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馬車の扉が閉じられると、
外の音は一気に遠のいた。
軋む木の音と、蹄が石を打つ振動だけが、
規則正しく揺れを伝えてくる。
ミアは景色を見るために窓際に座りたがったが、
アルドはそれを許さなかった。
それでも彼女は外を覗こうとして身を乗り出す。
青年は外套の端で彼女の肩を包むように引き寄せた。
「……揺れる。転ぶぞ。」
――大丈夫。
――アルドがいるから。
その指にセオドアは思わず目を留める。
地下でも感じたが、
この国でも学のある者しか学ぶ機会のないはずの手話を滑らかに使いこなしている。
しばし逡巡したのち、彼は不器用に指を動かす。
--こんにちは。
言葉として知識で覚えてはいるが、
自身が使うのは初めてだ。
拙い形でも意味は通じたようでミアの顔が、
ぱっと明るくなる。
――こんにちは。
その返答に、セオドアは小さく息を吐いた。
「その…君は、どうやってこれを覚えたんだ?」
ミアは一度、アルドを見る。
青年は視線を窓の向こうへ固定し、
何も言わない。
ミアは、ゆっくりと指を動かした。
――アルドが
――くれた
――本
「本?君は文字まで読めるのか?
……こんな聞き方は失礼だな、すまない。」
セオドアが申し訳なさそうに身をすくめるのを見て、ミアは手を振りながら笑う。
――アルドは
--声を出せない私に
--文字も手話も与えてくれた。
--今あなたと話せてるのも、ぜんぶ
--アルドの勝利のおかげ。
言葉が繋がった瞬間、
セオドアの胸に、重たいものが落ちた。
勝つ。
それは、誰かを殺すということだ。
「……その本は、君のために?」
ミアは迷いなく頷くと、暫く考えた後
ぎこちなく指を動かした。
--アルドの願いは
--全部私のためだった。
--私がどんなに言っても、
--アルドが自分のために願うのを見たことない。
悲しそうに眉を寄せる彼女を横目に、
アルドは淡々と口を開いた。
「俺の願いだ。
あそこは勝つだけで良かったから楽だった。」
誇りも後悔もない声だった。
ただ事実を述べるだけの、静かな声。
この青年は、
“外”を、彼女に渡すために、
剣を振るい続けてきたのだとセオドアは悟った。
ふと場に落ちた沈黙をほどくように、
ミアは明るい表情を浮かべると
--アルドにばっかり
--大変な思いをさせちゃった。
--誰かと話せるのも、
--外に出れたのも本当にアルドのおかげ。
と大きく指を動かした。
「別に大変じゃない。
お前ともっと話したかったのは俺だ。」
外はついでだな、と何食わぬ顔で話すアルド。
彼は、"外"に出たかったのではない。
ただ、“彼女と話せる世界”が欲しかっただけなのだ。
馬車は揺れながら、ゆっくりと動き出していた。




