転生会議
目を覚ますと、男は真っ白な空間に立っていた。
足元も頭上もはっきりせず、周囲には薄いもやが漂っている。まるで雲の中に放り出されたようだ。視線の先には、装飾の入った白い扉だけがぽつんと立っていた。
「ここはどこだ? 俺は確か、トラックに轢かれて――」
「テンプレ台詞、助かる」
しわがれた声が聞こえてくる。振り返ると、もやの向こうからひとりの老人が現れた。
白い長髪と胸元まで垂れたひげ。身にまとったローブも真っ白だ。その片手には、古びた木の杖が握られている。
「あなたは?」
「わしは、いわゆる神じゃ」
老人は当然のように言った。
「なんだって!? ということは、俺はもしかして――」
「ああ、死んでしまった。ここは天界だ。この先のお主の転生先を決める場でもある」
「転生?」
男は怪訝な顔をした。
「なんじゃ、今どきそんなことも知らぬのか。生まれ変わりのことだ。現世では、ずいぶん苦労続きだったようじゃな。にもかかわらず、よう頑張ったのう。その頑張りに免じて、来世ではお主にご褒美を与えねばな。さて、どんなチート能力を授けようか……」
神が思案し始めた、そのときだった。
プルルルル、プルルルル――。
真っ白な空間に場違いな電子音が鳴り響いた。
「すまぬ。電話じゃ」
そう言って懐からスマホを取り出すと、神は男に背を向けた。
「はい、神です。……ああ、ホーリー協会さん。……勇者の件ですか。……はい。はい。……なんと、魔王がまた三体も。……いえ、決して乱発しているつもりは……はい。はい。……これ以上勇者を増やすな、と。……仕方ありますまい。……いえ、こちらこそ、とんだご迷惑を……」
電話口に向かって、神は何度も頭を下げていた。
やがて通話を終え、男へ向き直った神は、先ほどまでとは打って変わって暗い顔をしていた。
「何かあったんですか?」
「気にせんでくれ、こちらの話じゃ。……だが、少し片づけねばならん用件ができた。すまぬが、ここで待っていてくれ」
そう言うと、神は杖を持ち上げ、目の前の空間にぐるりと大きな円を描いた。たちまち、そこに黒い裂け目が開く。
呆然とする男をよそに、神はその裂け目に片足を踏み入れた。そこで、ふと思い出したように振り返る。
「決して、そこを動かぬようにな。特に、その扉にだけは、絶対、絶対、触れるでないぞ」
それだけ言い残すと、暗闇の向こうへ消えていった。
***
真っ白な空間の中央に、脚のない丸テーブルが浮かんでいる。周りに並ぶ白い椅子には、五人の天使が腰をかけていた。
皆一様に、テーブル中央に備えつけられた透明な半球を見つめている。そこには、先ほど天界へやって来た男の姿が映し出されていた。
「みな、集まっているようじゃな」
どこからともなく、神が現れた。ゆっくりと上座へ向かい、椅子に腰を下ろすと、ごほんと一つ咳払いをした。
「さて、天使たちよ。集まってもらったのは他でもない。男の今後についてじゃ」
「まだ転生させていないようですね。どうかされたのですか?」
リーダー格の天使Aが尋ねた。
「うむ。それなのだが、昨今の転生ブームの影響で、勇者が大量発生してしまっただろう? おかげで魔王が次々とやられてしまって、どうやら絶滅の危機に瀕しているようなのだ。つい先ほどもホーリー協会から連絡があってな。魔王の数が回復するまで、これ以上勇者を増やすなと言われてしまった」
「ホーリー協会からですか。それは何とかしないといけませんね」
天使Aは真面目な顔で頷いた。
「うむ。そこでだ。転生させるにしても、魔王を倒さぬようにしたいのだ。天使たちよ、何か良い案はないか?」
すると、さっそく天使Aが声を上げた。
「それでしたら、役に立たない能力を与えるのはどうでしょうか? いわゆる外れスキルというやつです」
「おお、確かに。今まではチート能力ばかり授けておったからのう。さすが天使Aだ」
神はうんうんと頷いた。
続いて、間髪入れず、天使Bが手を挙げた。
「外れスキルもいいですが、仲間の力も、魔王にとっては脅威となり得ます。ですから、勇者をパーティーから追放するというのはどうでしょうか?」
「ふむ。外堀から攻めるということか。なるほど、それも良いかもしれんな」
神は満足げにひげを撫でた。
「どんどん良い案が出てくるのう。他には何かないか?」
そう聞くと、天使Cがおずおずと手を挙げた。
「ほう、天使C。お主も何か思いついたのか?」
「はい。ですが、受け入れてもらえるかどうか……」
「そんなこと気にせんでいい。ここは遠慮なく意見を言い合う場じゃ。否定などせぬから、申してみよ」
神が優しく促すと、天使Cは少しほっとしたように顔を上げた。
「いっそ思い切って、勇者をやめてみてはどうでしょうか?」
「勇者をやめる?」
「はい。魔王討伐とは全く無関係な者に転生させるのです」
「ふむ、斬新ではあるが、誰に転生させるかが重要じゃな。何か候補でもあるのか?」
待ってましたとばかりに、天使Cは身を乗り出した。
「例えば、四次元世界の人間に転生させるのはどうでしょうか? その上で、三次元世界を冒険させるのです」
神はがっかりした様子で、深くため息を吐いた。
「訳の分からないことを言うでない。奇をてらいすぎだ」
その言葉に、天使Cはしゅんと肩を落とした。神は一瞬気まずそうな顔を浮かべるも、一つ咳払いをすると話を戻した。
「他にはないか? もう出ぬようなら、天使Aか天使Bの案で多数決を取ろうと思うのだが――」
天使たちを見回した、そのときだった。
「お待ちください」
眼鏡をかけたインテリ風の天使Dが声を上げた。その手元には、分厚い本が開かれている。
「今、他の神々が誰をどのように転生させているかを調べました。天使Aの言った外れスキルや、天使Bのパーティー追放。そのあたりが多いようです」
「おお、やはりそうか」
「はい。ですが、残念なことに――」
天使Dは本を閉じた。
「みな、魔王を倒しています」
「なに!?」
神は目を見開いた。
「どういうことじゃ。外れスキルにパーティー追放だぞ。魔王を倒せるわけがなかろう」
「そのはずだったのですが、外れスキルであっても、それをうまく使いこなしたり、パーティーを追放されても、その先で新たな仲間を見つけたりして、結局みな上手くいってしまうようです」
「何ということじゃ……」
神は額を押さえた。
「そんなに頑張らんでいいものを。これでは、ほんの少しの時間稼ぎにしかならんではないか」
「はい。……ですが、私に一つ妙案があります」
天使Dが眼鏡をくいと上げた。
「妙案?」
「ええ、天使Cの言うように、勇者に転生させなければよいのです」
「……またか。まさかお主まで、四次元世界だの何だの、訳の分からないことを申すのではあるまいな?」
「いいえ、違います。農業です」
天使Dは自信満々に答えた。
「農業とな?」
「はい。辺境の村や森でのんびりと農業でもさせながら、スローライフを送らせるのです」
「ほう。それはまた、何と斬新なアイデアじゃ!」
「ええ。農地開拓に、かわいい女の子たちとの暮らし。魔王討伐など考えもしないでしょう」
そう言って天使Dが満足げに眼鏡を押し上げた、そのとき――
「ばっかじゃないの!?」
呆れたような声が飛んでくる。その乱暴な言い草に、天使Dの眉間にしわが寄った。
「何ですか、天使E。何か文句でもあるのですか?」
「大ありよ。仕事でふらふらになってトラックに轢かれたって記録にあるのに、転生先でもまた仕事させる気? さすがに酷すぎ」
天使Eは片手をひらひらさせた。その仕草に、天使Dの眉間のしわがさらに深くなる。
「そういうあなたは何か良い案があるのですか?」
「当たり前じゃない」
天使Eは得意げに胸を張った。
「悪役令嬢に転生させるのよ」
「悪役令嬢?」
「そう。ただの令嬢じゃないわ。悪役なのがミソね。いい子だと、最悪、勇者とくっついて魔王討伐に出てしまうかもしれないでしょ」
「ふん。まったく。呆れますね」
天使Dは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ここに来たのは男性ですよ? 女性に転生させてどうするというのです。それに、悪役令嬢だなんて。そちらの方がよほど酷い目に遭いそうじゃないですか」
「だとしても、アンタの農業よりマシよ。そんなの延々やって何が楽しいのよ」
「分かってませんね、スローライフの良さが。まぁ、大人向けですので、あなたの頭で理解するのは難しいでしょうが」
「何ですって!」
「何か?」
二人の間に、一触即発の空気が流れた。
「こらこら、よさぬか。二人とも」
神が慌てて間に入った。
「スローライフに、悪役令嬢。どちらも魔王討伐とは無縁の、とても良い案ではないか」
『なら、どちらにします?』
天使Dと天使Eの声が、ぴたりと重なった。
「うっ、それは……」
言葉に詰まった、そのときだった。天使Cが再び、おずおずと手を挙げた。
「おお、天使C。何かあるのか?」
この空気から逃げる口実を得て、神はほっとしながら声をかけた。
「はい。先ほどの話ですが、例えば、その四次元世界の人間が、滅びる前の星に不時着してしまうというのはどうでしょうか?」
天使Cが言い終えるなり、神は声を荒げた。
「さっきから何を言ってるんだ、お主は。そんな暗そうな話、いったい誰が好き好んで――」
と、そのときだった。
「神様、大変です!」
突然、天使Bが叫んだ。
「ど、どうしたのだ? 急に」
振り返ると、天使Bは青ざめた顔で、中央の半球を覗き込んでいた。
「男が、勝手に転生しようとしています!」
「何じゃと!?」
慌てて半球に目を移す。そこには、あの男の姿が映っていた。
白い扉の前に立ち、今まさにドアノブへ手をかけようとしている。
神は思わず渋い顔をした。
「これだから最近の若者は。我慢というものを知らぬのだから」
「どうしましょう!?」
「大丈夫じゃ。鍵をかけてきたから、そう易々とは――」
言い終えるより早く、男はドアノブをつかみ、力任せに引き始めた。
がちゃがちゃと金具が鳴り、やがて、ぎしりと嫌な音を立てて傾く。
神の顔が、さっと引きつった。
「全く、何と短気な男じゃ。もはや一刻の猶予もない。今すぐ転生先を決めねば!」
「議論している時間もありません! とりあえずパーティー追放でいきましょう!」
天使Bが焦った様子で言う。
「うむ。致し方あるまい。今回はそれで――」
「何を言っているのです!」
天使Dが割り込んだ。
「ほのぼのスローライフの方がいいに決まっています!」
「そ、そうじゃな。天使Dの言う通りだ。それではスローライフで――」
「ばっかじゃないの!」
今度は天使Eが割って入る。
「悪役令嬢に決まってるじゃない!」
そこから先は、もう議論どころではなかった。
「スローライフです!」
「悪役令嬢よ!」
「いや、パーティー追放だ!」
天使Dと天使Eの喧嘩に、天使Bまで参戦したものだから、会議の場は大荒れだ。口論は次第に激しくなり、やがて取っ組み合いにまで発展する。
「こ、こら。お主ら、落ち着かんか。今は争っている場合ではないぞ」
神は慌てて席を立ち、必死に制止しようとした。しかし、三人は一向に聞く気配がない。
その傍らでは、天使Cが誰を止めるでもなく、「滅びの星に不時着がいいな……」とぼそりと呟いていた。
収拾のつかない状況に頭を抱えながら、神は横目で半球を覗く。
男はなおも執拗にドアノブを揺さぶっていた。そのたびに金具がぎしぎしと嫌な音を立て、少しずつ斜めに傾いていく。
「まずい! もう壊されそうじゃ!」
神は思わずうめいた。
「仕方ない。今回はいつも通りチート能力でいこう」
そう言って杖を取り、空間に円を描こうとした、そのときだった。
「お待ちを!」
天使Aが声を上げた。
「止めるな、天使A。もう時間がないのだ」
「ですが、良い方法を思いついたのです」
天使Aは席を立ち、神のそばへ歩み寄った。そして、耳元で何かをささやく。
聞き終えた神の顔に、ぱっと明るさが戻った。
「それはいい!」
神は声を弾ませた。
「天使A。お主は天才じゃ! その案でいこう!」
そう言うと、神は杖を高く掲げた。そのままくるりと小さく三回回したのち、足元をどん、と突く。
たちまち雷鳴がとどろき、争う三人の天使の周囲に稲妻が落ちる。
天使たちは突然の雷鳴にびくりと肩を跳ねさせ、互いに掴みかかったまま固まってしまった。そんな彼らをよそに、神は椅子に腰をかけ、ふぅと息を吐いた。
「ようやく静かになったか。とりあえず、皆、席に着くのだ」
天使たちは顔を見合わせたのち、しぶしぶ席に戻った。
全員が座ったのを確認すると、神はゆっくりと口を開いた。
「さて、男の転生先が決まったぞ」
「本当ですか!?」
天使Bが身を乗り出す。
「うむ。魔王が倒されることもなければ、お主ら皆が納得する、実に良い案じゃ」
神はにこりと微笑んだ。
***
こうして、男の転生先が決まった。
『悪役令嬢に転生した俺、婚約披露パーティーから追放された腹いせに、スキル【ブロッコリー生成】で王太子の屋敷を緑に染める
〜今さら戻せと言われても、もう遅い〜』
なお、その後、男は無事に魔王を倒したという。




