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馬車の中。
夕方の光に包まれたミアが、
はしゃぎ疲れたのか眠そうに窓を眺めている。
アルドはその横で、
彼女の頭を自身の肩に引き寄せていた。
セオドアは一度唇を湿らせてから口を開いた。
「……実は、王都から正式な要請が来ている。」
向かいに座る二人の視線がセオドアに集まる。
ーー要請?
「ああ。」
「《ネリネの円環》が誇った闘技者を、
一度見てみたいと…。」
静寂が広がる中、
セオドアの脳裏には一日の出来事が、
断片のように浮かんでは消えていった。
火を吐く大道芸に、思わず身をすくめた顔。
次の瞬間、舞い落ちる紙吹雪に、
子どものように目を輝かせた横顔。
路地で泣く幼子の前に膝をついて手を握り、
懸命に“安心”を伝えていた指。
人波に呑まれそうになった瞬間、
何も言わず差し出される、影のような腕。
そこに躊躇なく身を預ける、小さな背中。
そのすべての隣には、
必ず琥珀の青年が立っていた。
守るように。
囲うように。
それをセオドアは見つめることしか出来なかった。
アルドは、
ミアの髪に顔を埋めたまま何も言わない。
娘は瞬きをひとつしてから、
騎士の男を見てゆっくりと指を動かした。
ーーそれってアルドだけ?
ーー私は行っちゃダメなの?
その問いは、
責めるようでも、縋るようでもなく、
ただ“確かめる”ための形をしていた。
セオドアは、一瞬だけ目を伏せる。
「要請に書かれているのは、
“闘技奴隷アルド”だけだ。」
ミアは、少しだけ考えるように瞬きをしてから、
アルドの腕の中で身体を起こした。
そして、
セオドアではなく、アルドの方を見た。
ーーじゃあ、行かないね。
あまりにもあっさりとした指だった。
アルドが瞬きをして、ミアを見る。
ーーアルドはきっと行きたくないんだよね?
ーー私も私が行けない場所に、
ーーアルドに行って欲しくないよ。
その言葉は、
疑問でも提案でもなかった。
“当たり前”を口にしているだけかのように
淀みなく指は動く。
ーー私ね、今日すごく楽しかった。
ーー外ってきれいで、
ーー甘くて色んな音がして、
ーーちょっと怖くて。
ーーでも、
ーーアルドが隣にいるなら、
ーーどこでも大丈夫だって思えた。
ミアは、そっとアルドの胸に指を当てる。
ーー私はアルドみたいに、
ーー貴方を守れないけれど。
ーーアルドも同じように
ーー思ってくれてると嬉しいな。
私が行けない場所に、
アルドが無理に行く意味もないよ。
そこで指を止めて、微笑んだ。
セオドアは何も言えなかった。




