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街の記憶  作者: 山谷麻也


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8/8

最終話 横丁よ永遠に


 仕事で新宿などに出かけた時を除いて、横丁へはほぼ皆勤状態だった。

 お母さんの店には事務所の社員、クライアントのほか視覚障害者の会の仲間もよく同伴した。妻も公認していて、子供たちやその友人も連れて行ったことがある。


 実のところ、突き出しは大した物が出なかった。

 定番は白菜の漬物だった。いい味をしていた。ところが、化学調味料を粉雪のように振り、挙句の果ては醬油をたっぷりとかける。

「塩分とり過ぎになるよ」

 注意すると「えへへ」と笑って舌を出す。

 フィードバックしないらしく、毎回これだった。


 水商売としては不調法な部類だった。

 小杉のグラスに、横から何か入れたようだった。

「今なにしたの?」

「氷が解けちゃったみたいだから入れたの」

 お母さんは叱られた子供のように、肩をすくめた。

「それはいいけど、どこに素手で氷をつかむ店がある!」

 お母さんはやはり「エヘヘ」と笑って舌を出した。


 飲んでいると、誰もいないはずの二階に人の気配がした。

 トイレという生理現象には勝てなかったのか、降りてきた男がいた。たまに見かける客だった。

「お父さんなの。えへへ」

 もちろん実父は()うに他界していた。

「籍いれてもらったの」

 うれしそうに「えへへ」と舌を出した。

 密かに温めてきた愛のようだった。


 人世横丁のママたちも高齢化していれば、客もまた高齢化していた。客層は固定化し、店は年々寂れる一方だった。

 ママさんたちがよくお茶を引いていた。横丁に人通りのない夜などは

「あのママ、呼んであげようか」

 と声を掛け合ったりもしていた。


 小杉は何度か佳扇のお母さん、深山のママと一緒に飲んだ。

 そんな時、お母さんは全盛期の横丁の話をしてくれた。

 青江三奈『池袋の夜』のキャンペーンの話、沖雅也(注七)が近くに住んでいた話などは興味深く聞いた。今は昔だった。


 小杉が横丁に通うようになって一〇年あまりが経とうとしていた。

 目の病気が分かった当初、視覚障害者の会の仲間たちは

「小杉さんの場合、ずっと見えてますよ」

 と口々に言ってくれた。何の根拠もないことは承知していても、ついそんな気になっていた。

 視力にはあまり衰えを感じなかった。通勤時に裸眼で文庫本が読めた。ただ、視野は確実に狭くなってきていた。特に、人ごみの中を歩くのは、神経をすり減らした。


 妻と、高校生の長男を頭に子供が計四人いた。この先、何年、編集プロダクションが続けられるか心細いものがあった。決断の時が迫っていた。


「会社は社員に譲って専門学校に行き、鍼灸師の免許が取りたい」

 妻に告げた。

「見えなくなってるの?」

 小杉はうなずいた。


 かねて考えていたのか、妻は若い頃に取っていた看護師の免許を活かし、地元の病院に働きに出た。


(五〇を過ぎて新たな勉強を始めるのは、大変かな)

 という気持ちから、小杉は二〇〇一年四月、四九歳で専門学校に入学することにした。


 三月末、お世話になった方々を招いて、横丁近くのかんぽヘルスプラザで感謝の集いを開いた。お母さんの寂しそうな顔がひときわ目を引いた。

 その夜はかんぽに宿を取った。目が冴えて、いつまでも寝つかれなかった。

(今なら、まだ引き返すことができるのでは…)

 そんな思いと戦いながら、小杉は寝返りを打っていた。


 三年後の四月、自宅近くで開業した。お母さんの店には同年六月、護国寺で東洋医学の学会があった際、帰りに立ち寄った。

 深山のママは店を手伝っていた男性と西池袋に越した、と聞いた。

 あのママも苦労の多い人生だった。今度こそ、幸せをつかんでほしかった。


 仲間がいたので、あまり話ができなかった。その上、酔った仲間が店に迷惑をかけてしまった。ずっと気がかりだった。


 あれがお母さんに会った最後だと思っていた。ところが、二〇〇七年三月に旧友三人で訪れていたことが判明した。

 高校三年のクラスメイト、学部・学科こそ違え同じ大学という無二の親友である。


 そのうちの一人の記録によると、同夜、二度お母さんの店に顔を出している。よほど未練があったのだろう。

 送信してくれた証拠写真には、お母さんと一緒に、謎の大柄な美人が写っていた。酔っ払って記憶が飛んでいるが、思い当たる人物は、一人しかいなかった。


 翌年八月、都市再開発により、人世横丁の灯が消えた。


(注七)沖雅也(おきまさや)(一九五二―一九八三):俳優・歌手。テレビドラマ『必殺シリーズ』『太陽にほえろ!』などで人気を博した。一時期、東池袋に住み、バーに勤務。京王プラザホテル四七階から飛び降り自殺し、日本中に衝撃を与えた。


 あとがき


 筆者が都市再開発で大きく姿を変えていく街にこだわるのは、生まれ育った村が「限界集落」を通り越して、消滅寸前だからかも知れません。ある意味、「消滅都市」は日本全国に生まれようとしています。

 果たして、都市再開発が人々に幸せをもたらしているのか。いろいろな角度から検証してみる必要があります。


 恥ずかしながら、本作に出てくる横丁をずっと「人生横丁」と思っていました。

 横丁で飲んだ時、友人が入り口の看板を見上げて気づきました。

「はあ⁉ 人世横丁って書くんだ」


 なぜ、人世横丁と命名されたかは、第5話に出てきました。

 人はいても集える横丁がない街―—。日本は、なんとも生きづらい社会になったものです。


[本作品はフィクションです。登場人物や飲食店・団体等は実在のものとは関係がありません]


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