2-38 ラタトゥイユ
柔らかな光が収まったかと思うと、そこは昼間の森だった。
「キュッ!」
兎君も居るので安心をする。
抱っこしたままだったが下に降りたいのか少し暴れるので、そっと降ろしてあげる。と、兎君はピョンピョンと跳ねていく。あたりの匂いを嗅ぎ、ここが安全かどうかを判断しているように見える。
実際自分の目で見ても、ここが森という事しか分からない。
とりあえず、気配察知にも何も引っかからず、あのクソ鳥がいたあたりとは全然別の場所という事はわかった。
そして、何より水の音がする。
滝や川みたいな音ではなく、ゆっくり流れる水が、岸とぶつかるような音。
ちゃぷちゃぷと軽い音を立てている。
海の波にしては音の間隔が小さいし、湖か何かだろうか?
「キュッ!」
少し遠くで兎君が鳴く。
何かを見つけたのだろう。
「どうしたの。」
呼ばれた方に見にいくと、そこは視界が開け、大きく湖畔が広がっていた。
これが水の音の正体だろう。
大きな湖なので、表面が風にあおられ、波が立っている。
そして、兎君が自分を呼んだ原因。
兎君の前には打ち捨てられた墓の様なものがあった。
『剣の縁がある場所にしか繋げられんが、許せよ。 』
そうセレネーツァ様は言ってた。
その墓は風化していて誰の物とか全然分からない状態になっていたけれど、自分には剣を前に使っていた人の墓の様に思えて。
墓の周りの雑草を抜いて、道具もないから簡単に掃除をして、その辺に咲いている花だけど供えることにした。
その間兎君はその辺の索敵をしてきたらしい。
暫く姿は見えなかった。
簡単な墓掃除が終わって時間を確認すると、そろそろログアウトの時間だった。
今日は・・・・
いや、今日も色々な事がありすぎたけど、ここまでだな。
ここがどこか分からないけれど、明日またやるしかない。
システムを見るとレティナさんやラフィーさんからメールが来ていたけれど、今はちゃんと返信する気持ちになれない。だけど、心配させるのは本意ではないので、「すみません、ちょっと立て込んでるので後で詳しく説明しますが、無事です。また連絡します。」とだけ、メールの内容を見ずに二人に送っておく。
その間に兎君が戻ってきてくれた。
「兎君、ごめんなさい。自分は今日はここで落ちなければなりません。また・・・そうですね、1日と6時間後くらいになると思いますがここに来ますので、また会えたら遊んでくださいね。」
と言って撫でさせてもらう。
今はこの温もりがとてもありがたい。
「キュ・・・。」
兎君はおとなしく頭を撫でさせてくれ、目を細めてる。
お利口な兎君にはきっと通じたと思う。
兎君には兎君の都合があるし、自分の予定を聞いて兎君なりに動くだろう。
「今日はありがとうございました。兎君がいなかったら死んでました。さようなら。」
そう言ってログアウトボタンを押す。
兎君は最後まで見送ってくれた。
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ログアウトをして、ギアを片付けて、そろそろ庭の水まきをしようと思うのだが、なかなかそんな気になれなくてベッドにダイブする。
ボスっ。
柔らかいベットが受け止めてくれる。
何でこんなにメンタルがヘタってるのか、自分で分かってる。
―――――『創造神の類縁』
きっと”アイツ”の事だろう。
アイツはゲームとかで特別扱いをする奴じゃないし、月神様も自分の事をただの人間って言ってたから、何でも無い筈なのだ。
だけど、心に重く楔を残した。
もう忘れた、忘れたいと思っているのに、こんなゲームですら”アイツ”と切れない何かが存在している。
そして何より、それにダメージを受けている自分が一番嫌だった。
・・・とはいえ、いつまでもここでダラダラして、ばーちゃんに外の仕事をやらしてしまうわけにもいかない。
何とか奮起して起き、下に降りる。
意外にもばーちゃんはまだ帰ってきてなかった。
時間は5時前だ。
午前中から行ってる病院はとっくに終わってるはずだから、きっとどこかで誰かと遊んでるのだろう。
正直、無理に元気を出さなくていいから、今は居ない方がありがたい。
重い体を引きずって、まだ暑い外に出て水をまく。
庭掃除もついでにする。
現金なもので、体を動かしていれば汗と共に少しずつ元の気分に戻っていく。
セミはアホみたいに鳴いているし、今日も空は相変わらず青く綺麗だ。
その間にばーちゃんが帰ってきたので、荷物を持ってあげる。
近所の家に明かりが増え、夕飯の匂いがいろんな所からしてくる。
いつもの風景。
いつもの匂い。
―――うん、自分は大丈夫。
そう思って家の中に入る。
だがしかし今日の夕飯は、いつものじゃなかった。
何故かラタトゥイユにフランスパンにカブのベーコン煮にピクルスやオリーブ、大根などの漬物。
イタリアン寄りなのは、病院の待合室のテレビでやっていて美味しそうだったかららしい。
でも、ばーちゃんは歯が悪いので、フランスパンはレンジでふかしていた。
無理してフランスパンじゃなくても、コメで良かったんじゃないかな?
トマトリゾット的な感じで。
その夜はばーちゃんと通知表の話をして、通知表を仏壇に供えたりして。風呂に入って、夜勉強をする。
夜、ひとりになるととても世界が静かで。
ファルディアで月神様に言われたことを思い出してしまう。
正直、何でこんなダメージを受けているのか自分でもよく分からない。
多分、悪意ある言葉とか揶揄いとかそう言うのだったら全然傷つかなかったと思う。
・・・いや、傷ついていたのか自分。
ただ、胸の中の真ん中に灰色のもやもやとしたものがあって、それが重くのしかかってくる。自分が、”アイツ”の息子だという事は純然たる事実で、決してなくなったりはしないのに、忘れようとしていたのに多分その事が忘れるな、と圧しかかってくる様で。
でも、振り回されるのも面白くないので、勉強に集中することにする。
モヤモヤを打ち払う様に一心に勉強していると、段々雑念が消えて研ぎ澄まされている感じになってくる。研ぎ澄まされた時間が心地よい。心が少し軽くなったし、大分勉強がはかどったかな?って思ったら、窓の外をよく見たら明るい。
・・・・・・あれ?
あれ?
時計を見ると6時過ぎだった。いつの間にか夜が明けていた。
普通に起きてもいい時間だなぁ。
窓の外で、小学生がラジオ体操に向かっているのが見える。
勉強した量を見ると、おおよそ日記などの類じゃないドリルの様なものは夏休みの宿題の半分近く終わっていた。
どれだけ集中してやったんだ、自分。
でもまぁ、大物が残っている。
読書感想文とか、そういったの。
自分で苦笑をして、庭の水撒きに向かうことにする。
まずは階下に降りてばーちゃんにおはようの挨拶をする。
「カヅキぃ、顔色わるくないかー?」
速攻でばーちゃんに言われる。
「うん・・・本読んだら面白くて、気づいたら朝だった。」
「あんれ。早速夏休みを満喫してんな~。」
適当な嘘を言っておいたら軽く笑われた。
ばーちゃんにかかると、何でも軽くなるから不思議だ。それにいつも救われる。
「でも、顔色少し悪ぃぞ。昼寝すっか?」
「う~ん・・・今寝ると昼夜逆転をしちゃうから、夕方まで頑張って今日は早く寝る。ダメそうならどっかで少し昼寝入れるよ。」
「無理すんなよー。」
「はぁい~。」
庭で水まきをするが、外が暑い。
徹夜明けには堪える暑さだ。
どうしよう、早速食欲がないんだけど・・・。
ばーちゃんにバレると寝かされるしなぁ。
「ばーちゃん!水やり終わった!なんか体鈍って食欲無いから、先に少し散歩してきていい?」
「あんれ?大丈夫け?」
「うん~多分?ダメそうなら途中で帰ってくる。」
体動かせば少し食べれるんじゃないかという計画。
でも、走ったりする気力はないから本当に散歩だ。
ついでに、お小遣いも持ってコンビニの方に行こうかね。
歩いて15分、往復30分で丁度いい感じじゃないかな。
コンビニまで行く道中はやはり少し過酷だった。
これが8時前と言うから恐ろしい。
既に30度越えている暑さに、少し意識が白んでいるのを感じる。
「貧血起こしかけてるなぁ。」
元々低血圧気味だし、気をつけてはいたんだけど、体調不良とかあるとまず貧血になりやすくなる分かりやすい体だ。
国道沿いのコンビニにやっとたどり着くと、店内がひんやりとして気持ちがいい。
やっぱ冷房はジャスティスだ。
コンビニでグミと鉄分補給できそうな飲み物を買ってちゅーちゅー飲んで帰り道を歩く。
それでも、やはり歩いて多少気分がよくなったのか爽やかな感じはする。
暑いけれど。
何処までも暑いけれど。
帰りはただ黙々と歩く。
若干選択肢間違えたかなぁと思いながら、黙々と歩いて家までたどり着いた。
15分きつかった!
「ただいまー。」
「ただいまー。」
気付くと、後ろに内田が増えてた。
あれ・・・!!???
「お前・・・いつの間にいたんだ?」
「うわっ・・・カヅキに挨拶もしたし、お前んち行ってもいい?って聞いたし、ずっと話しかけてたけど覚えてないの?」
「いや、全然覚えてない。さすがにそれは嘘だろ。」
「うん。」
「ばーか。」
と、ここでばーちゃんが出てくる。
「あんれ、ダイスケまた来たか!麦茶入れてやるから、はよ上がれ。」
笑いながら台所に引っ込むばーちゃん。
「挨拶したのは本当。気付かないし、なんかフラフラしてたから、途中から自転車に乗ってついてきた。」
まじか。
確かに内田の家の前も通ったしな・・・。その時だろう。
「わりぃ・・・。」
「カヅキにしては珍しいな。でも、せっかく来たからばーちゃんの飯くってこう。」
「おばさんの朝ごはんはいいの?」
「カーちゃんが朝ごはん作るわけないだろ!いつも俺、朝食わないもん。」
・・・それは、お前が悪いんじゃないだろうか。
ばーちゃんの朝ごはんはイタリアンをまだ引きずってて、フランスパンのオリーブオイル掛けと、ココットにいれた昨日のラタトゥイユに目玉焼きとチーズを落としてオーブンで焼いた奴、サラダにオニオンスープなど出てきた。
ちょっと今の自分には重いメニューなので、サラダだけいただき、残りは内田に回す。
こういう時に内田便利だな。
うっひょぉ~豪華~!とテンション爆上がりで内田は喜んでいる。
「カヅキ君~ちゃんと食べないから貧血起こすんじゃない?」
と、内田に言われる。
煩いなぁ、分かってるよ。食えないんだよ。食いたいけどさ。
ばーちゃんの手前言わないけどさ。
気まずそうにサラダをつついてたら、ばーちゃんに笑われた。
「これでもカヅキは頑張って食ってくれてるんだがなー、食が細いよなぁ。」
ばーちゃんにもバレてる様で気まずい。
はぁ、とため息が出る。
もう少し食べないと、背が増えないかなとも思うんだけど、無理に食べると毎回吐いて、より痩せたので諦めた。
それよりも3食なるべくきちんと取るように頑張っている。
くそぅ。
「カヅキは今日どうするの?ファルディア?」
「うーん。」
ログインしても体調不良で落とされやしないだろうか。と、一抹の不安がある。
「さっきより顔色が悪いからなぁ、寝なくてもいいから少し休んどきな。」
と、ばーちゃん。
「ダイスケはうちでログインするのか?」
「するする~今日もギア持ってきたし、家帰っても食い物ないからここん家の子になる~」
「おう、いっぱい食ってけよ!」
と笑ってるばーちゃん。
内田に「今日は昼間寝ないのか。」と聞いてみたら、「だって、昨日学校から帰ってきて限界までやったから夜寝たもん。」との返答。ぶれない姿勢だ。
ていうか、そのノリだとほぼ12時間近く学校から帰ってきたらやったんじゃないか?
ファルディアの1日のログイン限界は12時間だが、週トータルだと50時間だ。つまり、1日換算でいうと7時間ちょっと。毎日12時間やると4日でほぼ残り時間使い切る計算だ。1日のリセットは明け方の5時、週のリセットは水曜日にかかるらしいので、残り時間を全て使い切りに行ってる勢いだな。
ばあちゃんは今日は家にお客さんがいっぱい来るという事で、張り切って昼ご飯を作るという。
来るのは近所の人たちだろうから、ちょっとした事ならばーちゃんを手伝ってくれるだろうし、特に自分が出ていく必要もないだろう。
ばーちゃんには、とりあえず部屋で休んでると言って、自室に戻る。
内田はさっそく布団を敷き、ログイン準備を整えてる。
本人が言う様に、もはやうちの子になりつつある・・・。
冷房のモーター音がウィイイインと平常運転で鳴っている。
やはり寝てないから疲れているのだろう、内田が布団をしく様をベッドに横になってボーと眺めてる。
階下ではまだ9時位だというのに、近所のおばちゃんたちがもう来ていて、何か盛り上がっている。元気だなぁ・・・。
「カヅキ?」
ギアを接続してた内田がこちらを向いてる。
少しウトウトとしてたのだろう、内田の声でハッと意識が戻る。
「・・・ん?」
「珍しい。眠いの?」
「昨日・・・寝てなくて・・・」
「ああ、だから顔色が悪かったのか。寝たら?」
「ん。」
かしましい、おばさんたちの声。
賑やかな家。
内田の心配。
それらが何だか心地よい。
「内田。」
「なに?」
「夏休みの宿題・・・半分終わった・・・。」
「ちょっとぉおおおおおおお!!!!!!?????」
やっぱり、家は明るいほうが好きだな・・・。
「え!???そこで寝落ちするの!!!???カヅキさん!!!ねぇ!ちょっと!!」
内田のおかげで、心地よい闇に落ちていった・・・。
デレツンカヅキ




