第六話 新たな仲間
人の住まない森の奥。そこは危険な猛獣や猛禽、それらを捕食する植物が生息するといわれる魔の森である。
だが、そんな森の中に古ぼけた一軒の館が建っていることは、この世界でも一部のものしか知らない隠れた事実であった。
「ふむ。異世界で交渉役、ですか……」
古ぼけた館の主人、アルマは宙を見上げて呟いた。
……興味深い事象ですね。
アルマの脳内には異世界の知識が既にあった。召喚者の声が聞こえ、それに応えた時点で異界の知識は共有されるからだ。同時に、召喚者のことや呼び出される理由なども共有されている。
もっとも、召喚に応じず拒否した時点で記憶からその知識は消されてしまう。それは世界からの修正だ。本来知りえない知識、情報は世界によって自動的に消されてしまう。だが、召喚術は世界を隔て、その理すら歪めて異界の者を召喚することができる。ある種の加護といっても過言ではないだろう。
しかしその加護を受けることができるのは、召喚者に召喚された者だけ。拒否し、つながりが断たれた時点で加護もまた消えるのだ。
……ですが召喚に応じれば、たとえ召喚が切れても知識や経験は失われない。なるほど中々面白く、そして魅力的なお誘いですね。
きっと多くの人物は異世界での知識や経験を求めて召喚に応じるのだろう。それは異世界への興味であったり、自己の鍛錬や知識への欲求であったり、あるいはそれ以外の何かであったりと、人それぞれであろうが。
いずれにせよ言えることは一つだ。
……読み飽きた本ばかりのこの世界より、よほど魅力的ですね。
クスリと微笑んで、アルマは読み込みすぎて文字が擦り切れた本を軽く撫でた。
「いいでしょう。どうせ世捨て人のように日々を過ごすだけの毎日です。交渉役、引き受けようじゃないですか。……ねえ、アポロニア?」
にゃあ、とアルマの足元で船をこいでいた愛猫、アポロニアが一声鳴いた。
X X
『来た……』
睦月の言葉と同時。紫色の魔方陣が睦月を抱えたルクスの目の前に現れた。
「こ、これはやはり召喚術か!? もしやとは思っていたが……ッ」
待てをされたまま放置された子犬のような顔をしていた初老の男性が目を見張る。遠巻きにこちらを見ていた町民たちもまた驚きの声を上げて魔方陣を注視した。
そしてそれは使い魔一同も同じで。
「な、なんだかビリビリする嫌な空気を感じるんだけど」
「同じく。これはどこかで覚えが……」
「あら、忘れたのギム? これってアレでしょ、ほら、アレよアレ。ね、わかるでしょ?」
「姉さん、実は知らないのを知ってると言うのはやめた方がいい」
「失敬ね、この愚弟ッ!? ちょっと那由他の果てに記憶という名のボールをプレイボールしちゃっただけよ!」
「ちょっと待て、色々おかしいぞ姉さん!?」
訂正。一部全く気にしていない気がする。というか言語が色々おかしい。覚えたばかりのかっこいい日本語を使ってみて間違っちゃった外国人みたいな暴投言語である。プレイボールなだけに。
と、そんな阿呆なことを考えていた睦月の耳に笑い声が届いた。声は魔方陣の奥より聞こえてくるもので。
「ふふ、なるほど、中々押さえているところは押えているのですね。美麗銀髪騎士にアッパー系金髪精霊、それに……」
魔方陣より現れた新たな少女。ルクスと比較してなお歳若いのではないかと思える風貌の少女は、笑みを湛えて。
「地味精霊……大地の精霊なだけに、ね」
いきなり辛辣な言葉を吐いた。
「地味!? というか一文字同じなだけでそれは無理がないだろうか!?」
しかもそれは日本語の話だ。異世界の普通人には通じない。ほら見ろ。ナイスミドルさんが首を傾げてるじゃないか。というかギムもこの子も日本語わかるのかよ。もう覚えたのかよやたらハイスペックだなおい。凄い無駄なことに使ってるけど。
睦月が声にならぬ突っ込みをあげる中、少女は失礼と軽く微笑んで。
「突っ込み役でしたか。いいポジションです。美味しいですね」
「な……バカ、な……ッ」
ガクリと膝をついたギムの口から、俺は突っ込み役なんかじゃない、俺は何時から芸人になったというのだ、という自己否定の言葉が零れていた。酷く哀れな光景である。それを実の姉であるサラが見下ろして。
「そんなの私が生まれた時からに決まってるじゃない!」
「なるほど姉弟とはそういうものですか。真理ですね」
「納得しないでもらいたい!?」
初対面なのに実に息の合った追い込みだ。実はこの二人こそ姉妹なのではなかろうか。
そんな二人に追い込まれるギムの足元に一匹の猫が歩み寄った。猫はみゃあと一声鳴いて、ギムの膝を軽く叩いた。それはまるで年長者が若輩者に対し、「まあそんなにしょげるな、元気出せよ」と励ましているかのような仕草で。
「あ、どうも。って、俺、なんで猫に励まされてるんだよ……」
膝をついたギムの心が別の意味で圧し折れた。
「あら? 中々毛並みの綺麗な黒猫ちゃんだこと」
「ええ、私の飼い猫のアポロニアです。中々気がきいているでしょう」
「あんた猫を連れて召喚されたのか!?」
「ええ、自慢の愛猫です」
……ああ、俺、猫とセットで召喚したのね。
別に知りたくもなかったどうでもいい事実を聞き流しながら、睦月は突如始まった新たな人物を交えての馬鹿騒ぎに遠い目をした。これではまるでギャグ時空である。
一体どんな人物が来るのかと待ち構えていたのであろう緊迫した町民の顔が唖然としたものへと変わり、ナイスミドルの顔が固まった。大口を開け目を見開いた顔では、せっかくの素敵な渋顔が台無しである。もう本当に台無しである。
「ああ、もうなんか滅茶苦茶だよ。どうして睦月の呼ぶ人はこう、独特なのかなぁ……」
『俺のせいにしないでもらいたい……それとその枠組だとルクスも同類になるんだがいいのか?』
「ええ!? ちょ、それはないんじゃない! 僕、あんな変人たちと一緒にされたくないよ!」
何気にこいつも酷いな。と、頬を引きつらせて、睦月は目を覆いたい現実に深いため息をついた。赤ん坊なのに。