんのこの言葉が、その時は友達と恋愛の境界線のように感じられてしまったの。
****
その日の帰り道。私は思わず、えっちゃんに聞いてしまった。
「ねえ、私のことどう思ってる?」
いつも以上に弱々しい声になってしまっていた気がする。緊張と不安から、繋いだ手にも力が入らなかった。自分で聞いたくせに、と思うけれどこればかりはしょうがない。私は無言でえっちゃんの答えを待った。
「私は、優ちゃんのことを大事に思ってるよ」
返ってきた答えは、彼女らしい優しいものだった。でも、握る手に力を込めてはいるけれど、その表情はとても悲しげで。その顔で分かってしまった。曖昧だった二人の関係に私が答えを出してしまったのだ。こうなると、もう止まらなかった。
「私のこと、好き…?愛してる…?」
今にも泣きそうなのを堪え、震える声で問う。
えっちゃんの肩がびくりと震えたのが見えた。
「.........」
えっちゃんは何も言わずにただ辛そうな顔で地面を見つめている。考えてくれているんだろうけれど、どんどんその顔は歪んでいく。
違う、違うの。えっちゃんにこんな顔をさせたかったんじゃない。私は陽だまりのような貴女の笑顔が好きなんだよ。
えっちゃんは下を向いたまま、やっと蚊の鳴くような声で言った。
「わからない…。わからないよ、優ちゃん…」
今にも泣きそうな声。
ごめんね、えっちゃん。貴女のことを困らせたね。叶わない恋なのは分かっていたはずなのに、私の我儘にえっちゃんを巻き込んじゃった。
すぐにこの気持ちに整理がつく訳では無いけれど......。
「じゃあまた明日ね!」
にこりと笑ってえっちゃんを見る。この恋をまだ思い出にはできないけれど。せめて今日のことはなかったことにしよう。いっときの気の迷い、友達同士の冗談。そういうことにしよう。
そんな気持ちで彼女に笑いかけた。
「あ、うん…。優ちゃん、また明日…」
背中越しに聞こえたえっちゃんの声はずっと耳に残っていた。
****
数年後、私は大学のサークル仲間だった男性と結婚した。とても優しい人で、私のことを本当に愛してくれている。えっちゃんと大学が別で不安だったときに声を掛けてくれたのも彼だった。
結婚式には、えっちゃんも呼んだ。大人っぽくなっていて、綺麗にお化粧もしていたから立ち姿は何だか別人のようだった。一緒に来たのは彼氏さんらしい。
「優ちゃんのこと、よろしくお願いしますね!」
あの時と変わらない、陽だまりのような笑顔を浮かべて、えっちゃんは私の隣にいる彼に言う。良かった、えっちゃんも彼氏さんと幸せそうだ。
どうやら、私の恋愛対象は女性という訳ではなかったようだ。えっちゃんに失恋して以来女性に惹かれたことはなかったから、本来は男性が
恋愛対象だったのだろうと思う。
だけれど、あの日あの時の。
幸せで、苦しかった私の初恋は。
「愛していたよ、えっちゃん」
いつまで経っても、この砂糖菓子のように、甘くきらきらと私の心に残っていくのでしょう。
ありがとうございました!