2-56 宵藍の散歩 3
ただでさえ凶暴な赤トカゲが、オレンジのオーラを纏い凶化状態になると、凶悪さが半端じゃない。
口の端からよだれをたらし、目は血走り、歯を食いしばってギリギリとする音が今にも聞こえてきそうな感じだ。
心なしか体格までデカくなってる気がしないでもないが、さすがにそれは気のせいだろう。もっとも攻撃力は上がってるとは思うが。
そして、これはあれだろう。
「自分を食べてもおいしくないですよ。」
「ひどい。」
つい正直な感想が漏れてしまい、間接的に小人食を斡旋してまった。
しかし・・・、そのうちもっと大物を相手にする場合、恐怖耐性とかないと駄目なんだろうか?
・・・あれ?自分よく考えたら精神苦痛耐性あるけど、それは関係ないのかな?
恐怖とはまた違うか・・・?ピカ神様の時は上がったんだけどよく分からないな?それともそれを上回る恐怖なのだろうか?いや、どう見てもピカ神の方が圧倒的に怖かったよね?
・・・恐怖の種類は何となく違う気もしますが。
まぁ、とにかく今は我慢できないこともないので、恐怖を押し殺し高火力をぶつけることにする。
やはり視覚的に4メートルもの巨体のトカゲが自分を食い殺そうと歯を立ててくる様は、精神的にクルものがある。
怖いものを見た!などと言うよりも、単純に原始的な恐怖だ。
自分よりも強いものに捕食される恐怖。
それとも、レベルが上がったらこの恐怖感はなくなるのだろうか?
・・・いや、ダメだな。ゲーム的にもっと強い敵が出てくるだけであるから、やはり恐怖耐性は要るだろう。
当たればきっと死ぬだろうから、回避だけ優先にして、火力を出すことに集中する。
すなわち、自分ならば敵の弱そうな部位、首や脚、や腹など皮の薄そうなところや機構的に弱い所を集中的に狙って攻撃を入れる。
ティラ君もきっと同じで、先ほどよりも手数が増えている様な気がする。恐ろしい小人である。
しかし、凶化した赤トカゲは想像以上に恐ろしい生き物だった。
咆哮の予備動作が物凄く速い!
敵視を持っていた自分に代わって、慌ててティラ君がスタンを突っ込んだのだろう。だが凶化した皮膚が、ガキンと淡く光るナイフ?を弾くのを絶望的な目で見てしまう。
―――グガァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!
赤トカゲの咆哮が発動!
肌にビリビリとした感触と、数秒の行動不能。
・・・ここで敵の大技がきたら防げない!!
ランダムターゲットか、スタン技で敵視を取ったんだろう。
そのまま凄い勢いでティラ君に突進するトカゲ。
ティラ君の小さい体が、ぽーーんと毬の様に大きく飛ばされるのだけが見えた。
PTリストを慌てて確認すると、軽い気絶マークがついているものの、ティラ君のHPは半分弱しか削れていない。
半分で済んだのか。あんな小さいのに、ティラ君凄いな。
案外自分よりも頑丈なのかもしれない。それとも小柄でよく飛んだからダメージが相殺されたのだろうか?
遠くに飛んでしまったティラ君には興味を失ったのか、ダメージを与えて敵視が蒸発したのか、こちらに狙いを定めてくるトカゲ。
幸い、咆哮による行動不能は既に解除されている。
しかし、ティラ君抜きで、残り3%ちょい、削れるかというと、あの硬さだと自信がない。
が、やるしかないでしょ!と心を切り替える。
影纏を使うしかないが、どこらへんで使うのかが一番の問題だ。
咆哮が次きたら死ぬ気しかしない。
自分たちも咆哮をあえて食らって一時耐性をつけていたら、後半5%が楽だったのではないか?という気がしないでもなかったが、その技はヒーラーがいる様な普通のPTが採るべき戦法である。どちらにしても、自分たちの火力と力不足だっただけにすぎない。
とりあえず、スワップする相手もいないし全力で切り刻もう。
恐怖を押し殺し、さらに早くなった通常攻撃を避けながら確実にダメージを積み重ねる。防護力が上がってるから先ほどよりもダメージの通りが悪いが、それでも入る事は入る。
急いで急いで急いで。
心臓が痛い。
影族に心臓はないだろうけれど、多分VITが足りなくなってきている。
酸欠とかそういう感じに近い。
月がとても気になる。
PNTが足りなくなりつつあるのかもしれない。どうしても月の方に意識が向かいがちになる。
恐怖よりも、焦りの方が不味いかもしれない。意識してじっと心をとどめる様にする。
ただ斬る事だけに集中すると、だんだん全てが澄んでくるのが分かる。
夏休みの宿題を始末している時の様な、そんな作業をしている気持ちになってくる。
恐怖も焦りもすべて置いて、やるべき事だけが見えてくる。
HPを1%近くまで削ってそろそろ影纏を使おうと思ったその時、再び赤トカゲの咆哮の予備動作が入る。
そのまま流れる様にと影の胸を下から突き上げるが、
ガキンッ
と音がして、剣が弾かれる。
これは、防護力が上がったのではなくて、咆哮時が無敵状態になってるのか!?
―――グガァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!
再び咆哮が発動してしまう。
先ほどよりデバフの入りは弱かったものの、こちらの動きを止められる。また次の突進が来た場合、避けも受けもできない自分は死ぬかもしれない。
しまったな。
完全に影纏の使うタイミングが一歩遅れてしまった。
あの状態に戻る事に精神的忌避感があるのかもしれない。
無意識に避けようとするのだろう。
そんな事を考えたが、赤トカゲのチャージが来ない。
むしろ戸惑ったかの様に、後ろを気にしている。
ん?なんかいる?
そして、自分の気配察知にも、新たな気配が引っかかる。
しかも物凄く速いんだけど、・・・あれ?この気配?もしかして。
「キューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
可愛いのに皮膚をビリビリさせる叫び。
これは、兎君の咆哮?
えっ!????えっ!??????
「キュ!」
あまりの事に赤トカゲと一緒にぽかーんと固まってしまった自分であったが、兎君の声に促されハッ!っと我に返る。
赤トカゲのHPは残り1%ちょっと。
固まってる今なら多分やれる。
影移動で重力の影響を減らしジャンプの高度と速度を稼ぐ。
目標高度に達したら影移動を切り、シュライブングの剣に影纏と、影硬質化を乗せる。
赤トカゲの首の皮に剣が接触した時、明らかに前回の紅甲冑と感触が違う。
物凄く硬い肉を切っている様な感覚である。
いや、これが普通だろう。
やはりあれはゴーストタイプだったから、あんな事になったんだろう。
切れ味は前回よりも格段に悪くはなったが、PNTの消耗も当然少ない。
これならきっとやれる!
「いっけぇええええええええええ!!!!」
ギリギリギリと赤トカゲの首に剣を押し込んで押し込んで押し込んで・・・
ふと気づいたら、赤トカゲの巨体がゆっくり倒れるところだった。
―――ズズーン。
自分が斬りつけた方向に、呆気なく倒れる赤トカゲ。
あまりの抵抗のなさに慌てる。
そして、自分も飛んでいるので逃げ場がない。首に剣をはさんだまま一緒に倒れる。
力も技も足りなくて、首を刎ねられなかったけど、肉を漸く4分の1くらい切断できたのか・・・な?
そこらあたりで赤トカゲのHPが無くなったのだろう。
なんとも中途半端さが残る。
剣を抜く方に難儀をしていると、徐々に巨体が消えていき、そのうち簡単に取れた。
漸く倒したという実感がわき、一息つける。
・・・しかし、それにしても。
そう、それにしてもだ。
プレイヤーとしては声を大にして言いたい。
兎君に美味しい所、全部持ってかれたーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
こんなに可愛いのに。
こんなモフモフなのに。
ううう。可愛い癒し系毛玉生物より弱いなんて、人類としては死にたい。
生物は見てくれじゃないんだ・・・。
あの赤トカゲより、きっと兎君の方が強いんや・・・。多分そう・・・。
兎君は人間じゃなくて兎だけど。
うううう・・・。
落ち込んだ自分を慰めようとしてくれているのか、それともただ単にやはり自分の後頭部が好きなのか。
兎君がぽーんと跳ねてきて、自分の頭にフワッと着地する。衝撃が少なく芸が細かいなぁ。
「キュッ!」
っと一鳴きし、鼻をクンクンさせている気配がする。
やはり、とても愛らしい。
そして、ふっさふさの毛並みが温かくて、だんだん色んな事がどうでもよくなってくる。
これは兎君の作戦勝ちなのだろうか?
ちなみに、気絶から回復してきたティラ君が、さっきからずっと「ずるい、ずるい。」と言いながら自分の腹を小突いています。
STRが低いのだろう。それとも手加減してるのだろうか?
全然痛くないが、なんなの!?
人をキルしようとした時は無表情だったのに、小突いている今は半泣きでこちらを見上げて・・・
・・・ああ。何となく分かってしまった。
兎君を頭に載せたいんですか。
「う~。」とか言って服も引っ張られてます。
「そんな目で見ても、兎君は勝手に自分の頭に納まるんです。兎君に頼んでみてはいかがですか?」
そう言ってやる。
兎君がいいなら全然かまわないけれど、無理強いさせる気はありませんよ?
もっとも、兎君の方が強いですが・・・。
ウッ・・・。
「キュ?」
空気を読んだ兎君が、ティラ君の頭にモスっと乗ってあげる。
途端に、ぱぁああああああと笑顔になる黒小人。
分かりやすく現金である。
そして兎君は兎にしては割とでかいので、小さいティラ君の頭が丁度2個あるような感じになって絵面がシュールだ。
あれだ、小さい2個串の団子みたいな。
「かわいい。」
口調の方は相変わらず平坦なままだが、ティラ君は犬みたいにグルグルその場を回りはじめる。
何故か兎君が「キュッ、キュ♪」と喜んでる。謎だ。
飽きずにじゃれ合う二人を横目で見ながら、ドロップを確認する。
ディラシスの皮
ディラシスの爪
ディラシスの爪
ディラシスのよだれ
ディラシスの破魔矢
何となくドロップが多めだ。二人だからだろうか。
よだれ汚い。誰得だとは思うが、錬金術とか薬とかに使いそう。
レアドロップ枠が矢なのだろう。トカゲが矢を落とすのも謎が深まる。
いや、そんな事を言いだすとそもそも魔物がアイテム落としたり宝箱にアイテムが入ってるのも全くもってどうかしているが。
ドロップを確認していることに気づいたのだろう。
「何だった?」
ティラ君がこちらを確認してくる。
・・・ティラとディラシスって似てません?
「レアドロップっぽいのは破魔矢ですね。」
ティラ君がショックを受けた顔をして、
「ずるい。ずるい。」
と再び自分の腹を小突きだす。
兎君も「キュッキュ♪」と喜んでいる。
え?楽しいの?
「ティラ君は何だったんですか?」
「・・・ディラシスの免罪符。という謎のアイテム。今の所、使用用途不明。」
なるほど、これから使うかもしれないアイテムの可能性もあるし、場合によってはただのゴミの可能性もあるやつか。
「博打ですか。まぁ矢は使わないので交換でいいですよ。」
自分には必要もないし売るだけになる。
使える人が使った方がいいだろう。
しかし、ティラ君は再びショックを受けた顔をする。なんなのか。
「おまえは、神か。」
え?そこまで?
「この矢、いまアポロディアで30万。」
たっか!
そんなにするのか!でもこれ消耗アイテムじゃない?ホント遠隔って大変なんだな。
破魔矢と言うからには聖属性がついた矢かな。
「・・・・。まぁ言っちゃったから、いいですよ。」
「おまえは、神か。」
「要らないなら売りに行きますが。」
速攻でトレード申請がくる。
システムであるのか。
盗難を防ぐためか、それとも詐欺を防ぐための機能かな。
ティラ君はしっかりしている。
そしてディラシスの免罪符と、毒消し薬が3個ついてきた。
意外とまともな感性の持ち主である。
「あまりに、悪い。おまけ。」
「悪いと思うのは、PKにも思っていただきたいのですが。」
「あれはロールプレイ。これは商売。」
「まぁ確かに。」
その辺は別腹なのか。
ディラシスの破魔矢を選んでOKボタンをおす。
トレードが成立する。
「ん、ありがと。」
「ありがとうございます。」
・・・ロールプレイは別物というその辺の感性は分かると言ったら分かるが、殺される方はたまったものではない。が、責任を理解している感じはして、そこには好感が持てるかな?
破魔矢についても金額も言わない方がティラ君には得なのに、わざわざ説明してくれる辺り好感が持てる。
ティラ君は商売と言ったが、この場合は信頼だろう。
「あと。」
ティラ君が手を差し出してくる。
「お前、いいやつ。ともだち、なって?」
「はっず!」
「うるさい!うるさい!」
ボスっ!ボスっ!とまた腹を小突かれる。
心なしかティラ君の顔が赤い。恥ずかしいのか。
今度は勢いがつきすぎて、自分が支えきれず後ろに倒れる。
「きゃー♪」
「キュー♪」
と言いながら二人でボスっっと一緒にワザと倒れてくる。
地味に痛かったが、今度は楽しそうに今度は自分の腹の上で兎君とじゃれ合いだす。
腹の上でモフモフ遊んでる二人を見ながら言う。
「・・・自分とフレンドになっても、次はレアドロ譲るとかないですよ?」
「嫌な言い方。それ、関係ない。」
ちょっと嫌そうな顔をする、ティラ君。
でもそういう人も一定数いるんですよね。
人を奴隷にしようとしていて、本人に自覚がないタイプ。
友達と言う名の名目で、自分のやりたいコンテンツに連れまわしたり、甘えるための要員を確保しようとする人。
自分は他人のそういうのに付き合う気は毛頭ない。
アクティスの周回に付き合っていた方が、まだマシである。
まぁ何もなくても、たまに付き合ってるけど。
それをティラ君も理解してるのだろう。
嫌な言い方とは言われたが、自分の言葉の内容に対しての苦情は言われない。
「そう、じゃない。」
むすーとした顔をしてはいるが。
「人を、尊重する。ティラ、好き。」
「尊重?」
何か特別な事はしていないと思うけれど?
「お礼、きちんと言う。兎君?扱い丁寧。」
「それは普通じゃないですかね?」
まぁ普通じゃない人もいるけどね。
「あと。」
嫌な事でも思い出したのだろう、真顔になる黒小人。
「暗殺者だからって、意地悪しない。」
ああ、・・・気に入らない人は徹底的に虐めよう、みたいな人もいるよねぇ。
確かにPK側が悪いんだけど、悪い相手には人権はなく何をしてもいい!みたいなタイプもいる。
自分もそういうのはちょっと苦手だなぁ。
まぁ反撃とか、塩対応とかはしますが、あえて相手を嵌めようとか徹底的に潰そうとかそこまではないかなぁ?
それを含めて、PKは殺伐感を楽しんでヒャッハーしてる人も多いのだけれども。
「PK向いてないんじゃないですか?」
首をかしげて聞いてみると、ガーンって言われる。
「ちがう!ちがう!PKじゃない!暗殺者!必要な殺ししかしない!」
「殺してるじゃないですか。」
「目撃者はころす!仕方ない!」
「殺したって、プレイヤーはリスポーンするのに。」
「まぁ確かに。」
しゅんと項垂れるティラ君。
「そして、失職した。悲しい。」
「野生の暗殺者・・・。」
いや、もはや暗殺者じゃなければ、野生のPK?野生のナイフ師?
「PKはきらい。仁義がない。」
仁義って、極道か。
「仁義があっても人をキルするのは、どうかと思いますが。」
まぁそれは人それぞれの感性というものだしね。
ティラ君にフレンド登録を飛ばす。
だいぶ絆されてしまったかもしれない。
この変てこりんな暗殺者(廃業中)に好感を覚えてしまうなんて。
こういう事は恥ずかしいから、迅速に進めるに限る。
こちらからも手を出し、握手を求める。
「言っときますが、次にキルしようとしたら速攻登録切りますからね?」
ぱああああと笑顔になる黒小人。
クソっ。時々無駄に可愛いんだよなこいつ。
「舎弟は、ころさない!身内!」
「誰が舎弟だ。」
フレンドを飛ばしたことを速攻で後悔したが、あっという間に承認された。
それで、結局そういう事になった。
誤字報告ありがとうございます。
新機能が高性能で吹きました。
【適当な雑知識】
精神的な恐怖(畏怖、ゴースト類のデバブなど、闇魔法など、狂気)は精神苦痛耐性。
肉体的なものに起因した恐怖(レベル差、威嚇)は恐怖耐性。
耐性・・・スキルを取得する耐性とは別に、同じボスなどの戦闘中、プレイヤーも同じ技を何度も食らうと一時的に短時間耐性がつく模様。ボスがスタン耐性などがつくのと同じ仕組みである。スキルの耐性は恒久的な耐性。




