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昼休み、健一は小林と一緒に会社の屋上にいた。東京の高層ビル群が見渡せる開放的な空間で、他に誰もいない。技術的な話を深く掘り下げるには最適な場所だった。
「デジタル・フォレンジックの基本は、見た目では分からない隠れた証拠を見つけることだ」小林は缶コーヒーを片手に説明を始めた。「SNSのアカウントを調べる場合、まずメタデータから始める」
「メタデータというと、投稿時刻や位置情報ですか?」
「それもあるが、もっと深い部分がある。例えば、画像ファイルのEXIFデータ、IPアドレスの履歴、デバイス情報、ブラウザのフィンガープリンティング。これらを総合的に分析すると、アカウントの真の性質が見えてくる」
健一は手帳にメモを取りながら聞いていた。「具体的にはどんなツールを使うんですか?」
「市販のツールもあるが、君のプログラミングスキルなら自作できる。Python のライブラリを組み合わせれば、かなり高度な解析ができるよ」
小林は、具体的なライブラリ名やAPI の使い方を詳しく説明してくれた。画像認識用のOpenCV、メタデータ抽出用のExifRead、ネットワーク解析用のScapy。健一は全てを記録し、頭の中で実装方法を想像していた。
「それから、投稿パターンの分析も重要だ。人間には生活リズムがあるから、投稿時間に一定のパターンが生まれる。しかし、AIが管理するアカウントは、そのパターンが不自然になることが多い」
「どんな風に不自然になるんですか?」
「例えば、深夜3時に毎日投稿するとか、1時間おきに規則正しく投稿するとか。人間なら体調や気分で投稿タイミングがばらつくはずだ。また、複数のアカウントが全く同じタイミングで投稿することも、システム管理の証拠になる」
健一の心臓が高鳴った。グループチャットでの同級生たちの行動パターンが、まさにその特徴と一致していた。
「もう一つ重要なのは、言語の癖だ」小林は続けた。「AIは学習データに基づいて文章を生成するから、どうしても統計的な偏りが生まれる。語彙の選択、文章構造、句読点の使い方。人間の自然なばらつきとは異なる規則性が現れる」
「それは週末に試してみました。確かに、異常な規則性が見つかりました」
「おお、やるじゃないか。それで、調査の結果はどうだった?」
健一は迷った。ここまで技術的な興味として話してきたが、真実を話すべきか。
「実は…」健一は声を低めた。「その不審なアカウントというのは、僕の高校の同級生たちなんです。そして、全員がすでに亡くなっていることが分かりました」
小林の表情が一変した。缶コーヒーを持つ手が止まり、真剣な眼差しで健一を見つめる。
「それは…かなり深刻な話だな。詳しく聞かせてくれ」