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三番目の話「かの山の決闘で敗れ」

「今週の日曜日は皆で虫取りに行こう!」  

 生物部にいた人間全てが、机に腕組みして座っている風見 孜朗乎(しろうこ)を見た。ある者は期待を込めた眼差しで。またある者は怪訝な眼差しで。

 もう少しで夕焼け小焼けの時間帯。放課後、俺と(たけし)は孜朗乎様の招きで生物部に足を踏み入れていた。

孜朗乎様とは同士の契りを結んでいるため、誘いを受けないわけにはいけなかったのだ。

今日は集まりが悪いのか、正規部員は孜朗乎様と瀧くらい居ないようだ。まあこの部が全部で何人いるかは、ようとして知れないんだが。

 俺と洸はここを完璧な停留所として認識しているので、二人仲良くカードで遊んでいた。まあカードは俺のなんだけどな。

 部室の水槽の魚に餌をやりながら振り向いた瀧 順子(かずこ)は、胡乱(うろん)気に答えた。

「何故今それを言うのですか? その台詞は部員が全員集まってからの方がいいんじゃないかと思考するのですが?」

「あ、ああ。その通りだ瀧君。今のは練習さ。よ、予行練習という奴だよ」

 多分思いつきのタイミングで言ったんだろう。瀧にもっともな指摘を受けると、孜郎乎様は虚勢を張った。傍目から見て、虚勢と分かるほどに。

「悪くない提案ですが、その発案は彪君たちがいないときに言えば良かったと思います。彪君達が聞いてしまったら……その……彼らも行きたくなると思うのですが?」

「まあまあいいじゃないか? 別に部外者が参加しても。人数が多いほうが見つけられるかも……いや、楽しいかもしれないじゃないか?」


アレはある日のこと。俺達が生物部で孜紫郎乎様に言われたことが発端だった。

「もしかして、瀧君と何かあったかね?」

「ど、どうしてそう思います?」

「いやなに、あんなに仲睦まじかった二人が、近頃一緒にいるところ見られなかったものだからね。もしかしたら部長殿と彪君の間に進展があったのかと思ってさ?」

 ズバリ言い当てるとは正にこのこと。でも正しくは『瀧と』じゃなく、『俺が瀧に勝手に』だ。答えられないで居ると、俺にソックリさんのテンションが上昇した。

「何? もう彪は瀧って子を責め落とし気味なの? 凄いよ彪さんだね! いったいどんなプレイをかましてやったんだい?」

「そんなことしてねぇよ!」

 分身に拳を浴びせ黙らせると、俺は孜朗乎様と向き合った。

「ふ、流石は孜朗乎様。あんたにゃ隠し事は出来そうにないな」

 俺がヤレヤレだぜ的な身振りをする。それに対し、彼はなんと俺に謝罪したのだった。

「失礼。君の心の中を言い当ててしまったことは謝ろう。ボクは嫌悪されることよりも、他人の悩みを手助けしてしまうコマッタ男でね。こんなボクのお世話を許してはくれないだろうか?」

 ナンテコッタ……。この男は、いやこの漢は! 自分の名が下がることよりも、俺の悩みのほうを優先しやがった。『アヘテ汚名を被らん』的言動に、不覚にも涙腺から男汁出しまくりな俺。

 俺は孜朗乎様に事の顛末を話した。と言っても詳しく話したら不味いので、俺が勝手に瀧に対して気まずくなっていること、俺が瀧と付き合ったりしたくないことの内容を大体伝えた。

 彼は黙ってフムフムと聞き入り、俺にこう言った。

「そいつは複雑だね。よし、ボクが人肌キャストOFしようじゃないか」


 そんなこんな話があり、今回のイベントを提案してくれた孜朗乎様だった。

 正直虫なんぞに興味はなかったが、絹川山に面している有馬公園に行くと聞くと、洸の方が乗り気になり、提案に乗る形になってしまった。

「了承しました。他の面子にも話を通しておきましょう。しかし」

「何あるのかね?」

「もしかして何かの私欲が有ってのことではないでしょうね?」

 瀧のやつ孜朗乎様に失礼な言動をしやがった! 同じ道を歩む同志としては見過ごせないぜ! 俺と洸は口々(くちぐち)彼女に抗議した。

「おい瀧、今の発言取り消せ!」

「そうだよ! 孜朗乎様は僕達にスゴイ世界を覗かせてくれた偉大な人物なんだぞ?」

「覗く?」

 洸がウッカリ口に出した言葉に、瀧が鋭く反応する。俺は素早く洸の口を封じ、その場を取り成す。幸にも不幸にも瀧の矛先は孜朗乎様に戻った。視線の先には何故か汗を垂らす孜朗乎様。あれ? もしかして図星?

「正直に白状しなさい!」

「ぐはぁ、体が勝手に……!」

 瀧の一喝のもとに、孜朗乎様はやや震え気にある物を瀧に渡した。何やら様子がおかしい。

 もしかして今のは……アレか?

「なあ瀧、その力はお前の敵に使えよ?」

 今のような事象は、去年見た『アノ事』に酷似している。今回の事も、瀧の『力』のせいだろう。

 「こういう次々に別の女の子に手をつけるジゴロ野郎は女の敵です。即ち人の道や範疇から外れた物も、道理からズレた者でも、私たちのエネミー。『冥途(めいど)』対象なのです」

「情け容赦ないな。ってコレとアレとは関係ないだろう?もう一つ突っ込むなら、お前の今のセリフは漢字無しだと、孜朗乎がメイド大賞取ったみたいなのな」

 俺をスルーして瀧の興味は孜朗乎が差し出したチラシにいったようだ。彼女はその文面を読み上げる。

「昆虫帝王決定戦。あの幻の『カイザー鍬形(くわがた)』が絹川山付近の林で確認? 捕まえたものには、賞金111万円。何とも微妙な賞金設定ですね?」

「は……、ボクは何をして」

 正気に戻った孜朗乎様は、瀧の手にあるチラシを見て口を大きく開けて驚いた。大きなお口ですね?

「げげっそれをいつの間にいや、そのチラシは何かな瀧君?」

 孜朗乎様はいかにも知らないフリを決め込んで、焦った姿を見せた。

ちょっと待て。まさか本当に俺たちを騙してたんじゃ……?

「孜朗乎様……あんたって人は!」

「どういうことかな? 賞金目当てで、虫取りを僕達にやらせようとしていたわけじゃ?」

 俺と彪が疑いの目を向けると孜朗乎様は、いや孜朗乎は語る。

「ふふぅ……バレてしまっては仕方ないな。ならば菟柄君。洸君。部長殿。一緒に一攫千金を狙おうじゃないか?」

 苦しい言い訳に俺と洸は互いを見て肯き、声をハモらせて言ったやった。

「今更いうなぁ!」

 二人のタケシの同時に繰り出された突っ込みが、孜朗乎を壁に吹っ飛ばしたのだった。



 まあ結局行くことになったのだが。

 場所はカイザー鍬形が現れるとされる有馬公園近くの林。林は絹川山と面しており、そのまま道を進んでゆけば山道へと続いていけるようになっている。

 幸いにして有馬公園は俺の自宅から自転車で三十分少しで着く場所だ。金が掛からないのはいいことだ。瀧も最近集まりが悪いと言っていたし、俺が恩義を感じて行ってやってもいいかもしれない。

 だがしかし、俺はその考えが甘いことに気付かされるのであった。



 「しまったあぁあぁぁぁぁぁぁ」

 太陽がオハヨーと顔を出して時間が進んだ頃。俺は母親が作ってくれた朝飯を食べ、約束の虫取りに行こうとして洸と玄関に出たところだった。

そして俺はある事を失念していたことに 気付いたのだ。

「どうするんだい彪?」

 玄関の自転車置き場。俺たち二人はチャリにライドオンしようとした矢先、この家に自転車が一台しかないことに今更気付いたのだ。

 菟柄家は両親ともに車で移動しているので、自転車は俺の持っている一台だけなのだ。俺は二人になったが、自転車も増えてくれるわけではない。このままでは俺と洸のどちらかは自転車に乗れず、虫取りにはバスか何かを使わなくはならなくなってしまう。

「よし洸、お前だけ行ってこいよ」

 出鼻を挫かれた俺は正直もう行く気が無くなっていた。興が削がれたってやつだ。わざわざバスに乗って行こうとは思わないな~。

「えぇ~行こうよ~彪。一人で行っても楽しくないよ~」

 洸が子供のようにゴネる。俺は意外だった。洸は大抵俺の言うことはなんでも聞くし、こなせるのだ。だからコイツが俺の意志に『否』とすることは有り得ないことだった。

 俺の写し身である洸は俺の意志の同意者であり、俺の全てを肯定してくれる筈なのだ。そういう『ルール』になっている。最も菟柄 彪を理解しているのは、父でもなく母でもなく、全く同じ人間である菟柄 洸。こいつである筈なのだ。

「別にいいだろう?元々お前が行きたいって言ってたんだしな。それに一人じゃないだろう? あっちに行けば瀧達が居るし、虫取りが終わるころには楽しくなって、俺のことなんか忘れているぜ?」

 だが洸は、これ以上ない正論で切り返してきた。

「だって僕達、友達だろ?」

「あ……?」

「友達だったら一緒にどこか行くもんだろ?」

「そう……だよな」

 それは当り前の論理であり、反論不要かつ不能。洸がこの台詞を言ったのはある意味必然。何故ならこのドッペルゲンガーの存在意義そのものを語ってきたからだ。

 菟柄 洸はその為に生まれてきたのだ。コイツはそのことをしっかりと理解していた。逆に生み出した俺がそれを一時でも忘れるとは……。まるで産むだけ産んで面倒見ない親みたいだな。

 落胆と、不快感。

洸の原因であるこの俺が、何故こんなことを理解してない? 俺自身が洸自身のことを認知してなかったということだ。生み出した者の責任は取らないとな。

「そうだよな。俺たち友達だったよな。友達だったら、一緒に行くものだよな? 本当に…本当にお前の言う通りだよ。俺も行くぜ」

「彪……まあ僕としては分かってくれて何よりってやつさ」

 それでも自転車が一台しか無いという問題は残っているわけで、(おの)ずと次の事態が定まってくる。つまり早いモン勝ちだ。

 俺はウンウン肯きながらチャリの鍵を素早く開けて、洸に(いく)ばくかのの金を渡して言った。

「じゃあな洸。お前はバスで行くんだぞ」

「は?」

「有馬公園で会おう!」

 俺は友に再会を誓い、急いで愛車をこぎ走って行ったもである。

後ろで愚者の声が聞こえる。

「僕が友情に感じ入っているところで……! 許さないぞぉぉぉ!」



 久しぶりのサイクリングを楽しみながら、俺は有馬公園に辿り着き、自転車を駐車場に止める。この公園には一度来たことが有って、よく家族連れがやって来る穏やかな雰囲気のある場所だったと覚えている。

 確かそれは菟柄 彪がまだ幼いころ、家族で行った記憶によるものではなかっただろうか

(いけね…。暗い気持ちになっちまった)

 俺は頭にかかる(もや)を振り払うように、孜朗乎達と待ち合わせた場所に向かうことにした。

 孜朗乎達はすぐに見つかった。近寄ると奴の他に数人の人間が見える。あいつらは確か一年のころ孜朗乎と一緒に人形を作っていた模型部の者たちだった。

 俺は軽く会釈しながら、やたら重装備の孜朗乎に言った。

「そいつらも連れてきたのか?」

「愚問だよ菟柄君?我々は『仲間』というコミュニティの間柄なのだから、いつでもどこでも私たちは一緒なのだ。君こそ相方の洸君はどうしたのかね?」

「アイツは遅れてくるさ」

 今一度孜朗乎の周りを見渡したとき、居るべき人物の姿が見えないことに気が付いた。瀧 順子である。あいつは真面目な所があるから、仮にも部長である瀧が来ないという選択をするとは思えない。何かあったのだろうか?

「部長殿は寝坊したとか言って、遅刻してくるらしいよ?彼女の友人が先に来てしまうから、相手をしてやってほしいそうだ」

 少し瀧の私服姿を期待していた俺としてはカ―ナーリ残念だ。しっかし瀧にちゃんと友達がいたとは感心感心。やはり友達は一人くらい居るものだよな?

娘が学校生活で不自由してないか不安だった父親的疑念が晴れてホッとした気分だ。

俺は話の話題を変えることにした。

「しかし何で百万チョイなんか欲しいんだ? お前は家がビンボーだったりすんのか?」

 この男のことだから大した理由はないかもしれないが、とりあえず本当の目的は聞いておきたい。部活の意義云々は嘘臭かったからだ。

 すると孜朗乎は普段には見せないシュンとした様子で、肯定の意志を言ったのだった。

「流石は菟柄君。中々の観察眼だね?」

「え……、おいおい、マジかよ?」

「確かにボクの家はビンボーさ。病気の妹の手術費用も払えないぐらいにね」

「お前に妹が?しかも病気って? もしかして今回はその手術費用の足しにしようと?」

「お医者が言うには、妹は手術を受けなければ助からないくらい重病なんだ。だからボクは今日は(わら)にも縋る思いで……(泣)」

 孜朗子は俺に背中を向けると片手で顔を抑える動作をする。その手が少し湿りだしたのは、もしや目から分泌された水分ではないだろうか?

 聞かなければ良かった。俺にとってこの風見 孜朗乎という男は、奇人変人の何故か色男(ジゴロ)という存在だった。それがこんな深い人物像を持った男だったなんて!

瀧を口実に俺を虫取りを誘ったのは、俺達に自分の窮状(きゅうじょう)を悟らせないためだったのだ。嘘吐きの汚名を受けるかもしれないのに、それでも妹さんの手術の為に賞金を手に入れんとする孜朗乎のプライドを捨てた決意。不覚にも俺の方が男汁漏れまくりじゃないか! 

「孜朗乎、いや孜朗乎様!改めて俺にも虫取りの手伝いをさせてくれ!」

「菟柄君…………良いのかい?」

「おう!賞金は全部妹さんの手術のために使ってくれぇ! その後に俺に取り分を返してくれよ? 何年だって待つからな!」

「おぉ!心の友達(フレンド)よ~!」

 俺と孜朗乎は互いの友情に感動し、ひしっと抱き合った!

 するとそれを見ていた模型部部員達が口々に言い(つの)る。

「我らも手伝いますぞ!」

「君たち……?」

「孜朗乎様!その妹君はツンデレでございますか?」

「うむ、兄がデートに行くとあれこれ言い訳をしてついて来るほどの、ブラコンツンデレである」

「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 模型部員達から歓喜の声が上がる。

「孜朗乎様!その妹君は貧乳でありますか?」

「うむ、未だ成長見発達かつ成長性0の、生涯ナイムネ運命を神から告げられた悲しき妹である」

「おおおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!」

模型部員達から決意の咆哮が上がる。

「孜朗乎様!必ずや妹君を御救いしましょうぞ!」

 どうやら模型部の奴らも妹さんのために協力してくれるようだ。よっしゃ!これだけ結束が強ければ、虫の一匹や二匹(もはや名前すら覚えていない)は軽いもんだぜ!

 俺達はに負けじと熱血しながら、山に入ってどう捕まえるかやもし見つからなかった場合などを話しながら、絹川山への山道の入り口をくぐったのであった。


 その後、数人のグループに分かれて探索していた俺達。俺は孜朗子と木々生い茂る山道を闊歩していた。

「何? それは本当なのか!」

 携帯電話で向こうの相手に驚きの意を伝える孜朗乎。彼は通話を終え電話を切ると、俺に引き返すよう言った。先の電話の主は、後から来た模型部の人間らしく、今待ち合わせの場所に来たらしい。

 もしかしたら何か情報が入ったのかもしれないと思い、俺達は山を降りるのだった。

 まあ降りるつってもそんな奥の方まで歩いてないんだけどさ。


 模型部も遅刻者に付いて行った場所は、最初に待ち合わせた場所からさほど遠くない所で、いくつかのベンチに木の影で休めるような休憩所だった。そこにはベンチに座ってる女一人だけしかいない。

「菟柄君、彼女をどう思うかな?」

「どうって、俺達のような昆虫狩りに驚いて、遠巻きに見ているこの公園の常連か何かだろ?」

 女の体躯は小柄で、その体を白いワンピースに清楚なスカート、麦藁帽子とゆうスタイルで包んでいた。麦藁帽子で顔が見えないが、髪を二つに結んでいるらしく、帽子から髪が左右に出てる。

「まあ可愛い服装だわな」

「可愛いどころじゃないぞ菟柄君! 麦藁帽子に白いワンピース、その上ツインテールというこのコンボ。まさに夏の風物詩、麦藁ツインテール妖精少女ではないか? 今時は田舎でしか見られないというのに…! 誰か!誰か声をかける者はおらぬか?」

 孜朗乎は訳の分からないことを言いながら、一緒にいる子分達(?)に促す。

「駄目です孜朗乎様! あの手の少女はガードが堅いのがセオリー。攻略は難しいと推測します」

「もしかしてこんなことの為に呼び出されたんじゃないだろうな? おい孜朗乎、妹さんはどうしたんだよ?」

 俺がくだらない議論を聞いていると、麦藁少女はこちらに気付いたのか、顔を上げた。

そして俺と目が合う。

 いきなり逃げ出そうとする女を俺は早足に追いかけ、追いついたところで腕を掴みこちらを向かせた。帽子の下から引き攣った女の顔が露わになる。

「何してんだ一文字?」

 帽子の下に隠れていたのは、俺や瀧と同じクラスの一文字 ゆかりの顔。瀧の友達らしく、度々一緒にいるところを見かけている。さらに俺に最近チョッカイをかけて来る女だ。何だかんだで一年前から知ってる人間だったりする。

「そ、それはこっちの台詞よ! あんたこそ何しに来たのよ? まさかいつものアタシへのストーカー行為じゃ?」

「それは無い。いつも無い。」

やはりコイツはアホだなっと思いながら、俺はある可能性に気付いた。

「お前もしかして虫取りに来たんじゃないだろうな? あまつさえ瀧に誘われて来てるんじゃないだろうな?」

「ギクッ!そ、そんなわけないでしょ? いくら友達に誘われたって、こんな虫っぽいところ来る筈ないじゃない! ノコノコ来たりしたら余程のバカかインセクトオタッキーじゃないぃ!」

 何てこった。瀧が連れてきた友人ってゆうのは一文字のことだったのか?どうして思いつかなかったんだろう。瀧の友達と言ったら一文字ゆかりの名があがりそうなものだ。

 俺は一文字に今回のイベントの(むね)を教えた。

「俺も生物部の奴らに誘われたんだよ。もちろん瀧も一緒だ。まあ、そう言っても本人はまだ来てないみたいだけどな」

「ふ、ふーん、アンタが瀧さんにねぇ。奇遇じゃない。私だって瀧さんに……」

「はいはい何となく分かったって。ほら行くぞ一文字。孜朗乎達と合流しないとな」

「ちょっと私はまだアンタと一緒に行くなんて……」

 チッポケな誇りが許さないのか、喚く一文字を置いて、孜朗乎達のところに向かおうとする俺。だが一文字は爪先をベンチの出っ張りに引っ掛けスッ転び、地に(てのひら)を着いてしまった。

 その時、一陣の風が吹く。

風は俺を通り過ぎそれを目で追うと、起き上がろうとした一文字を抱きかかえる孜朗乎の姿が。孜朗乎はそのまま駆け続け、ベンチの上に飛び乗った。

「大丈夫かい?お嬢さん」

何だこりゃ……? 目の前にはベンチに立ち、一文字をなぜかお姫様抱っこしている孜朗子の姿があった。孜朗子は俺と初めて会った時に見せた、厚かましくも暑苦しい微笑みを一文字に近付かせる。

「え? いやアタシもう転んじゃってるし……」

「君、名前は?」

「い、一文字、ゆかり……だけど」

「美しい君に似合う、イィッ名前だ」

 美しいと言われたところで顔を真っ赤にする一文字。たぶん今までの人生の中で言われたことなかったんだろうな。

 孜朗乎は一文字をスッと降ろし、手に持ったハンカチで一文字の手や服に付着してしまった土を拭った。次々と素早い動作の孜朗乎にされるがままの一文字は状況説明を求めてか、普段とは違うか細い声を出す。

「あ、あのぉ?」

「これは返さなくていい。それじゃ、ゆかりさん」

「ちょっと! どこに行くのよ?」

 返さなくていいのはハンカチか? それとも今の『恩』のことを言ってるのか分からないが、孜朗乎はハンカチを一文字の手に預け、さっとその場を立ち去ろるのだった。

 本当にどこに行くつもりなんだよ?

「あれか……? 颯爽(さっそう)と現れ(れい)も聞かずに去っていく、何かのヒーローの積もりなのか?」

「ちょっとタケシ! 何なのよアイツは? 礼も言わせずに行っちゃうなんて、助けたくせに失礼じゃない!」

 一文字は文句を言いながら、俺のところに歩いてきた 彼女に風見 孜朗乎という男についてアレコレ教えてやった。

「ふうん、アイツが風見 孜朗乎ね。何であんな濃い男がモテモテなのかしら?」

 一文字は意外とマトモな感性の持ち主だった! 俺は少し感動した!

「俺もそう思ってたんだよ! いや~、仲間がいて良かった。もしかして俺一人だけオカシイ奴なのかと心配だったぜ。よし一文字、アイツのハンカチなんぞ捨てちまえ」

「そ、そういうわけにはイカナイわよ。このハンカチ結構なブランドものよ? 捨てたらちょっと悪いじゃないのよ。ちゃんと洗って返すわよ」

 そうか。これが孜朗乎の手口だったのか。強引だとしても助けられたような感覚にさせ、その上もう一度会うフラグまで立てるとは……。さり気無くブランドハンカチで資金力も見せつけるという高等テック。こうやって自分のことを気にさせて、女を落としていくのか。

 風見 孜朗乎。やはりやはり恐ろしい(おとこ)だ!

 ん? 資金力? 何か引っかかるキーワードがあったが気にしないでおくか。

「……って孜朗乎の奴はどこに行ったんだ?」

俺達は慌てて孜朗乎を追いかけることにした。孜朗乎を探す間、俺は一文字に瀧が遅れていることを教える。

「何? 瀧さんまだ来てないの? じゃあもっと遅れてくれば良かったな~」

 一応やる気は有ったのか、一文字の右手には子供っぽい虫籠が握られていた。虫籠(かご)(ふた)が開きっぱなしになっており、そこに黒い虫が飛びこむ。籠の中でぶつかった揺れのせいか、蓋が閉じて虫が出られなくなったので、俺達は覗きこんだ。

「何これ?」

「自分から突っ込んでくるって、一体どういう昆虫だよ?」

 怪訝(けげん)に思い虫の飛んできた方向を見ると山中で木でも倒れたのか、山から大きな音が聞こえてきた。そして、煙。絹川山の一角からうっすらと煙が立ち上る。今日は天気が快晴なので、俺には空へ昇るスモークが明確に分かった。

「おい……山火事かよ?」

 さらにけたたましい羽音と共に無数の黒い影が、絹川山から空へ地へと湧き出てくる。虫や鳥だ。多種多彩な生物が山から逃げるように飛んできたのだ。多分この公園にいた人間全員が、その大移動を目撃しただろう。 

 ただ事ではないその光景を二人揃ってがポカーンと眺めていると、山の方向から孜朗乎達が走ってきた。

「菟柄君! 何だいこの集団家出ならぬ(しゅう)(じゅう)山出(やまで)は?」 

 山火事の噂はすぐに広まり、山に入って行った者達もだんだんと戻ってきた。誰かが消防を呼んだようだが、場所が場所だけにすぐには来ないんじゃないだろうか?

 俺達は予想不能の事態にどうするか話し合った。

「どおするよ孜朗乎? こんなアクシデントが起こっちゃ、虫取りどころじゃなくなってきてるぞ? 帰っちゃうか?」

「確かにそうだな。先の火事で虫も粗方(あらかた)いなくなったみたいだし、これではカイザー鍬形を見つけることは難しそうだ。口惜しいけど……今日はこれで御開きにしよう」

「うぅ~! 孜朗乎様が御労(おいたわ)しや~!」

 項垂れる孜朗乎と代わりとばかりに泣く子分達。そうか、お前には金がいるんだったな。今日はやけに暗い気分になる日だな。

「ねぇねぇ、結局虫取りやんないの? なんかもうアタシ帰っちゃっていい?」

 一人だけ状況が分かってないのか、一文字がガサガサ五月蝿(うるさ)い虫籠を揺らしながら聞いてきた。コイツにも孜朗乎の家庭の事情を聞かせてナイーヴな気分にしてやろうか?

「お前はいいよな? 飛び逃げてきたのが運良く籠に入りやがって…。お前ソレちゃんと飼えよ?」

「や~よ。アタシにそんなインセクト飼う趣味無いし。アンタにあげるわよ」

「いや俺よりも孜朗乎にやって、ん?」

 視線を感じそちらを見やると、孜朗乎達がじっと俺達を見てる。いや俺達を見ているのではなく、一文字の虫を凝視しているのだ。

「お、お嬢さん!その虫を調べさせてくれないか?」

 孜朗乎の示した虫。黒い甲殻に忙しなく動かす二本の角。甲殻の隙間から見える羽根で、外に出ようと奮闘している。

近くに来た孜朗乎達が虫籠を覗いた途端、驚愕の声を上げ始めた。

「こ、これはカイザー鍬形じゃないかあぁぁぁぁぁあ! い、一体何処に居たんだい?」

 マジで? こんな自分から檻に突っ込むような奴がカイザー? 信じられない。こんなんで百万が手に入ってしまうのか?

 一文字はこの皇帝スタッグが逃げてきたのが、たまたま空いてた籠に捕まっただけということを説明する。

「君はとんだラッキーガールだ! いやはや君が捕まえられただけでもここに来たかいがあったよ。もしかしたら見つからなかったかもしれないんだからね?うん、本当に……良かった」

「孜朗乎、お前…………」

「さあ、帰ろうか」

 孜朗子の快活な声に俺は逆に心沈んだ。

 それでいいのかよ?お前さんはそれでいいのかよ孜朗乎!

「ちょ、ウっソー! アタシ百万ゲッツ?ひゃ、百万もあったらあの服買ってあのバック買ってあのアクセ買ってぇ……!」

「一文字ぃい!」

 急な幸運に跳ね跳びまわる一文字に、俺は思わず叫んでしまう。彼女はビックリした表情をこちらに向けた。

 俺の声がおかしいのは分かってる。一文字は何も悪くない。コイツはただ運が良かっただけだ。責められる是非を有るわけじゃない。勝った奴が喜んで何が悪い。金が手に入って喜ぶのは当然だ。

 だから俺からこんな台詞を言われる筋合いはない筈だ。

「その昆虫皇帝を風見 孜朗乎に譲ってくれ!」

「はぁ?なんでアタシの金虫を人にあげなきゃいけないのよ? バカ?」

「だがな、聞いて驚け! 実は孜朗乎はなぁ……カクカクシカジカなんだよ!」

 俺の話を聞いた一文字は号泣し、快く孜朗乎に昆虫皇帝を譲渡したのであった。

 そして余談だが、後に俺達は孜朗乎に本当に妹がいたのか疑問に思うことになる。もしかしてあの場の人間はみんな孜朗乎に踊らされていたんじゃないかと。だとしたらあの男は相当な策士ということになる。

 重ね重ね(かさねがさね)思うが……、風見 孜朗乎。なんて恐ろしい男だ!



 虫取りイベントを解散させた俺達は、上げに上がった陽気さで近くの店に打ち上げに繰り出しさんざん騒いだ後、それぞれの家路についたのであった。

 俺は騒ぎ疲れた体で自転車をヒイコラ漕いで、帰り道を走る。青々としていた空は次第に雲行きが悪くなり、曇り空へと変わっていった。

 俺の頭の中で何かが気になり始める。その何かとは記憶の淵で忘れかけていたもの。

誰か足りない? 今日は楽しかった。でもその中で居て然るべき人間を忘却している。俺にとってとても大切な人間と、俺その者の部品。

前者は瀧 順子。菟柄 彪の心を救ってくれた精神の恩人。

後者は俺の願いを聞き届けて完成された菟柄 洸。俺の全てを肯定してくれるイエスマン。

 あの二人は結局来なかった。瀧は来れなくなるにしろ、連絡が無いのはオカシイ。洸にしたって、あんなに虫取りに来ることを熱望していたのに、来ないわけがない。

 でも深く考えなかった。なにぶん俺は疲れていたのだ。どうせ学校で聞けばいいだろ?また会えばいいだけの話だ。

 そうだ、俺は疲れていたのだ。だから近道しようとして自転車じゃ通っちゃ駄目なギリギリの道を行っても、多分OKなのだ。

 だから道の端に、血で濡れた服で倒れていた人間を見ても、多分幻覚だろう。それが女の子で短い髪の毛で、瀧に似ている顔だったとしても多分………本物だ。

「瀧…………ッ?」

 目の前に血を流す瀧 順子が転がっていた。ボロボロだった。

 死んでいるみたいだった。


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