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アルドが勝てば勝つほど、
《ネリネの円環》には観客が集い、
輝かしいものとなっていく。
青年の勝利は全て、“ミアのための望み"だった。
この国では余り流通していない手話の書。
数多の仕事をこなす荒れた手を癒す保湿剤。
黒地に琥珀の光が美しく輝く布は、
首元の傷を隠すために。
青年は全ての勝利を手にする美しい男として、
世間に騒がれていく。
闘技の日に、ミアがアルドの闘技を見ることは決してない。
勝利で得たものを彼女に渡す時、
アルドは「俺の闘いは、見るな」とだけ言った。
その上でミアは首元に布を巻き、何も変わらず、地下の誰にでも優しいままだった。
アルドは2人きりの時だけ、
彼女を「ルミ」と呼んだ。
意味はない。
彼の世界にとって、
彼女だけが“光”だった。
ミアはただ信じて、
闘技の終わりを示す高い鐘の音を待つ。
いつもの通路で、いつものように座る。
そしてその日、
アルドは、いつも通り勝った。
次に響いたのは、
いつもの地鳴りと歓声ではなかった。
「王国騎士団だ!
この闘技場を、王命により封鎖する!」
鉄がぶつかる音。
逃げ惑う人々の悲鳴。
それを押し止めんとする怒号。
世界が、音を立てて壊れ始める。
アルドは、客席を見なかった。
騎士を見なかった。
ただ、返り血もそのままに地下へと向かった。
いつもの通路で、
ミアは一人待っていた。
外がどれほど騒がしくても、
彼女は、いつも通り指で問いかける。
――だいじょうぶ?
アルドは、血に濡れたまま短く頷く。
その2人の間に、
澄んだ声が割り込んだ。
「……手話か。」
振り返ると、
そこには汚れ一つない騎士服を纏い、
ランタンを片手にもつ青年が立っていた。
ミアの首元には、アルドの色の布。
アルドは、血と泥に塗れている。
騎士は、正義を着て、光の中にいる。
同じ場所に立ちながら、
3人は全く違う世界から来ていた。
2人だけの言葉に、
初めて、“外の世界”が触れた瞬間だった。




