二段 まほうのせかい
この作品はここで打ち切りです。
「犬と見ゆ!知らない世界は門の向こう」として新しく描き直しますのでそちらをご覧ください。
中途半端なところで終わってしまい申し訳ありません。
目の前にびしょ濡れの美少女がいる。
目が離せなくなった。タオルと着替えを渡そうと思うのに体が動かない。ナツゼミの音がうるさく感じるほどあたりに響き渡る。
少しずつその音が大きくなって……。
「うるさーい!!」
「おーやっとおきたねー。おはよー!さあ!今日は山に行きますよー!」
「ちょっとまて!なんでお前がいるだよ!」
なんで朝からタマが我が家に…というか俺の部屋に上がり込んでいるのか……。
「わたしの家はあんたの家の裏だからね〜。いちいち玄関通るより部屋から部屋に移る方が楽なんだよ〜。」
「せめて玄関から入ってくれ……」
そう言いながら布団を被りなおす。
「ちょっと!何寝ようとしてんのよ!台所借りて朝ごはんも作ってあげたんだから早く起きなさいよ!今日は山菜を採りに行くわよ!」
「今日はもう疲れたので寝たいです。というかなんで勝手に台所まで使ってんだよ……」
なおも騒ぎ立てるタマを無視して眠りにはいる。朝からなんなんだよ……。せっかく人がいい夢を見てたっていうのに……。
「……ナツゼミくん、やっておやり」
タマの声とともに耳元で突然けたたましくセミが鳴き声をあげる。
「うわ!うるせぇ!なんだこれ!」
「やっとおきたわね。さすがナツゼミくん。」
目を開けばタマは満足そうにこちらを見下ろしていた。その手には夏になると現れる『ナツゼミ』が入った竹の筒。
「……まだ春なんですけど。」
「知らないわよ。そこにいたのよ」
ナツゼミはセミの中でも随一の音量を誇るまさに騒音の化身。その暴力的な騒がしさから彼らが集まれば獅子すらも逃げ出すと言われている。もちろん一匹でも相当にうるさい。
「部屋の外の柱に止まってたから捕まえて部屋に招いてあげたのよ」
「勝手に人の部屋にあげるな!外に逃がしてこい!」
嫌だとごねるタマから無理やりセミを解放する。この騒ぎで目がすっかり冷めてしまった。
「はぁ……いい夢を見てたのになぁ……」
「なによ?まさか私が出てきちゃったりしたのかしら?」
その言葉にびしょ濡れ姿の彼女の姿を思い出してしまった。
「で、ででっ…………///」
「え……まさかあんた昨日のアレを……」
「あ、うっ、えっと……」
タマが顔を赤くして下を向く。
一瞬の後、肩を震わしながら顔を上げ涙の浮かんだ真っ赤な顔で睨みつけてきた。
「へんたい!えっち!ばか!!」
タマの用意してくれた朝食を食べ、身支度を済ませると家を出る。
すっかり、むくれてしまったタマ。
玄関から出てきた俺を見るとなにも言わずに山に向かって一人歩きだした。
「タマ様!ほんとまじですいませんでしたあ!」
「うるさい!へんたい!えっち!ばか!」
往来の真ん中で大声で叫ぶタマとあやまる俺。周りの視線がとっても気になる。というか勝手に人の寝てる部屋に入り込む方が変態だろ、とかなんとか考えながら町の西側にそびえる山に向けて歩みを進めた。
俺たちの住む町、タイシンは東西を湖と山に挟まれており、西側にはイエイ山、東にはティバ湖が広がる。
イエイ山を越えるとそこにはこの国の全てがそこに集中し国中の人々の憧れとなっている都がある。
一方、ティバ湖を越えるとそこには都の影響はあまり受けていない独特の文化を持つ都市の数々が多く存在する。
ティバ湖は国で最も大きな湖であるからというだけでなく、そういった東方の地方物流の中心としても水運が発達しているのだ。そして、整えられた水運と都に近いという立地条件からタイシンの港は特に交易が盛んに行われ、その恩恵を受けて町も非常に活気に満ちている。
未開の地も多いため西に比べると発達が遅れている東側経済圏ではあるが、それでもその中心であるこの町にはそれなりに金、情報、資材、客などが集まる。
そのためタイシンの住人の多くは宿屋か商人、技術職のいずれかの職についており、一次産業を生業とするものは少ない。
特に技術職の人々はの集まるタイシンに集まるため、この町には名工と呼ばれる技術者が多く住んでいる。その名の売れた技術者のうちの一人に俺の親父がいる。親父は町に工房を構える傍、自ら諸国をめぐり最新の知識を得、その知識と確かな技術で名工の一人と呼ばれているのだ。
親父の知識。
これは普通の人のそれとは少し違う。
俺たちには当たり前のこととしてある考えがある。それは『この世界は魔法を基礎として成立している』という考え方。
魔法とは体内の力によって火、水、土、金属、空気など様々な要素を組み合わせ世界に干渉、望んだ反応を導き出すことである。
単純な魔法の発動にはヒトの体内にある力で充分。だからこそヒトは魔法を攻略し繁栄を手に入れることができたとされている。
だが、親父は魔法の他にも異なる自然法則があると考えているのだ。そしてそれを自らの作品に反映しようとしている。
実際、魔法を勉強してみると親父が魔法以外の何かを頼りたくなる気持ちもわかる。
魔法の使用において、ある程度までなら人力で充分なのだが、一定以上の効果を求める際にはそれに応じた量の魔法石と呼ばれる鉱石の使用が必要である。
魔法石は高価でありまたかなりの重さもあるため、簡単に使用することはできない。
当然、多くの石を必要とするような魔法は使えず、それが今の世界と魔法学の停滞にも繋がっている。
魔法石からの力の徴収の効率化など様々な取り組みはなされているものの、それでも大きな魔法には莫大な量の石が必要であるのが現状である。
ちなみに一般に知られている魔法で最新のものは魔法自動車、世間では「魔法車」と呼ばれるものである。
通常は馬や牛に引かせる荷台を複雑な魔法の多重がけを施した車で引くというものだ。
ただ、これも多量の石を用いるため重量と運用費用がシャレにならず、さらには速度も人が歩くより遅いというひどい物であったため研究は凍結されていた。
ロマンはある。だが現実では行き詰まっていた。
状況を打開する「神の一手」。
まさにそれが今必要とされていた。