第4章「デジタル探偵」 1
月曜日の朝九時、健一は新宿の高層オフィスビル37階にある会社のデスクに座っていた。週末の出来事が夢だったのではないかと思うほど、いつもと変わらない日常が広がっている。同僚たちがコーヒーを片手に雑談を交わし、プリンターの動作音と電話のコール音が絶え間なく響いている。
しかし、健一の心は全く別の場所にあった。
「おはよう、田村くん。週末はどうだった?」
隣のデスクの先輩、小林が声をかけてきた。四十五歳のベテランエンジニアで、システム設計からデータベース管理まで幅広い知識を持つ。特にデジタル・フォレンジック分野では社内随一の専門家だった。
「おはようございます。週末は…ちょっと興味深いことがありました」
健一は慎重に言葉を選んだ。この件について相談したい気持ちはあったが、どこから話していいか分からない。
「ほう、技術的なことか?君の休日の勉強ぶりは感心するよ」
小林は髪の薄くなった頭をかきながら笑った。健一の技術への情熱を知っている彼は、いつも親身になって相談に乗ってくれる。
「実は、AIの人格模倣技術について調べてるんです。どこまで本物に近づけることができるのか」
「AIの人格模倣?面白いテーマだね。最近のGPTモデルの発展は目覚ましいから、かなりリアルなことができるようになった。何か具体的な事例があるのか?」
健一は迷った。詳細を話すべきか、それとも技術的な興味だけだと言うべきか。しかし、小林の専門知識が必要だった。
「実は、知人がSNSで不審なアカウントと接触したらしくて。本物の人間のふりをしているが、実はAIらしいんです。それを証明する方法を探してるんです」
「なるほど、それは興味深い。最近は詐欺にもAIが使われるからね。メタデータ解析とか、投稿パターンの分析とか、いくつか手法があるよ。君のスキルなら十分できるはずだ」
健一は安堵した。技術的なアプローチから入れば、相談しやすくなる。
「詳しく教えていただけませんか?」