最終話 横丁よ永遠に
仕事で新宿などに出かけた時を除いて、横丁へはほぼ皆勤状態だった。
お母さんの店には事務所の社員、クライアントのほか視覚障害者の会の仲間もよく同伴した。妻も公認していて、子供たちやその友人も連れて行ったことがある。
実のところ、突き出しは大した物が出なかった。
定番は白菜の漬物だった。いい味をしていた。ところが、化学調味料を粉雪のように振り、挙句の果ては醬油をたっぷりとかける。
「塩分とり過ぎになるよ」
注意すると「えへへ」と笑って舌を出す。
フィードバックしないらしく、毎回これだった。
水商売としては不調法な部類だった。
小杉のグラスに、横から何か入れたようだった。
「今なにしたの?」
「氷が解けちゃったみたいだから入れたの」
お母さんは叱られた子供のように、肩をすくめた。
「それはいいけど、どこに素手で氷をつかむ店がある!」
お母さんはやはり「エヘヘ」と笑って舌を出した。
飲んでいると、誰もいないはずの二階に人の気配がした。
トイレという生理現象には勝てなかったのか、降りてきた男がいた。たまに見かける客だった。
「お父さんなの。えへへ」
もちろん実父は疾うに他界していた。
「籍いれてもらったの」
うれしそうに「えへへ」と舌を出した。
密かに温めてきた愛のようだった。
人世横丁のママたちも高齢化していれば、客もまた高齢化していた。客層は固定化し、店は年々寂れる一方だった。
ママさんたちがよくお茶を引いていた。横丁に人通りのない夜などは
「あのママ、呼んであげようか」
と声を掛け合ったりもしていた。
小杉は何度か佳扇のお母さん、深山のママと一緒に飲んだ。
そんな時、お母さんは全盛期の横丁の話をしてくれた。
青江三奈『池袋の夜』のキャンペーンの話、沖雅也(注七)が近くに住んでいた話などは興味深く聞いた。今は昔だった。
小杉が横丁に通うようになって一〇年あまりが経とうとしていた。
目の病気が分かった当初、視覚障害者の会の仲間たちは
「小杉さんの場合、ずっと見えてますよ」
と口々に言ってくれた。何の根拠もないことは承知していても、ついそんな気になっていた。
視力にはあまり衰えを感じなかった。通勤時に裸眼で文庫本が読めた。ただ、視野は確実に狭くなってきていた。特に、人ごみの中を歩くのは、神経をすり減らした。
妻と、高校生の長男を頭に子供が計四人いた。この先、何年、編集プロダクションが続けられるか心細いものがあった。決断の時が迫っていた。
「会社は社員に譲って専門学校に行き、鍼灸師の免許が取りたい」
妻に告げた。
「見えなくなってるの?」
小杉はうなずいた。
かねて考えていたのか、妻は若い頃に取っていた看護師の免許を活かし、地元の病院に働きに出た。
(五〇を過ぎて新たな勉強を始めるのは、大変かな)
という気持ちから、小杉は二〇〇一年四月、四九歳で専門学校に入学することにした。
三月末、お世話になった方々を招いて、横丁近くのかんぽヘルスプラザで感謝の集いを開いた。お母さんの寂しそうな顔がひときわ目を引いた。
その夜はかんぽに宿を取った。目が冴えて、いつまでも寝つかれなかった。
(今なら、まだ引き返すことができるのでは…)
そんな思いと戦いながら、小杉は寝返りを打っていた。
三年後の四月、自宅近くで開業した。お母さんの店には同年六月、護国寺で東洋医学の学会があった際、帰りに立ち寄った。
深山のママは店を手伝っていた男性と西池袋に越した、と聞いた。
あのママも苦労の多い人生だった。今度こそ、幸せをつかんでほしかった。
仲間がいたので、あまり話ができなかった。その上、酔った仲間が店に迷惑をかけてしまった。ずっと気がかりだった。
あれがお母さんに会った最後だと思っていた。ところが、二〇〇七年三月に旧友三人で訪れていたことが判明した。
高校三年のクラスメイト、学部・学科こそ違え同じ大学という無二の親友である。
そのうちの一人の記録によると、同夜、二度お母さんの店に顔を出している。よほど未練があったのだろう。
送信してくれた証拠写真には、お母さんと一緒に、謎の大柄な美人が写っていた。酔っ払って記憶が飛んでいるが、思い当たる人物は、一人しかいなかった。
翌年八月、都市再開発により、人世横丁の灯が消えた。
(注七)沖雅也(一九五二―一九八三):俳優・歌手。テレビドラマ『必殺シリーズ』『太陽にほえろ!』などで人気を博した。一時期、東池袋に住み、バーに勤務。京王プラザホテル四七階から飛び降り自殺し、日本中に衝撃を与えた。
あとがき
筆者が都市再開発で大きく姿を変えていく街にこだわるのは、生まれ育った村が「限界集落」を通り越して、消滅寸前だからかも知れません。ある意味、「消滅都市」は日本全国に生まれようとしています。
果たして、都市再開発が人々に幸せをもたらしているのか。いろいろな角度から検証してみる必要があります。
恥ずかしながら、本作に出てくる横丁をずっと「人生横丁」と思っていました。
横丁で飲んだ時、友人が入り口の看板を見上げて気づきました。
「はあ⁉ 人世横丁って書くんだ」
なぜ、人世横丁と命名されたかは、第5話に出てきました。
人はいても集える横丁がない街―—。日本は、なんとも生きづらい社会になったものです。
[本作品はフィクションです。登場人物や飲食店・団体等は実在のものとは関係がありません]




