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転生会議

掲載日:2026/05/29

目を覚ますと、男は真っ白な空間に立っていた。


足元も頭上もはっきりせず、周囲には薄いもやが漂っている。まるで雲の中に放り出されたようだ。視線の先には、装飾の入った白い扉だけがぽつんと立っていた。


「ここはどこだ? 俺は確か、トラックに轢かれて――」


「テンプレ台詞、助かる」


しわがれた声が聞こえてくる。振り返ると、もやの向こうからひとりの老人が現れた。


白い長髪と胸元まで垂れたひげ。身にまとったローブも真っ白だ。その片手には、古びた木の杖が握られている。


「あなたは?」


「わしは、いわゆる神じゃ」


老人は当然のように言った。


「なんだって!? ということは、俺はもしかして――」


「ああ、死んでしまった。ここは天界だ。この先のお主の転生先を決める場でもある」


「転生?」


男は怪訝な顔をした。


「なんじゃ、今どきそんなことも知らぬのか。生まれ変わりのことだ。現世では、ずいぶん苦労続きだったようじゃな。にもかかわらず、よう頑張ったのう。その頑張りに免じて、来世ではお主にご褒美を与えねばな。さて、どんなチート能力を授けようか……」


神が思案し始めた、そのときだった。


プルルルル、プルルルル――。


真っ白な空間に場違いな電子音が鳴り響いた。


「すまぬ。電話じゃ」


そう言って懐からスマホを取り出すと、神は男に背を向けた。


「はい、神です。……ああ、ホーリー協会さん。……勇者の件ですか。……はい。はい。……なんと、魔王がまた三体も。……いえ、決して乱発しているつもりは……はい。はい。……これ以上勇者を増やすな、と。……仕方ありますまい。……いえ、こちらこそ、とんだご迷惑を……」


電話口に向かって、神は何度も頭を下げていた。


やがて通話を終え、男へ向き直った神は、先ほどまでとは打って変わって暗い顔をしていた。


「何かあったんですか?」


「気にせんでくれ、こちらの話じゃ。……だが、少し片づけねばならん用件ができた。すまぬが、ここで待っていてくれ」


そう言うと、神は杖を持ち上げ、目の前の空間にぐるりと大きな円を描いた。たちまち、そこに黒い裂け目が開く。


呆然とする男をよそに、神はその裂け目に片足を踏み入れた。そこで、ふと思い出したように振り返る。


「決して、そこを動かぬようにな。特に、その扉にだけは、絶対、絶対、触れるでないぞ」


それだけ言い残すと、暗闇の向こうへ消えていった。


***


真っ白な空間の中央に、脚のない丸テーブルが浮かんでいる。周りに並ぶ白い椅子には、五人の天使が腰をかけていた。


皆一様に、テーブル中央に備えつけられた透明な半球を見つめている。そこには、先ほど天界へやって来た男の姿が映し出されていた。


「みな、集まっているようじゃな」


どこからともなく、神が現れた。ゆっくりと上座へ向かい、椅子に腰を下ろすと、ごほんと一つ咳払いをした。


「さて、天使たちよ。集まってもらったのは他でもない。男の今後についてじゃ」


「まだ転生させていないようですね。どうかされたのですか?」


リーダー格の天使Aが尋ねた。


「うむ。それなのだが、昨今の転生ブームの影響で、勇者が大量発生してしまっただろう? おかげで魔王が次々とやられてしまって、どうやら絶滅の危機に瀕しているようなのだ。つい先ほどもホーリー協会から連絡があってな。魔王の数が回復するまで、これ以上勇者を増やすなと言われてしまった」


「ホーリー協会からですか。それは何とかしないといけませんね」


天使Aは真面目な顔で頷いた。


「うむ。そこでだ。転生させるにしても、魔王を倒さぬようにしたいのだ。天使たちよ、何か良い案はないか?」


すると、さっそく天使Aが声を上げた。


「それでしたら、役に立たない能力を与えるのはどうでしょうか? いわゆる外れスキルというやつです」


「おお、確かに。今まではチート能力ばかり授けておったからのう。さすが天使Aだ」


神はうんうんと頷いた。


続いて、間髪入れず、天使Bが手を挙げた。


「外れスキルもいいですが、仲間の力も、魔王にとっては脅威となり得ます。ですから、勇者をパーティーから追放するというのはどうでしょうか?」


「ふむ。外堀から攻めるということか。なるほど、それも良いかもしれんな」


神は満足げにひげを撫でた。


「どんどん良い案が出てくるのう。他には何かないか?」


そう聞くと、天使Cがおずおずと手を挙げた。


「ほう、天使C。お主も何か思いついたのか?」


「はい。ですが、受け入れてもらえるかどうか……」


「そんなこと気にせんでいい。ここは遠慮なく意見を言い合う場じゃ。否定などせぬから、申してみよ」


神が優しく促すと、天使Cは少しほっとしたように顔を上げた。


「いっそ思い切って、勇者をやめてみてはどうでしょうか?」


「勇者をやめる?」


「はい。魔王討伐とは全く無関係な者に転生させるのです」


「ふむ、斬新ではあるが、誰に転生させるかが重要じゃな。何か候補でもあるのか?」


待ってましたとばかりに、天使Cは身を乗り出した。


「例えば、四次元世界の人間に転生させるのはどうでしょうか? その上で、三次元世界を冒険させるのです」


神はがっかりした様子で、深くため息を吐いた。


「訳の分からないことを言うでない。奇をてらいすぎだ」


その言葉に、天使Cはしゅんと肩を落とした。神は一瞬気まずそうな顔を浮かべるも、一つ咳払いをすると話を戻した。


「他にはないか? もう出ぬようなら、天使Aか天使Bの案で多数決を取ろうと思うのだが――」


天使たちを見回した、そのときだった。


「お待ちください」


眼鏡をかけたインテリ風の天使Dが声を上げた。その手元には、分厚い本が開かれている。


「今、他の神々が誰をどのように転生させているかを調べました。天使Aの言った外れスキルや、天使Bのパーティー追放。そのあたりが多いようです」


「おお、やはりそうか」


「はい。ですが、残念なことに――」


天使Dは本を閉じた。


「みな、魔王を倒しています」


「なに!?」


神は目を見開いた。


「どういうことじゃ。外れスキルにパーティー追放だぞ。魔王を倒せるわけがなかろう」


「そのはずだったのですが、外れスキルであっても、それをうまく使いこなしたり、パーティーを追放されても、その先で新たな仲間を見つけたりして、結局みな上手くいってしまうようです」


「何ということじゃ……」


神は額を押さえた。


「そんなに頑張らんでいいものを。これでは、ほんの少しの時間稼ぎにしかならんではないか」


「はい。……ですが、私に一つ妙案があります」


天使Dが眼鏡をくいと上げた。


「妙案?」


「ええ、天使Cの言うように、勇者に転生させなければよいのです」


「……またか。まさかお主まで、四次元世界だの何だの、訳の分からないことを申すのではあるまいな?」


「いいえ、違います。農業です」


天使Dは自信満々に答えた。


「農業とな?」


「はい。辺境の村や森でのんびりと農業でもさせながら、スローライフを送らせるのです」


「ほう。それはまた、何と斬新なアイデアじゃ!」


「ええ。農地開拓に、かわいい女の子たちとの暮らし。魔王討伐など考えもしないでしょう」


そう言って天使Dが満足げに眼鏡を押し上げた、そのとき――


「ばっかじゃないの!?」


呆れたような声が飛んでくる。その乱暴な言い草に、天使Dの眉間にしわが寄った。


「何ですか、天使E。何か文句でもあるのですか?」


「大ありよ。仕事でふらふらになってトラックに轢かれたって記録にあるのに、転生先でもまた仕事させる気? さすがに酷すぎ」


天使Eは片手をひらひらさせた。その仕草に、天使Dの眉間のしわがさらに深くなる。


「そういうあなたは何か良い案があるのですか?」


「当たり前じゃない」


天使Eは得意げに胸を張った。


「悪役令嬢に転生させるのよ」


「悪役令嬢?」


「そう。ただの令嬢じゃないわ。悪役なのがミソね。いい子だと、最悪、勇者とくっついて魔王討伐に出てしまうかもしれないでしょ」


「ふん。まったく。呆れますね」


天使Dは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「ここに来たのは男性ですよ? 女性に転生させてどうするというのです。それに、悪役令嬢だなんて。そちらの方がよほど酷い目に遭いそうじゃないですか」


「だとしても、アンタの農業よりマシよ。そんなの延々やって何が楽しいのよ」


「分かってませんね、スローライフの良さが。まぁ、大人向けですので、あなたの頭で理解するのは難しいでしょうが」


「何ですって!」


「何か?」


二人の間に、一触即発の空気が流れた。


「こらこら、よさぬか。二人とも」


神が慌てて間に入った。


「スローライフに、悪役令嬢。どちらも魔王討伐とは無縁の、とても良い案ではないか」


『なら、どちらにします?』


天使Dと天使Eの声が、ぴたりと重なった。


「うっ、それは……」


言葉に詰まった、そのときだった。天使Cが再び、おずおずと手を挙げた。


「おお、天使C。何かあるのか?」


この空気から逃げる口実を得て、神はほっとしながら声をかけた。


「はい。先ほどの話ですが、例えば、その四次元世界の人間が、滅びる前の星に不時着してしまうというのはどうでしょうか?」


天使Cが言い終えるなり、神は声を荒げた。


「さっきから何を言ってるんだ、お主は。そんな暗そうな話、いったい誰が好き好んで――」


と、そのときだった。


「神様、大変です!」


突然、天使Bが叫んだ。


「ど、どうしたのだ? 急に」


振り返ると、天使Bは青ざめた顔で、中央の半球を覗き込んでいた。


「男が、勝手に転生しようとしています!」


「何じゃと!?」


慌てて半球に目を移す。そこには、あの男の姿が映っていた。


白い扉の前に立ち、今まさにドアノブへ手をかけようとしている。


神は思わず渋い顔をした。


「これだから最近の若者は。我慢というものを知らぬのだから」


「どうしましょう!?」


「大丈夫じゃ。鍵をかけてきたから、そう易々とは――」


言い終えるより早く、男はドアノブをつかみ、力任せに引き始めた。


がちゃがちゃと金具が鳴り、やがて、ぎしりと嫌な音を立てて傾く。


神の顔が、さっと引きつった。


「全く、何と短気な男じゃ。もはや一刻の猶予もない。今すぐ転生先を決めねば!」


「議論している時間もありません! とりあえずパーティー追放でいきましょう!」


天使Bが焦った様子で言う。


「うむ。致し方あるまい。今回はそれで――」


「何を言っているのです!」


天使Dが割り込んだ。


「ほのぼのスローライフの方がいいに決まっています!」


「そ、そうじゃな。天使Dの言う通りだ。それではスローライフで――」


「ばっかじゃないの!」


今度は天使Eが割って入る。


「悪役令嬢に決まってるじゃない!」


そこから先は、もう議論どころではなかった。


「スローライフです!」


「悪役令嬢よ!」


「いや、パーティー追放だ!」


天使Dと天使Eの喧嘩に、天使Bまで参戦したものだから、会議の場は大荒れだ。口論は次第に激しくなり、やがて取っ組み合いにまで発展する。


「こ、こら。お主ら、落ち着かんか。今は争っている場合ではないぞ」


神は慌てて席を立ち、必死に制止しようとした。しかし、三人は一向に聞く気配がない。


その傍らでは、天使Cが誰を止めるでもなく、「滅びの星に不時着がいいな……」とぼそりと呟いていた。


収拾のつかない状況に頭を抱えながら、神は横目で半球を覗く。


男はなおも執拗にドアノブを揺さぶっていた。そのたびに金具がぎしぎしと嫌な音を立て、少しずつ斜めに傾いていく。


「まずい! もう壊されそうじゃ!」


神は思わずうめいた。


「仕方ない。今回はいつも通りチート能力でいこう」


そう言って杖を取り、空間に円を描こうとした、そのときだった。


「お待ちを!」


天使Aが声を上げた。


「止めるな、天使A。もう時間がないのだ」


「ですが、良い方法を思いついたのです」


天使Aは席を立ち、神のそばへ歩み寄った。そして、耳元で何かをささやく。


聞き終えた神の顔に、ぱっと明るさが戻った。


「それはいい!」


神は声を弾ませた。


「天使A。お主は天才じゃ! その案でいこう!」


そう言うと、神は杖を高く掲げた。そのままくるりと小さく三回回したのち、足元をどん、と突く。


たちまち雷鳴がとどろき、争う三人の天使の周囲に稲妻が落ちる。


天使たちは突然の雷鳴にびくりと肩を跳ねさせ、互いに掴みかかったまま固まってしまった。そんな彼らをよそに、神は椅子に腰をかけ、ふぅと息を吐いた。


「ようやく静かになったか。とりあえず、皆、席に着くのだ」


天使たちは顔を見合わせたのち、しぶしぶ席に戻った。


全員が座ったのを確認すると、神はゆっくりと口を開いた。


「さて、男の転生先が決まったぞ」


「本当ですか!?」


天使Bが身を乗り出す。


「うむ。魔王が倒されることもなければ、お主ら皆が納得する、実に良い案じゃ」


神はにこりと微笑んだ。


***


こうして、男の転生先が決まった。


『悪役令嬢に転生した俺、婚約披露パーティーから追放された腹いせに、スキル【ブロッコリー生成】で王太子の屋敷を緑に染める

〜今さら戻せと言われても、もう遅い〜』


なお、その後、男は無事に魔王を倒したという。

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