2-2 キャラメイク2
結局まったりすることを選んだ。
別にトッププレイヤーを目指しているわけでもないし、このゲームは友達に誘われてやりはじめたけれど、それまで乗り気じゃなかったのだ。『ゲームは遊びじゃない!』と言う人達もいるけれど、それはその人のプレイスタイルでいいと思う。自分の場合は、ここでまったりするのも楽しいかな、とそう思っただけだ。
キャラクーメイクの謎の転生部屋よろしい謎の真っ白空間で、さらに白い椅子と白いテーブルで温かい紅茶をストレートでいただきながらお茶をしているゲーマーがかつて居ただろうか。いやない。
というか、VRMMOゲーム自体が世界で初めてなので無いはずだ。医療用とか軍用は分からないが。
あたたかな湯気を出す紅茶は、今まで現実で飲んだことのないくらい良い香りと爽やかな味がした。紅茶は渋みが苦手だったが、この紅茶は渋みが少なく、色も自分が知っている紅茶とは違い薄い色をしている。これも現実にあるものなのだろうか。物凄く味覚の再現度も高いことがうかがえる。
温かさにどこかホッとしたんだろう。余計な事も考えだしたので、今は種族について考えることにする。
半分見た現在、まとめると①人族 ②古代族 ③水棲族 ④人工遺物族 ⑤小人族 だった。このゲームに明確なジョブ縛りや役割分けがあるかは疑問だが攻撃職にしてDPSを出したい。メモ帳に順番に書いていくと、普通のメモ帳と遜色がなくてまた驚く。これは現実とVRの区別がつきにくくて大丈夫かなと思ってしまう。ただ、一つ違うのが万年筆みたいなペンなので少し書きづらい。書き慣れていないだけで紙は普通のメモ帳だった。
気を取り直し、自分が今のところ選ぶ種族は①人族もしくは④人工遺物族。大穴で③水棲族といったところか。③水棲族をあえて選び水の中をひっそり旅して廻るのも一つの楽しみ方ではアリだけど、友達とべったりじゃなくてもいいので時々は遊びたいので③水棲族は却下する。
普通に①人族もしくは④人工遺物族。何となく今のところは④人工遺物族の方に興味があるかな。でも、初めて見た種族だから浮かれているだけかもしれない、と心する。まだ、半分なので紅茶も飲み終わったし残りの種族も見ることにしようか。
6番目の影の前にくる。初めから少し気にはなっていたが、この6番目の影、そのまんま人型の影なのである。影がゲシュタルト崩壊を起こしそうだが、強いて言えば・・・そう、「かげおくりの絵本」に出てきそうな、そのまんまデフォルメの『影』なのだ。トイレの標識の青い奴や赤い奴でもいい。
さて、どんな姿が拝めるのか?
・・・ジワリ・・・と影が変化し・・・
・・・・・・・・・・・・・・影のままだった。全く変わらなかった。ぺラい。黒い影が自立しているところは違和感がマッハである。目を背けつつポップアップを見ると《影族》と書かれていた。そのままである。仲間同士の結束が強く、繁殖力の低さから仲間殺しが最大の禁忌であるという。好戦的・高圧的・直情的な性格傾向にあり、攻撃力が強いことから町の警備などについていることが多いのだという。優れた影族は影の厚み(存在力)が増し、人化の術を取得する者もいるとか。直情型で不器用なので盗賊には向かないらしい。これはまた色物種族が出てきた。とんでもない者に化けるか、とんでもなく使い勝手が悪そうか、どちらにしても癖がかなり強いだろう。仲間同士の結束が強いというのも意味深である。だが、攻撃力が強いというのはプレイスタイル的に魅力だった。メモ帳にチェックをしておく。
次に7番目の影の前に立つ。シルエット的に5番目の小人族を少し大きくして厳つくした感じなのでおそらく髭族だと思われる。ジワリ・・・と影が変化し・・・やはり髭族が現れる。今の自分より身長が低く、厳つく、無骨な金づちなどを装備している。自分をドワーフにするとこんな感じなのか。そのまま自分のリアルデータを使うわけではないが、あまりの似合わなさに目をそむけたくなる。前情報通りポップアップには基本的に穴倉や地中に住んでおり鍛冶が得意で前衛向きということ。王族など高貴な血を引いてるものは日光に弱い者もいるとのこと。器用値も高く戦闘面の使い勝手は良さそうだが、精神的なダメージが高そうな種族である。
決して身長が気に入らないわけではないが却下だ!却下!
8番目の影の前に来る。思いっきり影に獣耳がついてるし、獣族がまだ出てきていないから獣族だと思われる。影が変化し、やはり獣族で間違いなかった。自分スタンダードの獣族は髪が茶色になり柔らかそうな耳に黒い鼻。顔が少し獣っぽくなり・・・柴犬っぽい。なんか、柴犬っぽい。今まで柴犬に似ていると言われたことなどないが、獣族にノーマルカスタマイズされると何故柴犬属性が付くのだろうか。自分でカスタマイズしなおして柴犬感を消せばいいだけなのだが地味にダメージを負う。身長は少し高く、筋肉が付いた感じがする。柴犬っぽいけど。ポップアップを一応読むが、事前情報通り種族によってかなり違いがあるらしいので、進化で別種族になる際は注意をすることとかいてある。犬族に合う様に顔をカスタマイズしても種族が進化して変わったらアバターが思ったのと違う・・・!となる可能性もあるとのこと。今後追加されるかもしれないが現状アバター変更アイテムはないのでその辺のキャラ作成は頭を悩ましそうである。
獣族は普通に前衛職向きなのでこれもチェックしておく。
9番目の影はやたら小さい。手のひらサイズである。そして空を飛んでいる。まるでティン〇ーベルの様であるから、おそらく妖精の類だと思うが・・・。影が変化をすると何か葉っぱの服を着た白目の部分がない黒目だけの自分が空を飛んでいた。・・・・・・・非常にイラっとする。自分から見ても小さく、ハムスターの様な感じで可愛く仕上がっており燐光?を振りまいて飛んでますが、だからこそイラっとする。こういう属性求めてないから!
ポップアップすら見ずに次に行く。
10番目の影の前まで来た。とうとう最後だ。感慨深い。これも未知の種族で決定している。影は普通の大きさの人型にみえる。ジワリ・・・影が滲み現れたのは・・・なんだコレ?ガラス細工の人形?の様なものが現れた。雪像を透明にした感じだ。ポップアップを見ると《晶人》となっている。説明を読むに、どうやら岩石や鉱物を肉体として動いている生物ということらしい。どの石を選択するかでタイプがまるで変り、岩石などを選択したらパワー型の盾職向き、レアメタルや宝石などを選ぶと魔法職や生産職寄りになっていくのだという。一部攻撃職向けの石もあるらしい。まぁ黒曜石とか鉄鉱石とかなんだろうな。これはもしや抜き身の剣が意思を持っている魔剣ごっこができるのでは・・・?と思ったが、よく考えたら武器だった場合は人工遺物族の方かな。注意として結晶系は劈開があり、ダメージの入り方や性質、自分が攻撃した衝撃でも「割れる可能性があります」と書かれている。何それ怖い。割れて即死するということなんだろうか。癖があり、結晶系は上級者かマニアックプレイが好きな人以外は難しいので注意が必要だとのこと。なお、ダイヤモンドにも劈開はあります。と念押しされている。ダイヤは世界で一番硬いという理由で単純に大丈夫だろうとキャラを作りそうな一部プレイヤーへの配慮だろう。
これは・・・極めたら面白そうであるが、今から現実に戻って石ころ図鑑を引っ張り出したりインターネットで図鑑をみながら研究しないと自分のプレイスタイルに最適な石が分かるプレイヤーが殆ど居ないだろう。運営は本気で初期エリアの混雑を緩和させる気なのだろうか。キャラクターメイクのサーバーも別にしている場合、混むと落ちると思うのだが、そこは平気なのだろうか?VRMMOの仕様は不思議である。
何はともあれ、まだ残っていた椅子と机に戻ってゆっくり考えることにする。
・・・。
「紅茶のお代わりってもらえるんですか?」
声に出して、何処を見たらいいのかも分からないので文字に話しかけてみる。
【はい、可能です。】
さっきの空になったティーカップが消え、新しいティーカップとソーサーが現れる。
「ありがとうございます。」
聞いているかも伝わるかも分からないけどお礼を言ってみる。
ジワリ・・・以外にも文字が変化し、
【どういたしまして。】
何となく文字と話していて少しだけ気恥ずかしくなり、急いで椅子に座る。
紅茶を口に含むと、さっきとは違う味で驚く。
ほんのり甘味が増し、紅茶なんてそう飲まないからよくわからないけど・・・焼き芋っぽい?
いや、焼き芋の味がするわけではないが香りと甘さが何となく焼き芋を連想させるのだ。
さっきのも好きだが、これはこれで美味しかった。
紅茶って色んな味があるんだな・・・。
さて。
情報を整理すると10種族が出そろった。 ①人族 ②古代族 ③水棲族 ④人工遺物族 ⑤小人族 ⑥影族 ⑦髭族 ⑧獣族 ⑨なんか妖精っぽいの ⑩晶族 である。簡単にまとめると、
①人族・・・平均的な種族。リアル人類に近い
②古代族・・・エルフ。血が濃いほど魔法職寄り
③水棲族・・・痛覚が鈍い。盾職向け。両生類を選ばないとしばらくずっと水中
④人工遺物族・・・機械や人工物の付喪神のようなもの。
⑤小人族・・・大・小人と小・小人は別物。
⑥影族・・・ぺらい。攻撃職向け。器用値低い。変な制約があるかも。
⑦髭族・・・生産職、前衛職向け。ドワーフ的社交性が必須。
⑧獣族・・・前衛職向け。進化に注意。
⑨なんか妖精っぽいの・・・知らん
⑩晶族・・・石の選択によって幅が広い。上級者向け。下手すると積みそう。
といったところか。攻撃職で火力を出したい自分としては、①、④、⑥、⑧、⑩、次点で③だろうが・・・この時点でまだ半分なのか。扱いやすさのイメージは①人族>⑧獣族>>⑥影族>④人工遺物族=⑩晶族といったところか。興味があるのは④人工遺物族=⑩晶族>⑥影族>⑧獣族=①人族といったところか。
大穴で④人工遺物族か⑩晶族でいくか、それとも最も無難に①人族かもしくは⑧獣族でいくか。
人工遺物族も心惹かれるが、ファンタジーの世界に来て機械なのはどうかなあって思う気持ちもある。だけど、「隠された太古の文明が~」ってなると途端に胸が熱くなる不思議ではあるんだよな。伝説の剣プレイも面白そうではあるけど、スタート地点が万が一人が滅多に来ないところだったら悲惨だし、友達が拾ってくれたらいいけど、気に食わない奴に拾われたら目も当てられない。魔法遺物はよくわからないしなぁ。ホムンクルスみたいなものでいいのか?ホムンクルスっていうと途端に邪悪な感じがするが、それならいっそのこと普通の人族でもいい気がする。謎の力と引き換えに、人として大事な何かが失われてそうで怖い。
同じような感じで晶族も悩む。石の選択が最適にできる気がしないからだ。盾職は簡単なんだろうな。強固な岩盤系を選べばいいのだ。結晶系が途端難しい。もしかしたら選択肢がでてくるかもしれないが・・・
「質問だが、晶族の石の選択肢は盾職や魔法職といった職ごとに提示されるんだろうか?」
駄目もとで文字に質問してみる。
ジワリ・・・と文字が変化し
【YESでもあり、NOでもあります。盾職用の石と魔法職用の石、生産職用の石の提示は可能です。】
【劈開という性質がある以上その他の職業向けの提示はありません。が、個人で石の性質を理解してカスタマイズは可能です。】
という回答。攻撃職にも使えるだろうが、公式では推していない使い方と言ったとこか・・・。本当に上級者向けの仕様である。
色々考えていたら段々疲れてきた。
椅子に深く腰をかけ、空(上の方)を見る。
何処までも真っ白だけど・・・。
もう何でもいいんじゃないかなぁという気もする。どの種族を選んでもそれなりに楽しいだろうし、それなりに制約はあるだろう。
『人生は浪漫だよ。』
過去の声が再び聞こえてくる。
うるさいなぁ。浪漫ってなんだよ。浪漫じゃ飯は食えないよ。
大体なんでこんな面倒くさい仕様にしたんだよ。
『選択肢が多いことは良いことだよ。』
『色んな人がいることが世界を良くするんだよ。』
『多様が世界の進化を促し、成長させるんだよ。』
だからって、種族多すぎ。
バカじゃないの。どこまで本気出すの。
『カヅキは、将来何になりたいの?』
自分は・・・
「影族かなぁ?」
ホントはちょっとカッコイイと思ったんだ。
真っ黒なんて厨二病みたいで考えない様にしていたけれど。リスクもデメリットも隠されている気がする。
・・・でも、それを置いても、自分のコンプレックスである顔も身長も隠され、ただの影という『新しい自分』になれる。ちょっと心惹かれたんだ。
【種族が影族に選択されました。影族のキャラクターメイクを開始します。】
と、文字が変わっていることに今更気づき慌てる。
「え!?ちょっと待って。今のナシ!ただの回想?いや、ともかく選択したんじゃなくて・・・!」
考え事をしてて、つい口をついてしまったというか!
影族以外の影がパリーンという音と共に割れ、螺旋を描きながら白い空間の頭上に舞っていく。どうやら遅かったらしい。グルグルと廻って巻き上げられて消えていくガラスの破片の様な元影たちが場違いに綺麗で、不覚にも見えなくなるまで見送ってしまう。
消えた可能性。
消えてしまった選択肢。
手からこぼれたのに、その壊れた姿はとてもきれいで、何故かすっきりとした心持だった。
文字に目を戻すと
【プレイヤーネームを決定してください。】
と出ている。
いや、普通プレイヤーネームが先じゃない?もしくは一番最後では?と思いながらも多分種族選択の所で詰まる人が多いのだろう。ここからがこの世界の入り口だとでも言うのだろうか。面白い。
いつも使ってるHNは通るだろうか?
「アルファベット半角で Saku で」
【確認します。】
【重複は確認されませんでした。】
【プレイヤーネーム: Saku で登録しました。】
「やったね!」
いつも使ってる「Saku」は短いからよく重複するのだ。前のゲームでもサクさんがワールド全体で37人いたし。大体が日本語だったり漢字だったり姓が違ったり記号がついていたり装備もアバターも違って混乱しないのだが、悪ふざけで一時的な『サク』ギルドを結成し、PVPランキング個人戦で10位中7人を『サク』で埋めてやったのは、いい思い出である。
ちなみにギルド名は「サクとサクたち」である。胡乱。
【それではSakuの影人の体を作成してください。】
でもさ、思ったんだけど。
・・・影人ってアバターなくない?
自分はVRMMOとかの数値が苦手だという事を思い知りました・・・(グフッ