密室殺人事件
昼食時、弁当を忘れた藍香は、羽村を引き連れ購買に来ていた。
「おば……、おねーさんメロンパンとカスタードサンド!」
「誰だい、今、おばさんって言おうとしていたね!」
藍香は全力で頭を振る。
「危なかった……、昼抜きになるところだった」
「国見さんは耳が良いからね。特におばさんって言葉に」
目的の品を手に入れた藍香は、意気揚々と屋上へと階段を登っていく。だがその途中、二階の視聴覚室の扉の前で人だかりが出来ていた。
事件の匂いを感じた藍香は、羽村の袖を引っ張って、その人だかりへと駆けた。
「えー、もうご飯食べようよ~」
「事件の匂いがするのよ!」
駆け付けた藍香は、その人だかりに話しかける。
「どうしたの?」
「あれ、ヤバいんじゃないの?」
「ピクリとも動かないんだけど」
藍香は扉越しに中を覗いた。暗い室内に人が倒れている。
「早く先生を呼んできて!」
藍香は一年の生徒に指示を出した。彼女は引き戸に手をかけるもビクともしない。そのまま他の窓も開けようと試みたが、どこも閉まっている。
「藍香、これって……」
「そう、密室よ!」
藍香は扉を叩いても、倒れている生徒の反応が無い。彼女は、よく観察した。
倒れている生徒は靴の色から一年の男子生徒。頭部の近くには飛び散った血痕のようなものがあり、事件の物々しさを如実に伝えている。生徒の手にはUSBメモリ。後は近くにパンが三つ転がっている。
藍香はスマホを取り出した。
「どうするの?」
「とりあえず救急か警察よ!」
「そうね、そうよね!」
藍香たちの騒ぎに、人が集まって来る。
「もしもし、達西高で人が倒れています! はい、はい! 新校舎の二階です!」
消防に電話を入れた藍香はスマホを片手に推理を始めた。
「開かないのか?」後からやってきた生徒が扉の取っ手に手をかけようとする。
「触っちゃダメ!!」
注意された生徒は、驚きの表情で藍香を見る。
「まだ犯人の指紋が残っているかもしれないから!」
それより前に藍香が触ってしまっていた。不覚だった。現場保全が鉄則なのに迂闊な行動をしてしまったと悔いる。
視聴覚室の鍵は職員室のキーボックスに入っているはず。職員室で生徒がキーボックスに手を付けるなんてありえない。それにここは二階。裏庭に面していて、窓から飛び降りたとしても裏庭で昼食をとっている生徒の目にも入るはず。これは間違いなく教師の犯行!
「開けてくれ!」
その時、数学教師の浦上が生徒たちを掻き分けて前に出てきた。浦上は視聴覚室と書かれたプレートの方を持って現れた。
「誰かが倒れているんだって!?」
「先生、ストップ!!」
カギにの方に持ち替えようとしていた浦上を藍香は止めた。
「なっ、どうした勝山!?」
「その鍵の方に犯人の指紋がついているわ!」
ビシッと音が出るかのような勢いで藍香は人差し指を突き付けた。
遠くで救急車のサイレンが近づいてくる。
決まった……。
「わ、わかった。鍵を持たなければ良いんだな」
浦上は慎重に鍵を持ち換えようとしていた。
「ぎゃあ!」
背後で羽村が、裸足で虫でも踏んだかのような吃驚の声を上げる。
その声に、藍香はビクッと肩を跳ね上げる。そして視聴覚室の扉から中を覗いた。
倒れていた男子生徒が半身を起こし、ボーッと藍香たちを見ている。
「あれ……、生きてる」
その生徒はゆっくり立ち上がり、人山に気づいて視聴覚室のカギを開けた。
「おい塚田、どうして視聴覚室で倒れていたんだ?」
浦上の問いに塚田という生徒は、恥ずかし気に答える。
「昼食をとりながら昨日録画したアニメを見ようと思ったんですが、落としたケチャップのパックで足を滑ららせて気を失ってたみたいです」
塚田からケチャップの匂いが漂う。彼が倒れていた床にはケチャップのミニパックが、破裂した状態で落ちている。
「なーんだ」
「野球しようぜ岩野」
生徒たちが去っていく。
「視聴覚室の個人使用は禁止だぞ」浦上は塚田に注意した。
羽村が藍香の肩に手を乗せる。
「さぁ、ご飯食べるわよ、六敗目」
「五敗目だって!」
藍香は羽村の手を払い落とした。