光を追いかけて
「おはよう」
何十回も何百回も君にかけた言葉を今日もかける。
おはようと言っても、別に今は朝じゃない。君がさっき起きたからだ。
眠い目を擦りながら起き上がる君に、タオルを投げ渡す。
「寝てたの?」
「昼寝が長かったんだよ」
「昼寝って、もう夜も遅いよ」
合鍵を使って家に入って、君が起きる前に家事を少し済ませておく。
友人達複数人に君が鍵を投げ渡した時にいっしょに貰っておいたから、ありがたく日常で使わせてもらっている。
君は何かに夢中になると、すぐに周りに物が散らかり始めるからね。
「どうしたの。元気ないね」
「ちょっと嫌なことがあったんだ」
やけに落ち込んだ顔をしていたから声を掛けたら、案の定何かあったようだった。
君は声にも顔にも出るからね、分かりやすいんだ。
それならばと、君の好きなご飯を軽食に作ってみたり、君の好きなデザートをおやつに出してみたりした。
この家の冷蔵庫は友人全員に解放されているものだから、これ幸いと皆の好きなものを買ってきては詰め込むことを最近の日課としている。もちろん家主の君の分もね。
半分くらいシェアハウスで、半分くらいアトリエのような使い方をしているこの家は、僕にとっても君にとっても友人達にとっても幸せな場所だ。
なんでかって、今日の君みたいに誰かが元気がないときに、皆で支え合えるから。
さて、美味しいものを食べてみた結果だけど、君の元気が戻ることはなかった。
ずっとしょんぼりした顔をしている。これは良くないね。
大好きなボードゲームでも、暖かくて甘い飲み物でも、君の顔色が戻ることはない。
いつもなら、すぐに楽しそうな笑顔を見せてくれるのに。
「ごめん、やっぱリフレッシュできそうにないや」
申し訳なさそうに言うその姿も、なんだか放置してられなくて。
僕は咄嗟に、机の上に無造作に置いてあった鍵を掴んだ。
「ねえ、ちょっと出かけようか」
深緑色に艶めく車をガレージから転がして、助手席に君を呼び込む。
良いエンジン音が体の芯まで響き渡るのが好きだ。自分の心臓の鼓動が、段々と車の音にシンクロしてきて、まるで車までもが体の一部かのような気持ちになってくる。
少し冷たくなってきた夜風を頬に浴びながら、窓を開けて海岸線を走らせることにした。
車の走行距離が増えていくのにつれて、少しずつ何でもないくだらない笑い話が車内に広がっていく。
嫌なことがあったなら、忘れられるぐらい楽しい話を沢山すればいい。
気分が少しずつ高揚してきた僕たちとは裏腹に、外に広がる海は穏やかだ。
水平線の向こう側から、夜空を裂く朝日の気配が漂ってくる。
峠に差し掛かって、海が開けてよく見えるところまで来た時、その光はゆっくりと顔を出そうとしていた。
「ねえ、ほら。綺麗だよ」
「うん。明るいね」
濃紺色だった空が、澄んだ朝焼けの明るい色に書き換えられていく。
輪郭を見せ始めた朝日が、僕たちの目に光を投げかけてきた。
何物にも代えがたい美しい景色に、君が息を呑む声がする。
ああ、もう大丈夫だろう。
そう思えるほどに満ち足りた笑顔が僕の隣にあった。
「すっきりした? 大丈夫そうなら、ハンバーガーのドライブスルーして帰らない?」
「いいよ、コーラ飲みたいな」
こんな日は、朝からジャンクな物を食べて、最高の一日にするのがいい。
僕はハンドルを切って、市街地にあるハンバーガーショップへとタイヤを転がすことにした。
「次、僕がしょんぼりした時には、君が海へ連れてきてよ」
「分かった、じゃあ水着の準備でもしておかないとね」
「君はこういう時、やる気を出しすぎるんだ。この前だって大騒ぎだっただろ。ほどほどにしてくれよ」
かつて、僕を朝にしてくれた朝陽へ。
君が夜になる時は、僕が朝にするから。
ずっと笑っていてくれ。




