達来西高いじめ事件
達来西高等学校は昼食の時間が終われば、そのまま昼休みの時間へと突入する。高いフェンスに覆われた屋上の隅で藍香はスマホを弄っていた。教室内は電波状態が悪く、屋上で近所のfreeーwifiを拾って情報収集をするのが彼女の日課だった。それ故、雨の日でも屋上の階段室にいる。
母親が毎朝作る弁当を同級生の羽村真桜と共に食べ終わった時だった。
「ねぇ、あれ、いじめじゃない?」
近くで同じく昼食をとっていたカップルが校庭を見ながら呟く。藍香と羽村は同時に校庭へと目を向けた。それを聞いた何人かの生徒が屋上のフェンスに集まってきた。
そこには男子二人を十何人もの男子が囲んでいた。十何人もの男子の中にはバットを持っている者もいる。
「真桜、行くわよ!」
「えー、下まで行くのめんどい~」
「いいから、私の弁当箱も持ってきて、至急よ!」
「変なところで刑事の血が騒ぐんだから~」
「刑事じゃない! 探偵!」
藍香の弁当を持って、羽村はしぶしぶ彼女の後を付いていった。
藍香たちが一階に降り、外履きに履き替えている頃、集団の中心にいた二人の男子は縮こまっていた。
「ふざけんじゃねぇよ、お前ら!」
「……いや、僕たちは……」
「ちょっと、あなたたち何しているの!」そこに息を乱して藍香が割り込んできた。「いじめなら学校問題よ!」
突然割り込んできた女子にそのような事を言われて、集団の何人かが藍香を睨んだ。だが彼女は怯まない。ピッと音が出るかのように音を立てて人差し指を指した。
決まった……。
余韻に浸りながらも、藍香は言葉を紡ぐ。
「こんな大人数で二人を寄ってたかってなんて、みっともないじゃない!」
藍香は状況を観察する。いじめているのは三年生の男子、いじめられているのも三年生の男子。外履き用の靴の色で分かる。
「二年生には関係ない、ほっといてくれないか」
集団の一人が少しずつ距離を詰めながら睨みをきかす。
その時、集団の背後から七人の男子生徒が現れた。その生徒も三年生だ。
「たぶっち、遠野、お疲れさん」
その中の一人が飄々と二人に声をかける。
「国東!」
集団の一人が七人の中の一人に向かって声を荒げる。
「わりぃ、ここは俺A組が先に陣取っていたんだ」
「陣取っていただと! こいつら野球道具も持っていないじゃないか!」
藍香の頭が一瞬で混乱した。
陣取る? 野球道具?
数少ない情報から状況を掴もうと、頭をフル回転させる。
「……わ、分かったわ!」
男子生徒全員の目が藍香に向けられた。
「そこの男子生徒二人はいじめられているのね! そして、クラスの為に場所取りするように言われたの、そうでしょう!!」
七人のうち、国東と言われた男子生徒は二人の下に行って肩を組む。
「俺たちがいじめ? 心外だな」
肩を組まれた一人は身を小さくしていた。
「いいえ、貴方たちは悠々と昼食をとって、先にその二人に場所取りをさせていたのよ」
「それは、まあ否定しない」
「ほら!! それは立派ないじめよ!!」
その時、国東の左ポケットに手を突っ込み、キラリと光る金属を取り出した。
ナイフ!
真上からの強い陽光に反射したそれは、五百円玉だった。
「へっ?」
「はい、たぶっち」
「ありがとう、国東。これで今日販売のラノベが買えるよ!」
「たぶっち、それ読み終わったら次、俺だからな! それより飯だ」
そう言い残して二人は小走で去っていった。
「えっ、ちょっ!」
「金で買収かよ! ずりーぞ国東!」
「何言っているんだ、グラウンドは早い者勝ちだよ!」
そう言って、国東はこめかみを人差し指で突く。
二つの集団による侃々諤々の言い合いが始まった。
「はぁ……」
藍香は集団に背を向けて下駄箱に戻り始めた。
弁当箱を一旦教室に置いてきた羽村が漸く校庭に到着する。
「あれ? いじめは?」
「何でもない……」
「……ひょっとして、五敗目?」
「違う!」
名探偵藍香の昼休みは過ぎていく。