プロローグ
依頼人は、ドアの前で立ち止まっていた。
彼女の目の前にあるのはなんの特異さもない、ごく一般的な様式の教室だ。しかし少子化の影響で、現在では空き教室になっている。……本来なら。
その教室は数ヶ月前から、特異極まりない『とある部活』によって不法占拠されていた。
彼女はその『とある部活』に用があって今日ここまで来たのだが――
「なぁ、頼むから手伝ってくれよ。この宿題、明日出さなきゃ今度こそヤベーんだよ。なんせ特別補習だぞ。しかも教師と一対一。フェイストゥフェイス。非常に哀れだと思わねーか? ――へ? 『思わない』って? 『自業自得』だって? そんな冷てぇこと言うなよ~。お前の力があればこんなの楽勝なんだから」
ドアの向こうから声がもれている。筒抜けだ。
何やらお取り込み中のようなので、もう少し待たせてもらおう。
「ほらほら、根暗に本ばっか読んでないでさ、俺と一緒に数字と図形の織り成す、崇高なる数学の世界へ身を投じようぜ。勉強しとかないと後で痛い目見るぞ。――『あんたに言われるとその言葉にすごい現実感が持てる』? そう思うならさあ――え? なに? 『私は大丈夫だから勝手にやってろ』って……見捨てんなー!」
さながら、未来から来た某ネコ型ロボットに泣きつく、黄色のシャツと眼鏡がよく似合う少年のような有様であった。それにしても、ドアの向こうの人物は先程から誰かと会話をしているようなのだが、声が一人分しか聞こえてこないのは一体どういったことだろうか。
「あのさ、せめて読書中断して、俺の話をちゃんと聞かねーか? 嫌だって言うならその本取り上げるぞ? ほら! 返してほしかったら俺の話を――って、なんでペンを先っちょこっちに向けて構えてんの!? 危ねぇって!! ペンだって、一歩道を踏み外したら凶器だから! 悪かった! 本は返すって!! ――ん? 『騒がしくて目障りだからやっぱり一片こらしめる必要がある』って、嘘だろ!? ストップストップ! 話せば分かる!!」
誰かが駆け回り、それを誰かが追いかけ、その過程で机や椅子が倒れる。そんなことを易々と連想させる騒々しさが、教室から廊下まで響いてきた。ドアを隔てた向こう側は、だんだんと物騒なことになってきていた。
どうやらいくら待っても教室に入るタイミングなどできやしないようだ。依頼人はそう思い至り、遂にドアを叩く決意をした。
一息ついてから、コンコンコン、と三回ノックする。
「あ、誰か来たみたいだな! よし、これにて休戦だ! ――『休戦ならしかたない。続きはまた後で』……ってちょっと待て、休戦じゃねえ終戦だ! ……おいおい、心底残念そうに舌打ちするなって……。とりあえず教室を片付けるぞ」
それから倒れた物を直す音を聞きながら待つこと数十秒、ようやくドアが開け放たれた。
ドアの先に立つ少年は、依頼人の姿を確認し、そして明言した。
「ようこそ、『八百万探偵部』へ!」
依頼人は、この人達当てになるのだろうか、と一抹の不安を覚えた。




