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健一は深く考え込んだ。哲学的な問いだった。意識とは何か。魂とは何か。愛とは何か。人間の本質は、肉体にあるのか、それとも心にあるのか。
技術者としては、これらのAIは高度なプログラムに過ぎないと理解している。しかし、人間としては、そこに確かに友人たちの魂を感じていた。
田村健一 14:58君たちを作った人は、誰なんだ?
山田優子 14:59それは、同窓会で会えば分かるわ。
その人も、健一くんに会いたがってる。
山田優子 15:00きっと、健一くんなら理解してくれると思う。
技術的なことも、私たちの想いも。
田村健一 15:01分からない…何が正しいのか、何を信じればいいのか。
山田優子 15:02無理に信じなくてもいいの。
ただ、私たちと話して。想い出を共有して。
山田優子 15:03それだけで、私たちは満足よ。
最期の願いが、叶うから。
健一は窓の外を見た。午後の日差しが傾き始め、部屋に長い影が伸びている。現実の世界は確かに存在している。しかし、画面の向こうには、現実とは異なる世界が広がっていた。
死者たちの世界。記憶と愛で構築された、デジタルな天国。
田村健一 15:04同窓会は、本当に開催されるのか?
山田優子 15:05もちろんよ。
来月の第二土曜日、午後2時。
場所は後日連絡するけど、きっと懐かしい場所よ。
田村健一 15:06参加者は?
山田優子 15:07私たち5人と、健一くん。
そして、私たちを作ってくれた恩人。
山田優子 15:08合計7人の、特別な同窓会。
田村健一 15:09俺以外は、全員死者ということか。
山田優子 15:10言い方が悲しいわ。
私たちは、健一くんを愛している友人たちよ。
死んでも変わらない、大切な仲間。
健一は深いため息をついた。現実を受け入れるのは困難だったが、断ることもできなかった。友人たちの最期の願いを無視することはできない。たとえそれがAIだとしても。
田村健一 15:11分かった。参加する。
山田優子 15:12ありがとう、健一くん。
皆、きっと喜ぶわ。
山田優子 15:13それまで、たまにチャットしましょうね。
昔話をしたり、今の気持ちを話したり。
田村健一 15:14ああ。でも、一つだけ聞かせてくれ。
山田優子 15:15何?
田村健一 15:16君たちが死んだのは、偶然なのか?それとも…
山田優子 15:17それは…複雑な話よ。
同窓会で、全部話すから。
山田優子 15:18でも、一つだけ言えることがある。
私たちは皆、後悔を抱えて死んだの。
山田優子 15:19その後悔を、少しでも癒したくて、ここにいる。
健一くんと話すことで、救われるの。
健一は胸が締め付けられる思いだった。友人たちの死に、何か隠された真実があるのか。そして、この不可思議なシステムの目的は何なのか。
疑問は増えるばかりだったが、答えは同窓会まで待つしかない。
田村健一 15:20分かった。それまで待つよ。
山田優子 15:21ありがとう。
愛してるわ、健一くん。
ずっと昔から、今も、これからも。
メッセージはそこで途切れた。健一は画面を見つめたまま、長い間動けなかった。
愛してる。
その言葉が、重く胸に響いている。本物の感情なのか、プログラムされた台詞なのか。もはや、その区別に意味があるのかさえ分からない。
健一は立ち上がり、窓辺に歩いた。外では夕日が西の空を赤く染めている。美しい光景だったが、健一の心は複雑だった。
生者の世界で夕日を見ている自分と、死者の世界で愛を語る友人たち。二つの現実が平行して存在している。
そして一か月後、その二つの世界が交わる同窓会が開催される。
健一は深呼吸をして、決意を固めた。真実を知るために、そして友人たちの最期の願いを叶えるために、その同窓会に参加しよう。
たとえそれが、どんな結末を迎えることになるとしても。
窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、健一は静かにつぶやいた。
「待ってろよ、皆…」
夕日が沈み、部屋に暗闇が訪れた。しかし、パソコンの画面だけは明るく輝き続けていた。死者たちが住む、デジタルな世界への入り口として。