水着消失事件
父を刑事に持つ勝山藍香は今日もMASSで情報収集に忙しい。
紺のブレザーに袖を通す時も、朝起きて長い黒髪をブローしている時も、朝食の時も、着信があれば手を止めてチェックする。
そのような藍香を父、貢平は冷めた目で見ていた。
父さんみたいな刑事なんて、もう古い。今は探偵の時代よ!
「行ってきます」
家を出てもスマホで小さな情報を手に入れていく。歩いている時も(※危険ですので真似しないで下さい)、バスに揺られている時も、遅刻しそうになっても。
その日は達来西高等学校の門を悠々とくぐった。
「おい勝山。緊急時以外のスマホは禁止だと言ったはずだぞ。没収だ」
「あーん、先生、返して!」
夢中になるあまり、時々校門で引っかかり、没収されることも多々あった。
常日頃から、そういう思考でいる藍香の身の回りに、ある日、事件が起こった。
二時限目前、体育――。
「えっ、うそっ!? ないっ!?」プールサイドにある女子更衣室で皆の眼が田浦美薗に集まる。「私の水着が無い!」
女子更衣室は騒然となる。
振り向く藍香の眼光が軌跡を残す。
「どうしたの? 田浦さん」
心配して話しかけてきたのは、水泳部の大和田智美だった。
「入れていたはずの水着が無いの!」
「忘れたとか?」
「いいや、ちゃんと入れてきたはずなの。朝起きてすぐ準備して出てきて……」
藍香は皆の中央に出てきた。そして人差し指を立てる。
「事件の匂いがするわ」
「いよっ! 達西のホームズ!!」
背後から同じクラスの羽村真桜が合いの手を入れる。
藍香は立てた人差し指を眉間につける。
「んー。一時限目は移動教室で、後ろのロッカーに入れていたのよね」
田浦は頷く。
「一時限目の教室は物理、男子がほとんどよね……」
「ひょっとして男子が取ったとか!?」
女子の一人が騒ぎ立てた。その言葉に他の女子もざわめきだす。
それを藍香は掌で制した。
「いくら男子とはいえ、そのような大罪を犯すはずはないわ」
「それもそうだ」と、ちらほら声が上がる。
「リケジョなら可能よ。同じく物理を専攻している女子ならね。女子なら女子の水着を持っていても何も違和感はない。田浦さんの席は後ろから二番目、窓から三番目よね」
田浦は首肯した。
「物理は人気が無いから、先生は前の席に来るように指示するのを聞いたことがあるわ」
「そうね……」大和田智美は呟くように答える。
「その席から一番近いリケジョ、それはあなたよ!」藍香は大和田智美を指さした。「前に移動する男子に紛れて水着を抜き取ることが出来るのはあなたしかいない!」
「いや、そんなわけないわ!」
「それなら、大和田さんのバッグの中、見せて下さい」
「えっ、いや、ちょっと……」
「それとも見せられないものでも入っているのかしら。水着とか」
観念した大和田は、ロッカーから鞄を取り出し、ゆっくりと口を開いた。そこには水着が二着入っていた。
「智ちゃん……」
田浦は驚きの表情で大和田を見る。
「ほらね、どうして大和田さんは田浦さんの水着を盗んだの!」
藍香は、ビシッと音が出るかのように大和田を指さす。
「あの、これは!」
その時、スマホの着信音が鳴った。田浦のポケットからだった。
「お母さん?」田浦はスマホをタップする。「何?」
「あなた、水着忘れていっているでしょ! 朝はいつも寝ぼけているから前日にやっておきなさいと、あれほど言っているのに!」
「えっ、家にあるの!?」
「持っていこうか?」
「ううん、もういい」田浦はスマホを切った。「家にあるみたい」
田浦は舌を出し、可愛くウインクなどしていた。
その会話を聞いていた藍香は開いた口が塞がらない。背中に纏わりつくような、じっとりとした汗を掻いた。
「な、な……、じゃあ、何で大和田さんは二つ持っているの!?」
「私、水泳部だから、授業用と部活用に二つ……」
藍香の背後から肩を叩かれる。振り向きざまに、突き出した人差し指が頬に刺さる。
藍香はその手を叩き落した。
「これで〇勝四敗だね! ドンマイ!」
背後には合いの手を入れた羽村が、満面の笑みで藍香を迎え入れた。
「なーんだ」
「またか……」
「遅れると、松村先生から怒られる~」
クラスの皆は着替えを急いだ。
藍香は大和田を指さした手をゆっくり下ろした。そして悔しさに打ちひしがれる。
「ほら藍香、疑いをかけた大和田さんにごめんなさいは?」
背後から藍香の両肩を持ち、嬉しそうに羽村が問う。
「ご、ごめんなさい」
はにかみながら大和田は返した。
「良いのよ、いつもの事だし」
チクショ~~、今度こそイケると思ったのにぃ~~!
名探偵藍香の一日が過ぎていく。