開かずの引き出し
月が厳かに輝く夜の下。
東京のとあるマンションの7階で、ごく普通の男が料理に精を出していた。
男の名は、山本という。
山本は自身の人生の中で最も、いやそれだけでなく、この瞬間だけでいうならば世界でも最も料理に精を出している人間であった。
メニューは簡単なハンバーグにライスにサラダ。ごくありふれた品揃えだが、これが彼の一生を左右することになるかもしれなかった。
男がこれほどまでに料理に熱心になる理由など、ひとつしかない。
恋だ。今日この男の家に彼女が来るのだ。そのことで、彼の心は妙に浮足立っていた。無理もない。今回自分が料理を振る舞うという名目で、初めて彼女を家に呼ぶことに成功したのだ。この料理の出来次第では、後々愉快なことにならないとも限らない。
そのことばかり考えて料理をしていると、部屋のインターフォンが鳴った。山本は手を止めて玄関のドアを開けた。
彼女だった。
「しょう子、さん。早かったね」
山本は急激に高鳴る胸のせいでそう呟くことしか出来なかった。
その言葉に対して、彼女は優しく微笑んだ。
「思ったよりも、仕事が早く終わって…。迷惑だったかしら?」
山本は全力で首を振った。まだ料理は完成してなかったがそんなことはどうでもいい。
山本は彼女を居間へと連れて行った。
彼女は相変わらず美しかった。その美貌には、クレオパトラも小野小町も楊貴妃も敵わない。(ただし山本の脳内限定だが)
彼女にはもう何度も会っているはずなのに、山本はまたも見とれてしまっていた。何がいいって、国語教師らしい清楚さがいい。長い黒髪が邪魔にならないようしっかりと結んでいるところがいい。それでいて、悪ガキにも負けない芯の強さ。全てが彼女の魅力だった。
「あの…山本さん」
彼女が何か言ったが、先述した通り山本は彼女に見とれていたので聞き逃した。
「あ…ごめん、何?」
「あの、何かお手伝いしましょうか?」
そういえば料理がまだ途中だった。なので素直に山本は彼女の提案を受け入れた。
「ああ、それじゃそこの引き出しからナイフとフォークを取ってくれないかな?」
「この引き出しですか?」
「うん、それ」
山本の返事に従い彼女は引き出しを開けた。その途端、彼女は驚愕した。
その引き出しの中にはナイフやフォークだけではなく、とある写真集―尋常でないほど服をはだけ肌を露出させた女性達が載っている―が入っていたからだ。
彼女はそれを山本に提示した。山本は貧血で倒れそうになった。
「ねぇ山本さん、これなあに?」
彼女の声はドスが利いていた。彼女の本気を山本は初めて見た。
「いや、そ、それは…」
ちなみに彼の名誉の為に言っておくが、彼は普段からこの写真集をここに入れていたのではない。彼女が来るからと慌てて片付けた際、ここにしまったのをうっかり失念してただけなのだ。
だがそんなことを言っても彼女が聞き入れるはずがない。山本が返事に窮していると、彼女は写真集を持ったままどんどん近付いてきた。
この時彼の不運は、彼女が写真集だけでなくナイフとフォークも一緒に持っていたということだろう。
「しょう子さん、ちょっと落ち着いて!!話せばきっと分かり合えるからさ、ねえ!わ、うわぁー!!」
この夜、この部屋からは皿の割れる音がよく響いたという。
ばかばかしい内容ですいません。
でも一度でいいからこういうのをやってみたかったんです。