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幸せな思い出  作者: 厚揚げさん
ネリネ
5/43

1-5

アルドが勝てば勝つほど、

《ネリネの円環》には観客が集い、

輝かしいものとなっていく。


青年の勝利は全て、“ミアのための望み"だった。

この国では余り流通していない手話の書。

数多の仕事をこなす荒れた手を癒す保湿剤。

黒地に琥珀の光が美しく輝く布は、

首元の傷を隠すために。


青年は全ての勝利を手にする美しい男として、

世間に騒がれていく。


闘技の日に、ミアがアルドの闘技を見ることは決してない。


勝利で得たものを彼女に渡す時、

アルドは「俺の闘いは、見るな」とだけ言った。

その上でミアは首元に布を巻き、何も変わらず、地下の誰にでも優しいままだった。


アルドは2人きりの時だけ、

彼女を「ルミ」と呼んだ。

意味はない。

彼の世界にとって、

彼女だけが“光”だった。


ミアはただ信じて、

闘技の終わりを示す高い鐘の音を待つ。

いつもの通路で、いつものように座る。


そしてその日、

アルドは、いつも通り勝った。


次に響いたのは、

いつもの地鳴りと歓声ではなかった。


「王国騎士団だ!

 この闘技場を、王命により封鎖する!」


鉄がぶつかる音。

逃げ惑う人々の悲鳴。

それを押し止めんとする怒号。

世界が、音を立てて壊れ始める。


アルドは、客席を見なかった。

騎士を見なかった。

ただ、返り血もそのままに地下へと向かった。


いつもの通路で、

ミアは一人待っていた。

外がどれほど騒がしくても、

彼女は、いつも通り指で問いかける。


――だいじょうぶ?


アルドは、血に濡れたまま短く頷く。


その2人の間に、

澄んだ声が割り込んだ。


「……手話か。」


振り返ると、

そこには汚れ一つない騎士服を纏い、

ランタンを片手にもつ青年が立っていた。


ミアの首元には、アルドの色の布。

アルドは、血と泥に塗れている。

騎士は、正義を着て、光の中にいる。


同じ場所に立ちながら、

3人は全く違う世界から来ていた。


2人だけの言葉に、

初めて、“外の世界”が触れた瞬間だった。


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