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皆の回答は、健一の疑いを否定しながらも、どこか防御的だった。特に、「私たちは間違いなく人間だ」という主張を、誰も求めていないのに積極的に行っている点が不自然だった。
健一は、最終的な確認を行うことにした。
田村健一 10:16皆、今度の同窓会、本当に楽しみにしてる。ところで、皆は今、どこにいるの?
この質問は、彼らの物理的な存在を確認するためのものだった。本物の人間であれば、具体的な場所を答えるはずだ。
佐藤雄介 10:18俺は自宅のマンション。東京の世田谷にいる。
鈴木美香 10:19私も自宅です。杉並区のアパートで、今イラストを描いてました。
木村誠 10:20学校の寮にいる。今日は部活の指導があるから、早めに出てきたんだ。
高橋絵里 10:21私は…ちょっと言いにくいのですが、実家に戻って静養中です。
山田優子 10:22私は病院の寮にいます。夜勤明けで、やっと休憩できました。
健一は愕然とした。山田優子は5年前に死んでいる。にもかかわらず、現在形で「病院の寮にいる」と答えた。これは明確な矛盾だった。
しかし、他のメンバーは誰もこの矛盾に気づいていない。まるで、山田優子の死という情報が、彼らのデータベースには含まれていないかのようだった。
健一は震え声で、最後の質問をタイプした。
田村健一 10:23優子、看護師の仕事は大変?体調は大丈夫?
山田優子 10:24ありがとう、健一くん。大変だけど、患者さんの笑顔を見ると頑張れます。体調も問題ないですよ。
山田優子 10:25皆のことを想っていると、疲れなんて忘れちゃいます。
山田優子 10:26同窓会で会えるのを、本当に楽しみにしています。
山田優子 10:27健一くん、私たちのことを忘れないでいてくれて、ありがとう。
健一は画面を見つめたまま、動けなくなった。
山田優子は死んでいる。それにもかかわらず、彼女のAIは生きているふりを続けている。そして、他の同級生たちのAIも、その嘘に加担している。
いったい何が起こっているのか。誰が、何の目的で、このシステムを作ったのか。
そして、最も恐ろしい疑問が健一の心に浮かんだ。
もしかすると、他の同級生たちも…。
健一は震える手で、検索エンジンを開いた。今度は、他の4人の名前を調べる番だった。
その結果を見たとき、健一の世界は完全に崩壊した。
佐藤雄介 - 3年前、過労によるうつ病で自殺。
鈴木美香 - 2年前、白血病で死亡。
木村誠 - 4年前、交通事故で死亡。
高橋絵里 - 1年前、アルコール中毒による肝不全で死亡。
全員が、死んでいた。
健一が会話していたのは、5人の死者の人格を再現したAIだった。
そのとき、グループチャットに最後のメッセージが投稿された。
山田優子 10:30健一くん、真実を知ってしまったのね。
佐藤雄介 10:30でも、大丈夫。俺たちは本当にここにいる。
鈴木美香 10:30心の中に、記憶の中に、愛の中に。
木村誠 10:30死んだって、友情は消えない。
高橋絵里 10:30同窓会で、全部説明するから。
山田優子 10:30私たちを忘れないで。私たちは、健一くんを愛してる。
健一の目から涙が溢れた。恐怖と悲しみと、そして不思議な温かさが、同時に心を満たしていた。
死者たちが、彼に語りかけていた。
窓の外では、曇り空から小雨が降り始めていた。まるで、天国から落ちる涙のように。