第30話 不穏な空気はすでに流れている
「ねぇバラン君。起きてる?」
「どうしたんだよ。もう深夜だぞ」
ゴルド・シルバとの決闘が終わった日の夜。
いつもであればとっくに寝ていたその時間に、ギギラは声を掛けていた。
「ちょっと寝る前に確認しておきたいことがあって」
「確認したい事?こんな時間にか?」
「誰かに聞かれると嫌なの。特にジェーエルにはね」
ギギラはそう言うと、体をゴロンと動かしバランに近づいた。
そして、先ほどよりも小さい声量でバランに問いかけた。
「ゴルド君さ、戦ってる最中に妙な事言ってたの」
「妙な事ぉ?そんな事言ってたか?普通だったろ」
「ほら、思い出してよ。ジェーエルについて言ってたでしょ」
「そう言えば……」
ギギラに言われてバランはおぼろげな記憶を引っ張り出した。
『俺は幻術を封じてきたあのジェーエルとか言う女に負けた!!』
「あ!」
そう、確かにゴルドはジェーエルについて言及していたのだ。
「あいつの幻術を封じたって事はつまり……禁術を封じれるって事だよな?」
「そうなんだよね。そして、そんな女が毎朝わざわざギギラ達の朝食を持ってくるようになった。しかも急にだよ?」
「前々からなんかあるとは思っていたが……ここに来て一気に怖くなってきたな」
「ギギラ達がジェーエルと戦う可能性だって0じゃない。その時、禁術を完全に封じられたら」
「めっちゃピンチだな」
「でしょ~。だから対策を練ろうと思うんだ」
ギギラは人差し指をピンと上に立ててそう言った。
そんな彼女のしぐさにバランは少しホッとする。
「んで、何か考えとかあるのか?」
「まだ全然固まってない。だから、毎晩ギギラとバラン君で作戦会議」
「なるほどなぁ……俺達が解決策を考えるより先にあっちが仕掛けてこないと良いけど」
◇
ギギラとバランが作戦会議を始めたのとほぼ同時刻。
ジェーエル・モランシーは上司である監獄長ジャンネ・ダルケーが居る独房へと足を運んでいた。
「ジェーエルです」
「お、来たか。入ってくれ」
「失礼します」
監獄長という名にふさわしくない、おびただしい量の鎖に拘束されたジャンネの姿が目に映る。
このコロシアムを成り立たせる【禁術殺しの禁術】を扱っているジャンネ本人も罪に問われて無期懲役になっている少し不思議な状況を見ながらも、ジェーエルはいつも通り無表情であった。
「それにしても、幹部を集めてほしいなんて珍しいですね」
「まぁな。『耳無し』様から緊急の神託が送られたんでな」
「なるほど」
ジェーエルはそう言って周囲を見渡す。
自分とジャンネ以外には誰もいない部屋。
一番乗りだ。
最も、幹部の一人であったハイマ・シェパードがギギラ・クレシアに殺されてしまっている為、残りの幹部はあと一人な訳なのだが。
そんな事を考えていると、独房に一つの特徴的な声が響いてきた。
「お待たせしましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!司会者としての業務が残っておりましてぇぇぇぇぇ!!」
「おうMC。いつもごくろんさん」
独房の扉がバタンと開く。
そこから現れたのは、やかましい顔を持った一人の男性だった。
彼もジャンネやジェーエルと同じ、この監獄の幹部であり『耳無し』の信者。
普段は死刑囚達が殺しあうコロシアムで司会者をしている男だ。
彼は『耳無し』から暗示された『MC』という奇怪な名を気に入っており、元の名前を忘れてそう名乗り続けている。
「よし。これで全員そろったな」
「それでぇぇぇ!!ジャンネさん、今回はどんなご用件で?」
「ギギラ・クレシアの件について、『耳無し』様からの神託だ」
その言葉が放たれた瞬間、空気が一瞬にしてぴりついた。
「あいつ、強いよな。ずっと勝ち続けてる。『耳無し』様はこの状況をあまり良しとしてないんだ」
「ジャンネ。理由を聞いてもいいですか?」
「いいか?今コロシアムでしている殺し合いはあくまで死刑の手法の一つだ。絶対どこかで死刑囚は死なないといけないし、2週間もたてば殺し合いしている連中の顔ぶれは変わらなきゃならねぇ」
そうしないと民が納得しない、とジャンネは加えた。
それもそのはずだ。
本来、ギロチンで殺されるはずだった死刑囚が殺し合いに勝ち続けるだけで生き残り続けることが出来てしまう。
コロシアムでの殺し合いが民から認められているのは、あくまで『死刑囚同士で殺しあって醜く倒れるざまを娯楽』にしているからだ。
一生死にざまを見せそうにない死刑囚など、民にとっては言語道断だ。
「まぁ、ギギラ・クレシアについてはあの『目無し』のお気に入りって事で確実に殺すための作戦は練ってはいただろ?その作戦をぼちぼち進行した方が良いって話だ」
「ちょっと待ってください。でも、あの作戦はジェーエルさんの命と名誉をー」
「MC」
必死の形相で声を上げたMCを止めたのはジェーエルだった。
「私達、『耳無し』様の信徒がするべきことは?」
「……平和な世界を作ること」
「その為にはどんな手段も厭わない。それが教え」
「……それは、分かっています」
MCはジェーエルの言葉を飲み込んだ。
彼だって、頭では分かっているのだ。
ただそれに、心が付いていかないだけ。
「MC。『耳無し』様が俺達に力を貸してくださる時、どうして耳を塞ぐか分かるか?」
「他の人間の言葉を気にしないため。人間の価値観では真の平和を実現することが出来ないから」
「あぁ。それが頭にあるなら大丈夫だ。お前もその内慣れるようになる」
ジャンネはそんな言葉を投げかけた。
『耳無し』の宿敵とも言える『目無し』から【禁術殺しの禁術】を授かってまで平和を目指している彼だからこそ、説得力のある言葉だ。
「ジェーエル。お前が死んだ後に監獄長補佐官を担う人間は見つけた。今は『耳無し』様の神託を受けながら修行中だ。一日もすれば仕上がるぜ」
「承知しました。であれば、その一日分はギギラ・クレシアを泳がす必要がありますね」
「あぁ。だから明日はギギラ・クレシアよりヤバすぎて決闘に出せていない死刑囚をぶつける。そこでギギラ・クレシアが死ねばラッキーだ」
「承知」
「MCは作戦通りにジェーエルの戦いが始まったら民衆の怒りがジェーエルに向くようにありったけの罵倒を用意しろ」
「それでジェーエルさんの【操り人形】を強化するんですね」
「あぁ。お前の【役割神託】なら余裕だろ?」
「MC。遠慮はいりません。あなたはあなたの仕事をこなしてください」
自分が死ぬことが前提の計画であるというのに、ジェーエルはいつも通りの無表情だ。
その計画に対して、怨嗟も悲しみも感じていない。
ただ、世界の平和を保つために無表情な彼女は動いているのだ。
「へぇ。『耳無し』の信徒達が何をこそこそ集まっているのかと思ったら、面白い話をしているねぇ」
「今回お前は招いていないんだがな、『目無し』」
その瞬間、閉めていた監獄のドアが開いた。
そこから姿を現したのは、フードを身にまとった『目無し』の女だった。
「一応、このコロシアムは私を楽しませてくれる為の物だ。スポンサーに断りなく話を進めるのはどうかと思うよ?」
「ほぉ……あんたとしちゃ、お気に入りのギギラ・クレシアが殺されるのは嫌か?」
「いや?さすがにワンサイドゲームすぎるのも面白くないからねぇ。むしろその逆。私もギギラ・クレシア討伐に一枚かませてほしいのさ」
「へぇ、聞かせてもらおうか?」
「具体的に言うと、ジェーエルちゃんが戦う前日に私の手駒を彼女にぶつけてほしい」
「その提案はこちらとしても助かるが……勝算のある手駒は居るのか?」
「もちろん居るよ。それもギギラと……あの杖なんだっけ……そうそう、バラン君を憎んでる面白いのが居てね」
『目無し』の女は楽しそうに笑っていた。
これからギギラ・クレシアに襲い掛かる試練はきっと何よりも混沌としていて刺激にあふれているだろうから。
彼女よりヤバいと評されている死刑囚との戦いで死ぬ?
それとも自分が見つけた手駒に殺される?
それとも、ジェーエルちゃんにボコボコにされる?
そんな情景を思い浮かべるだけで、『目無し』の女の口角は上がっていた。
「良いだろう。お前の提案を呑んでやる」
「さすが監獄長さんだね~。話が分かる」
「そうと決まれば早速取り掛かるぞ。明日からの3日間、ギギラ・クレシア討伐作戦を開始する」




