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ふぁるでぃあにっき。  作者: コミヤマミサキ
8月 ~なつやすみ~
74/444

2-70 幕間 モノローグ

虐待的表現が出てきます

 小さい頃から母が好きではなかった。



 いつも母は”お姫様”みたいで、それはそれは美しい人だった。



 そして、常に人が周りに集まっている。

 特に男の人が多い。

 母を美しい美しいと褒めたたえたり、幸せでしょうと羨む人ばかりだ。

 自分も一緒になって、可愛い可愛いと褒められた。


 そんな自分を満足げに見る母。


 でも、その目は自分を見ているのではなく、母の従属物として、付属品として、アクセサリーとしての出来栄えが良くて満足していたのだと、今では分かる。

 当時はそんな事は分からなくて、ただ自分を見る母の目が好きになれなかった。



 父はそのころ殆ど家にいなかった。

 後で知ったところによると、国家的事業で丁度大学から引き抜かれたところで、朝も夜も登庁して大忙しだったらしい。


 それが良かったのか悪かったのか。



 母は浮気をした。


 いや、きっと浮気とも思っていない。

 母にとって寂しい時に自分の側にいてくれる男性も、また母の所有物であり付属物でありアクセサリーに他ならない。

 そして、夫もまた母の所有物であるからには、母のすべてを受け入れるべきと思っていたらしい。


 母は自分を置いて家を出て行って、暫く帰らなかった。自分が空腹に耐えかねて部屋を出て倒れているところを、同じマンションの住人の人が見つけてくれて発覚したらしい。



 自分を迎えにきてくれた父は泣いていた。

 とても泣いていて、なんてかわいそうな人なんだろうと思って。


 頭を撫でてあげたら、自分に抱き着いて大人なのにわんわん泣き出したのを覚えている。


 そして、落ち着いてから、とても怒った。

 母が母自身の事ばかりにかまけて、ただの浮気ではなくネグレクトであったことに気づいたからだ。


 自分が良い服や良い髪型をしていたとしても、体はやせ細り、服の見えない部分に抓った後や、ぶった後がある事に父が気づいたから。


 とても怒って、難しい手続きを沢山して離婚したらしい。

 自分にそういう面は殆ど見せず、ばぁちゃんの所に預けられたからよく覚えていない。


 後に聞いた話によると、物凄く裁判では争ったららしいが、ネグレクトの診断書と、ばぁちゃんとじいちゃんの養育実績が決定打になり、離婚と親権の獲得がスムーズにいったらしい。


「何で慰謝料もないのかしら?」と母は言っていたらしいが、その話を後でばぁちゃんに聞いて笑ってしまった。母は自分がしたことを何ひとつ悪い事だと思っていない様子だし、慰謝料の意味すら分かっていないのだろう。

 この分だと何故離婚したのかも、きっと分かっていないに違いないと思う。



 それから父は週一回は帰ってきた。

 とても忙しいと聞いていたけれど、家で死んだように寝てたとしても週に1回は必ず新幹線で帰ってきてくれた。

 そして、自分を見て嬉しそうに笑う。


 母が自分を見る目、そして母の取り巻きが自分を見る目が嫌いだったので、自分は人に見られることが嫌いなんだと思っていた。



 だけど、父が自分を見る目は、いつもとても幸せそうで。

 何故か涙が出た。

 こんなに毎週大変そうで、無理して会いに来ていると分かるのに、何が彼をこんなに幸せにしてるのだろうか。


 そして気付いた。ばぁちゃんの優しい目。じぃちゃんの怖い顔なのに優しい眼差し。



 人は、目で気持ちを語る生き物だと気づいた。


 それから、人の目をよく見る様になった。

 そうすると分かる事がある。


 優しい言葉を紡ぎ、目が優しい人がいる。

 同じ言葉を言っていても、目が笑っていない人は怖い。

 同じ言葉を言っていても、母と同じ様な目をしている人は自分の損得を考えている。

 優しい言葉を紡がない人でも、目が優しい人がいる。



 世界が変わった。



 どんなに優しい言葉を紡いだとしても、怖い人が世界には沢山いて。

 沢山泣いた。

 でも、優しい人たちは自分が思っている以上にどこまでも優しくて―――。



 ばぁちゃんは『美味しいご飯』を教えてくれた。

 インスタントや、菓子パン。レストランでの食事や、流行の物。そういったものしか食べた事のない自分にとって、ばぁちゃんのご飯は新鮮だった。炊き立ての白米にお味噌汁、お漬物。そういったものが美味しいなんて知らなかった。そして、口は悪いけれど、いつもニコニコして優しそうに、いつだって自分を信じて見守ってくれている。


 じぃちゃんは、無口だった。家でもほとんど、ばぁちゃんがしゃべっている。でも、小さい頃、自分が泣いてしまった時、やはり殆どじぃちゃんは話さなかったけれど自分を膝の上にのせて色々と作ってくれた。


 竹とんぼ、将棋の駒、籠、草鞋。

 黙々と黙って、ただ何かを作る。


 そして自分にくれた。

 そのじぃちゃんの手が不思議で不思議で。

 いつも見ていた。

 それだけで楽しくて、泣くことは無くなっていった。


 じぃちゃんは2年前にやはり何も言わずに肺炎で亡くなった。

 じぃちゃんの数少ない遺品から、自分宛ての箱が出てきた。出てきたのは、じぃちゃんが良く細工に使っていた小型のナイフとよく似た、新品のナイフ。最後くらいは何か言ってよと、笑いと涙がこぼれた。今もそのナイフはあまり出番はないけれど宝物だ。



 そして―――


 そして父。


 父はある時仕事を辞めた。

 誰にも迷惑をかけないようにやるだけやって、目途がついたらやめてきたらしい。

 多分円満な辞め方をしていない。


 家に何度もスーツの男性が来て、何度も難しい話をしていたが父は頑として折れなかった。


 ただ、スーツの人たちが来なくなって、父は家で仕事をしていたように思う。

 パソコンを何台も部屋に置き、自分が学校に行っている間や夜になるべくしていた様に思う。


 そのうち再び働きに出る様になって、それでもなるべく家にいてくれた。

 2週間家を空けたかと思ったら、2週間家にいるとかそんな変な働き方だったけれども。


 それでも、毎日楽しかった。

 父は自分の周りの人間の中でも特に変わっていて、それでいて子どもだからと言って自分に嘘をつかなかった。

 いつでも真っすぐ自分にぶつかってきて、時にお菓子が欲しいと駄々をこね、ばぁちゃんを怒らせる。自分のお菓子をあげる、といったそんな具合。どちらが大人か子どもか分かりはしない。


 だけれども。

 自分はとびきり、父の事が好きだった。

 自分を好きだと言って笑い、悲しい事があると一緒に泣いてくれる。そんな父が一番好きだったのだけれども。



「父さんは、家を出なきゃならなくなった。」



 それだけ言って、じいちゃんみたいに何も言わず。能面みたいな表情で出て行った父。

 3年前の、あの日の父は、()()()()()()()()で―――



「お母さん、澤田さんが気に入っちゃった。だから、しばらくあちらで暮らしてくるわね。」

 と、そう言って何事もなくお洒落をして、家を出て行った母がなぜだか思い起こさされた。

 自分本位だけれど、純粋だった母は、嘘をついたことはなかったのに。





 父が居なくなったことが。


 怖くて、ショックで。


 当時は今より自分はずっと子どもで、暫くおかしかったと思う。

 ばぁちゃんとじぃちゃんと内田にとても心配されたのだけはよく覚えている。






 あれから3年経って、じぃちゃんも亡くなって。

 高校にも無事入学して。



 ――――今でも、何故(アイツ)が出て行ったのか、何の嘘をついたのか。

 いまだに分からないままなのだ。




あけましておめでとうございます。

去年から見てくださった方も、今年初めてお目にかかった方も拙作にお付き合いいただきありがとうございます。

今年一年の皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

なかなかに寒いので、ご自愛くださいませ。


2019.1.1 コミヤマミサキ

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