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模擬戦後、
何故か苦しそうな表情をしたセオドアから
暫くこの砦でゆっくり休んでほしいと言われた二人は、
ネリネとは全く違う日常を過ごしていた。
朝囀る鳥の声と淡い日差しで目を覚ます。
毎日三食、見たこともない温かな食事をとる。
アルドと二人、
時にはセオドアを含めて会話をする。
低い鐘も高い鐘の音も聞こえない穏やかな日々。
日にちを重ねるにつれ、
気づけば娘は騎士団の小さな仕事を手伝うようになっていた。
汚れた騎士服の洗濯、
傷ついた者の手当て、
手が回らない場所の清掃、
料理の下ごしらえまで。
砦の騎士達の目を見ていつも微笑む
娘に周囲の警戒は徐々に薄れてゆく。
そのすべてを、
琥珀の瞳を持つ青年は隣で見ていた。
その穏やかさは、アルドにとって
“救い”であると同時に、
“異物”でもあった。
洗い終えた騎士服を干すミアの背中。
傷の手当てを終え、
「ありがとう」と頭を下げられる瞬間。
擽ったそうに風を浴びながら窓を磨く横顔。
初めて作る料理の味見を、と己に差し出す指。
見知らぬ者の声に
彼女が自然に微笑み返す様子。
誰も彼女を傷つけない。
誰も彼女を奪おうとしない。
この砦では、
"何かを終わらさなくても"
彼女と共にいられる時間が流れている。
かつての地下では、
決して存在しない光景だった。
"ルミ"が笑ってる。
それなのに胸の奥に、
名のないざらつきが溜まっていく。
その視線が、
自分以外のものに向くたび。
その指が、
自分以外の誰かに向けて動くたび。
琥珀の瞳は、微かに色を変えていた。
「……戻るぞ。」
夕刻、
仕事を終えた彼女の手を取りながら、
アルドは短く告げる。
「本当にすまない!
もう少しだけ手を貸してくれないか!?」
頭を下げる見知らぬ騎士服の男に、
笑顔で頷き、アルドに許可をとる細い指。
その“もう少し”が、
日に日に増えていることを、
アルドは正確に理解していた。
だが、
それを止める言葉を、
彼は持たない。
"ルミ"が笑っている限り、
アルドは否定できない。
否定すれば、
それは“彼女の光”を
自分の手で遮ることになるから。
だから彼は何も言わず、
ただ隣に立ち続けていた。




