シュークリームと栄養ドリンク≪混沌≫
窓から見える桜の木の葉は落ち切り、枝だけに。
その下を生徒たちはユニホーム姿で走り、グランドからは野球部員の大きな掛け声が響いてくる。
桃子は一息つこうと、外を眺めていた。
金曜日の職員室。
ここには華金なんて言葉は、無い。
先生たちはみんな業務に一区切りを付けたいと、静かで殺伐とした空気の中にいる。
そんな空気をよそに、咲良の声が耳元で聞こえた。
「桃子、終われそう? 帰り、行かない?」
行かない?ってことは[飲み]の誘いだろう。
「うーん、諦めれば終わる。」
やることは延々、ある。
どこで線を引くかで、今日の終わり方が変わるだけ。
「どうする?」
「行こうか。」
桃子は飲みに行くことに決めた。
咲良、この時期に飲みに行きたいって、何かあったのかな。
でも、今日はデイリーリーフには行けないんだろうなぁ。
キーン・コーン・カーン・コーン・・・
学校の屋上にある大きなスピーカーから夕方5時を知らせるチャイムが鳴った。
楽しいことがある日はリズムよく軽快に聞こえ、辛い日はリズムも音も重く聞こえる。
咲良がこちらを見ている。
どうやら、業務にも一区切りつけたよう。
(ここまでで、良いか…)
桃子はデスク周りを整理し、軽く拭き上げ席を立った。
「先生、さよならー」
階段、廊下、すれ違う生徒と挨拶。
職員玄関で咲良と合流。
その時、後ろから、
「お疲れ様、どうしたの?二人そろって。」
上田先生だ…
「偶然、帰りが一緒になっただけですよ。」
「じゃ、僕も偶然仲間だね。」
… … …
「あー?二人で飲みに行くんでしょ?それともスイーツ?僕も偶然仲間だし一緒に行っても良い?」
(こんなことを気付く時だけ鋭い)
「駅まで一緒に帰るだけです。」
「だったら、二人とも車で送ろうか?途中でお茶でもして。」
上田の調子が上がってきた時、
「上田先生とは飲みもスイーツも、まして同じ車内なんてありえません!」
咲良が断ってくれた。
「ごめん、ごめん。お疲れ~、お先に~」
何とか上田先生と関わらずに済んだ。
咲良が居て良かった。
「あいつ、ホント、ウザいよね。生徒からもウザがられてんの気づいてないんだろうね。」
「うん、ちょっとね。」
「ね、今日は駅の近くでいい?」
咲良が駅の近くってことはあそこか。
これまでも何回か一緒に行ったことのある店。
駅の近く…デイリーリーフも近いなぁ。
駅まで歩く間、
咲良は上田のことをはじめ、後輩のこと、保護者のこと。
学校での悩みを話してきた。
「うん、うん」
いつも聞き役。
てっきり、飲む時にそんな話を聞いて欲しいのかと思っていた。
表通りから一本入った、路地の途中に店はある。
プレハブ小屋のような簡素な外観。
換気扇から出る煙と窓から漏れる灯りが看板の代わりをしている。
この店、カウンター席しかない。
前に咲良と来たときは待っても、待っても、席が空かなくて諦めたことがあった。
今日は席が二つ空いている。
「毎度!いらっしゃい!」
「今日、ありがとね」
短いやり取りで、席が二つ空いている理由が解った。
この店、焼き肉屋、というよりホルモン屋さん。
シロが美味しい店。
塩も漬け込んだ醬油ダレも味噌ダレも。
周りは私たち以外、ほとんどが男性客。
そんな中での二人女子会。
とりあえず生で乾杯。
「なんかね、何か最近、上手くいってないんだよね。」
「彼?」
「そう。前はね休みって言ったら合わせてくれたのに最近、[あ、ごめん、その日は]なんて言ってくるのよね。」
「何か予定でもあるんじゃない?」
「最初は休み合わせてくれたのにね。桃子もわかるでしょ、休みなかなか取れないの。」
「やっと休み取れても、会ってくれないと淋しいね。」
「淋しいを通り越してね、ムカついてきてる。」
咲良はそう言って、ビールを一気に飲み干した。
桃子はここ数年、恋愛を後回しにしてきた。
休みが取れなくて、困ることも無かった。
今も…
「ムカつくってことはまだ好きってことでしょ?」
「まぁ、ね。で、桃子はどうなのよ?そんな話、全然しないよね。」
「全然ないよ。ちょっと気になる人はできたけど。」
「なになに、好きな人できたの?」
「好き、とかじゃない気がしてるんだけど… 気になるだけ。」
「もう、気になるって。好きになっちゃたんでしょ?行っちゃいなよ。」
会えたらいいなって思ってるだけ。
ただ、それだけ。
帰りにデイリーリーフに寄れれば…
ただ、そうしたいだけ。
お互い、何かに気付いた頃、終電が気になる時間。
咲良と駅に向かい歩く。
途中、デイリーリーフが気になった。
でも、
駅に向かう歩みは止めなかった。




