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第一話 森と狼と初めての召喚

 

 零 


 気がつけば赤子だった。

 姫野睦月(ひめのむつき)は空を見上げてため息をついた。


 ……どうしてこうなった?


 ろくろく視線を移動させることもできない不便な体で記憶を探る。が、考えども答えは出ない。最後の記憶は仕事帰りにバスに乗ったところまでだ。あるいはそこで何かが起こったのかもしれないが。


 ……記憶がないなら考えるだけ無意味だな。


 こりゃどうしようもない。脳に詳しい医者でも呼んで来てくれ。ああいや、赤ん坊の体になるとかありえないし無理か。現代医療の敗北ですね。と、再びため息をつき。小さく周囲を見渡す。

 鬱蒼と生い茂る木々に草花。遥か頭上には青い空。コンクリートの建物どころかアスファルトすらありゃしない。立ち上がるどころかハイハイすらできない未成熟な体で苦労して得た周囲の情報は、ここが森であるという事実だけであった。

 いや、自分が木編みのバッグらしきものの中にいることもわかる。結構しっかりした作りなのか頑丈そうだし、中には綺麗な白い布も敷かれている。服だって着ている。幸いにして周囲の環境は最悪ではないようだった。


 ……ま、野ざらしよりは少しましって程度だけどな。しかし、これがいわゆる転生だとすると……親は何処だ?


 睦月は今の自分の状況が、赤ん坊に転生してしまったのではないか、と考えた。怪しげな手術で脳を赤ん坊に移植でもされるという、悪の秘密結社も真っ青な想像よりかは遥かに穏当な想像だった。

 無論、荒唐無稽な話だが、サブカルチャーではよくある話である。自分がその空想を実在に変えてしまったことには笑い声すらもれないが。いずれにせよ、そうでなるならば近くには自分の生みの親がいるはず、だった。

 だが、周囲をどれだけ見渡せども人影はない。赤子を一人放っておいて森を散策している、と思えるほど睦月は楽観的な人間ではなかった。ああ、つまりはこれは。


「……ぉーじーにゃす」


 ……捨てられたッ! 俺捨て子かよ!


 睦月は呂律の回らぬ口で神へと祈り、ついで胸中で罵声を上げた。


 X           X


「……ぅー」


 ひとしきり不満の声を上げた睦月は腹が減ってきたことに気がついた。くつがえしようのない生理的欲求にどうしたものかと呻く。

 というか、考えれば考えるほどまずいことに気がつく。ここは人気のない森の中。コンクリートジャングルなどという比喩的な言葉ではない本物の森だ。こんなところで赤子が数日と生き長らえることはできないだろう。雨が降れば一発でアウトだし、ともすればこの一瞬後には野生動物がやってきて頭から丸齧りされるやもしれない。


「ッ……」


 そこまで考えた時、睦月の背筋に強烈な悪寒が走った。昔、海岸で何の気なしに持ち上げた岩の裏にびっしりとふな虫がいて悲鳴を上げた時以上の嫌な感じ。それの発生源は近くでガサガサと鳴り響く草村の先にあった。

 小さく息を飲んだ睦月は、ジッとその先に視線を送る。やがて草木を揺らす音は大きくなり、それは現れた。


 ……冗談だろ?


 草木の先から現れた生物は四足の獣であった。強靭に発達した四肢を支える筋肉の鎧を覆うは乱雑に生え伸びた灰色の毛皮。大きな耳を乗せた頭部には、赤子など頭から一齧りにできそうな大きな口があり、その口内からは鋭利な切っ先を覗かせる牙が垣間見えた。

 そう、生い茂る草木の先から現れたのは犬だった。いや、その凶悪なまでに歪んだ顔立ちは、犬というよりも狼というべきものだった。それも体長にして三メートルを超える体躯を持つ大型の獣である。


 ……やばい。


 間違っても赤子が一人で相対していい相手ではないそれに、ばっちりと目をつけられた。睦月の額に冷や汗が浮かぶ。握り締めた手の平にじっとりとした汗が滲んだ。

 そんな睦月を前に、ゆっくりと獣は歩を進める。一歩一歩しかと地を踏みしめるその様は、赤子である睦月からすれば絶望の二文字しか浮かばない。


「ぁ、ぅ……」


 獣がバッグの前に来た。大きな体躯をのっしりと揺らして覗き込み、睦月を視界に収める。

 獣は、ニヤリ、とでも言わんばかりに顔を歪ませた。睦月は断言する。これは嘲弄だと。これから食い殺すものへと向けた嘲りであると。

 睦月は総身を震わせる。数分後に待ち受ける運命を予感して。


「ぁ、っ、ぁあ、あーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 睦月は泣いた。必死で、魂から搾り出すような悲鳴を上げた。

 だってそうだろう?

 誰だって死にたくない。それもこんなわけのわからない状況でわけもわからないままに死ぬなんてまっぴらごめんだ。

 だから、誰か気づいてくれ。そして目の前にこいつを何とかしてくれ。頼む。後生だ。

 しかし届かない。誰かが来ることはなく。獣は大きな口を広げて、その牙をむいた。


「……ぁ」


 ……こんなわけもわからぬまま俺は死ぬのか?


 嗚咽をもらす睦月は、目の前の絶望に、ただただ理不尽な運命を呪った。

 同時、かつてないほどに死にたくない。生きたいと願った。


 ……そうだ。死にたくない。俺はこんなところで死にたくなんてないッ!


『ならば願って。僕の名を呼んで』


 ……呼べば助かるのか?


『助ける。助けてみせる。だから』


 気づけば誰とも知らぬ声と会話していたことに驚く間もなく。


 ……ルクス。ルクス・シルウィンド!


 睦月はその名を呼んだ。


 X           X


 グン、と総身が引っ張り上げられる感覚を味わう。しかし、実際には引っ張られてなどいない。むしろ体は置き去りに、魂すらもその場に残している。

 では、こうして思考している自分は一体なんなのか?

 そんな益体もないことを考えながらルクスは自身の体が形作られるのを知覚した。


 ……なんとも不思議な感覚だね。


 体どころか見に纏う鎧や剣すらも魔力で形作られていく。若干十四歳にしてそこそこ波乱万丈な経験をしてきた自負があるルクスにもかつてない体験であった。

 とはいえ、何時までも初めての経験に胸躍らせているわけにもいかない。自身がこの未体験の世界に現出するための魔方陣、その眼下には獣がいた。突如として頭上に現れた異物に警戒し、歯をむきながら唸り声を上げるそれは。


 ……魔物か。どの世界にもいるものだね。


 世界から与えられた知識によればワイルドウォルフという名の魔物だそうだ。

 強靭な肉体を持ち、俊敏な動きを持って獲物を狩る危険な魔物。本来であれば群れで行動するはずだが、どうにも近くにその姿はない。はぐれかとも思えば、それにしては勇猛猛々しいその姿からは、群れを追われた弱者には見えない。


 ……となると、群れを一時的に離れた斥候か。


 あたりをつけたルクスは手早く片付けないと厄介さが増すと判断し。


「行くよ……ッ!」


 魔方陣から肉体を現出させると同時に空を蹴った。魔法で圧縮固定、簡易の足場にした空気を蹴り付けての跳躍は重力すらをも味方につけ、真っ逆さまに大地へとその身を跳ばした。

 対して獣は一咆えすると同時に後ろへと跳躍、ルクスの落下点より逃れる。更に、背後に身を捩るようにして空中で体勢を入れ替えようとしている。

 ルクスはその意図を逃走の準備と一目で看破した。群れへと戻り敵対者の存在を教えに行くつもりだ。一も二もなく撤退を選んだ獣は、自身の斥候という役目を微塵も忘れてはいなかったのだ。

 その知性にルクスの頭脳は警鐘を鳴らす。このまま逃がせば、群れを引き連れて戻ってきた大群と相対することになる。さしものルクスも庇うべき対象がいる状態でそれは避けたい。だから。


 ……逃がさないッ!


 この場で切り伏せることを決めた。

 落着と同時、ルクスは身体強化の魔法を行使する。白銀の鎧の上から光が走り、ルクスの筋肉から骨、皮膚に至るあらゆる肉体を構成する要素を強化し、身体能力を大幅に向上させる。準備は万端だ。

 行く。大地を踏みしめ、落下の衝撃を無理やりにねじ伏せる。


「ふっ……!」


 小さく呼気を吐き出し、ワイルドウォルフ目掛けて跳んだ。

 砂地を捲り上げ、地煙を作り上げるほどの衝撃をもたらしての跳躍は、瞬きする間もなく彼我の距離をゼロにする。

 ワイルドウォルフが驚きに目を見張った。今だ空中を跳び退る途中の己との距離を瞬時に詰めてきた異常に口元を歪ませる。されどそこで硬直することなくワイルドウォルフは、喉元に魔力を集める。時間にしてどれほどか。少なくともルクスの剣が届くよりも前にそれは成った。

 轟、と圧縮された空気が咆哮となって大気を震撼させる。ただの咆哮ではなく魔力で強化された空気の振動は、草花を吹き散らし大樹すらをも薙ぎ倒す破壊の風だ。

 さすがにやる。と、ルクスが相手を賞賛する。放たれた咆哮はワイルドウォルフを中心に扇方に広がり破壊を撒き散らしている。ごく至近距離に位置していたルクスの立場からすれば、避けることすら困難だった。

 ならばどうする?

 思考は一瞬だった。そして苛烈であった。


「いっけぇえええッ!」


 突撃。ワイルドウォルフ目掛けて一直線に突っ走り、魔力を込めた剣で咆哮をぶった切った。

 風が逆巻き、叩き切られた衝撃破がもがき苦しむように嵐となって森の木々を揺らす。当然、渦中にあったルクスの全身は余すところなく衝撃に打ち付けられるが、それら全てを鎧の耐久力と防護魔法で耐え抜く。ダメージは少なくないが、ここで逃がすほうが遥かに厄介。そうと決めたルクスは目先の被害を甘んじて受け、遠くの被害を切った。これはそれだけのこと。

 そして、ついに追いついたルクスは、渾身の力を込めて剣を振り抜いた。魔法によって強化された身体能力と技。そして聖剣と称されるルクスの剣の切れ味が合わさり、白銀はワイルドウォルフを上下に両断する。

 さしもの手練のワイルドウォルフも既に万策尽きていたということだ。切り伏せられたワイルドウォルフを横目にし、ルクスは軽い安堵のため息をついて、しばし息を整える。


「……少し、派手にやりすぎたかな?」


 切り散らされたとはいえ、咆哮がもたらした破壊は森に大きな衝撃を与えていた。

 しっかりと根を張っていたはずの草花は根元から掘り返されて辺りに散らばっているし、木々は生い茂っていた葉をまとめて散らされて枯れ木のように侘しい姿を晒していた。周囲にいたはずの小動物たちも一匹残らず逃げ去っている。

 それら全てを知覚し、ルクスは乾いた笑みを浮かべる。


 ……この世界での第一戦だっていうのに、綺麗に勝てなかったな。


 自分はまだまだだ。ダメージに軋む体を恥じ、だからこそもっと強くならねばと心に決めて。ルクスは背後を振り返った。


「さて、と……」


 治療の魔法で肉体を癒しながら召喚された場所へと向かう。そこにはルクスが護った赤子がいた。

 召喚されると同時に簡易の防護魔法はかけていたし、咆哮も当たらぬように剣で散らした。だが、それでも赤子というのはひ弱な生命だ。ルクスは心配でならなかった。

 だから、バッグの中で驚いたように目をぱちくりさせる赤子を見た時にはさすがに安堵した。ルクスは安心に顔を崩して。


「大丈夫だった?」


 己が主となる赤子に笑いかけた。


 X           X



 聖銀の騎士

 召喚者:姫野睦月

 名前:ルクス・シルウィンド

 種族:人間

 属性:光

 召喚コスト:2マナ

 攻撃/防御:2/2


 スキル:聖銀の魔法

 このユニットは、スタンバイフェイズ毎に1マナを消費して攻撃か防御を1上昇させることができる。

 累積可能で、その場合は最大で2/2の上昇値(素の能力値と合算して4/4)となるが、上昇させた値分だけ毎ターンマナを消費する。


 詳細

 とある世界より召喚されし騎士。

 まだ14歳と年若いが、既に騎士として幾体もの魔物を討伐して武勲を上げている。

 剣の腕は一流半歩前、魔法の腕は一流の域にあるが、年若く経験が浅いがためにミスをすることを自覚している。

 国のため、民のために至らぬ経験を積むため、騎士は召喚に応じる。




 ワイルドウォルフの斥候

 召喚者:なし

 名前:XXXX

 種族:ワイルドウォルフ

 属性:風

 召喚コスト:1マナ

 攻撃/防御:1/1


 スキル:勇猛なりし狼の斥候

 このユニットが場に存在しているとき、ワイルドウォルフの群れの召喚コストを無条件に1引き下げる。


 詳細

 ワイルドウォルフの群れの中でも、頭が良く、力あるものが斥候となる。

 群れを率いる力は乏しいが、反面個体としての力は群れの長にも引けを取らない。

 得手とはしていないが、風の魔法を扱うことができる。主な用途は咆哮の強化と走る際の風除けである。




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