第六話
辺りに夜の帳が落ち始めた頃、本日の女子バスケ部の活動は終わりを告げた。
「タマちゃん、帰ろう」
「うん」
円は環と一緒に帰るのが日課だった。というのも、二人は幼なじみで、お互い家もすぐ近くなのだ。
二人は、喋りながら校門へと向かっていた。
異変が起きたのは、少し進んでからだった。
「円、どうしたの?」
「え?」
初めはお互い横並びで歩いていたのだが、円はだんだんと歩みが遅れがちになっていた。
それに円の歩き方は、どこかぎこちない。
「あんた最近、疲れてるんじゃない?」
「そんなことない。大丈夫だよ」
円は笑顔で、首を横に振る。
「でも、本当に体調悪いなら少しくらい休んだ方がいいんじゃ――」
「それは駄目」
環の言葉を待たずに、強固な意志できっぱりと言い放った。
「せっかく試合に出さしてもらえるんだから、練習は休めないよ」
「……そう」
環は何故か悲しげな表情を浮かべ、再び歩き出した。
そして、校門まで来たときだった。
「あれ?」
そこには、見覚えのある二つの影があった。
「夜岬さんに琴羽さん」
「よっ」
慎は開いた手を上げ、円に軽く挨拶をする。
「どうしたんですか?」
「ああ、ちょいと用があってな」
一体なんの用ですか、と円は尋ねようとしたが、脅迫状の事件の関連であることは言うまでもない。それに、唐突に自分の前に現れたということは、それだけ大事な情報が摑めたのかもしれない……。
――しかし脅迫状の案件について話すには、今はタイミングが悪い。
単純な理由として、円の隣に環がいるからだ。
円は、皆に心配をかけまいと、脅迫状の一件を周りから隠していた。幼なじみの環も例外ではない。
環はいつも円のことを気にかけ、親身になってくれる。それはありがたいことであると同時に、円はどこか申し訳なさを感じていた。だからこそ、あまり環を不安にさせるような真似はしたくない。
「……タマちゃん、ごめんね。夜岬さんと琴羽さんとの用を済ませてから帰るから、先に行ってて――」
「あー、違う違う」
円の言葉を遮り、慎はおどけたように首を左右に振る。
「俺が用があるのは天音さんじゃなくて神葉さんだ」
「え? 私に?」
「そうだ」
急に話を振られて、環は疑問符を浮かべた。そして慎の言葉に、円も驚いていた。
「まあ、要件の前に、正式に名乗っておいた方がいいな。俺達は『八百万探偵部』だ」
慎と灯は、自分たちが探偵――すなわち、八百万探偵部の部員であるという事実を隠していたはずだ。なぜ、今になってそれを環に明かしたのだろう。円が考えていると、環が口を開いた。
「『八百万探偵部』って……あの?」
八百万探偵部は、その名だけなら校内で有名な部活だ。正規の部活でない上に、教室を不法占拠していて、さらには依頼増加のためにチラシまで作っているのだから、注目の的になるのも当たり前である。もっとも、あまりの胡散臭さに客足は伸びないため、部員の名前まで知る者はそういない。
「俺達は今、とある案件について天音さんから依頼を受けている。今日部活を見学しに行ったのも、不審な人物がいないかの確認が目的だった」
「……その案件って?」
環は訝しげに訊く。
「数日前、天音さんの元に奇妙な物が送られてきた。俺達が頼まれたのは、その送り主の特定だ」
慎は、今度は依頼の内容までも環に教えた。円にはその意図がまったくもって理解できなかった。
「さて、前置きはこのくらいにして要件を言おうか」
言って慎は、環に向き直る。その瞳が、環を完全に捉えた。
「単刀直入に告げる」
一息、つく。
「犯人は、あんただ。神葉環」
「――え?」
一番呆気にとられたのは円だった。




