【9】策を練る
「一 度 帰 っ て き な さ い」
名古屋の実家の母からお怒りのメールが来てしまった。まあ無理もない。大学生になって東京で一人暮らしを始めた娘が夏季休暇になんのかのと理由を付けて帰らなかったのだ。よもや不良にでもなったのではないかと心配されているのだろう。不良ではなくてゾンビなのだけど伝えても安心してもらえそうにない。
いや、実際親には打ち明けるべきなのかもしれない。いつまでも隠し通せるわけでもないし。
でも娘がゾンビになってしまったと知ったらきっとひどく悲しむだろう。そして一人暮らしなどせずに親元に帰ってこいと言うだろう。
冷静に考えれば、その方が多分良いんだろうなあと思わなくもない。こんな体で頑張って大学生活を送ってるけど、いつボロが出るとも限らない。
でも。
もう少し、頑張ってみたい。
日々のストレッチとボイストレーニングと更に学業と、キツイながらも今のところなんとかなっているのだ。
先輩ゾンビの香澄はなんと小走りまではいけるらしい。成せば成るのだ。私も頑張る。
しかしこのままでは怒った母が押しかけて来かねない。やはり一度帰るしかないだろう。
長く居るのは危険すぎるので一泊二日の弾丸帰省。
でもなぁ…昔から母は私の隠し事に敏感な人だった。成績の悪かったテスト用紙を見せたくなくて目を逸らしていたら母の右手がずいっと眼前に差し出されたこともあるし、サプライズのプレゼントで驚いてもらった記憶はない。
そもそもずっと育ててきた娘がゾンビになるという異変に親が気付かないなんてことあるのだろうか。いやあまりにも異変が特大すぎて逆に盲点になるかもしれない。
なんにしても、一人では危険だ。自分だけに意識が集中するのは避けたい。そう、誰か、友人と一緒にお泊まり帰省。これで親の気を逸らす!
「というわけで、お願いできないでしょーか!」
「そりゃあかりのために一肌脱ぐのは全然構わないけど」
頼める相手は事情を知ってくれている香澄しかいない。なにとぞ。
「でも私も人間のふりがそんなに上手くできてる自信はないよ?あかりから目を逸らさせるためのスケープゴートはいいけどさ、目を逸らした先にいる私もゾンビなんだよ。ダブルゾンビだよ。むしろバレる可能性が倍になるだけだったりしない?」
「う…そう言われると。でも香澄は私より遥かにレベル高いし」
「なんのレベルよ」
「擬態レベル」
「お褒めの言葉ありがとう…?うーん分かったじゃあ一緒に行こう。ほんとは打ち明けたほうがいいんじゃないかと思うけどね」
「だって絶対帰ってこいって言われちゃうもん」
「そりゃまあ親御さんはそう言うよねぇ…。うん、とにかくあかりが不良になってないって証明するためにも私はいかにも真面目そうな感じで行くよ。服装髪型言動気をつけます」
「ありがとうぅぅぅ。てか香澄そのままで全然大丈夫だけど」
「いやもう三つ編みにメガネで趣味は純文学小説を読むことですみたいな」
「やり過ぎやり過ぎ」
「そうかな。でも何の理由もなく友人連れて帰省ってちょっと変じゃない?何か良い理由ないかな」
「理由…なんだろう、香澄名古屋に興味、なんかある?」
「名古屋…お城…なんだっけ、しゃちほこ?」
「金のしゃちほこに興味ある女子大生…うぅん」
「あ、こないだ雑誌でぴよるん♪って名前のスイーツ特集されてた。すごく可愛いの。名古屋駅で売ってるんだって」
「それだ!じゃあ香澄はどうしてもぴよるん♪を食べてみたいのでせっかくだから一緒にってことで」
「駅で買って、あかりの家に手土産として持っていくのがいいね。あかり食べたことあった?」
「ない。食べておけばよかった」
「今となっては味が分からないからなー」
「それなー」
というわけで、友人を一人連れて帰りたいのだけど泊めても大丈夫だろうかと親に連絡したところ、二つ返事でOKが来た。もはや娘が顔を見せるならなんでもいい感じらしい。一泊だし実家だしで荷物はそんなに多くない。動きやすいようにできるだけ小さく荷造りした。
そしていよいよ当日。
待ち合わせの東京駅はいつもながらごった返していた。以前はうんざりする程度だったがゾンビとなった今ではもう殺されるように感じる。
違うよ、ゾンビの群衆が人間を襲うんじゃないんだよ。東京駅に放り込まれたゾンビなんてぼんやりしてたらあっという間に転ばされて頭部を踏まれて終わりなんだよ。ニンゲンノグンシュウコワイ。
動きにくい体を必死で動かし人の波を抜け、なんとか待ち合わせ場所に到着。程なく香澄もやってきた。
普段よりもちょっとシックで品の良いワンピース。ほんとにいつもより真面目学生ベースでやってきてくれたらしい。
動きやすさだけを考えてジーパン履いてる私とえらい違いだ。
「し、しかもヒール付きのサンダルだと?お主只者ではないな?!」
「たかが3㎝くらいだけどね〜。でもさすがに東京駅はなかなかしんどいわ」
先輩ゾンビの威厳をこれでもかと見せつけられつつ香澄に先導してもらって新幹線に辿り着く。
もうこれだけで息も絶え絶えだ。息してないけど。
「香澄ありがとう付いてきてくれて…。親にバレるバレない以前に一人じゃ長時間移動すること自体が難しかったかも…」
「どういたしまして。私も遠出はほとんど初めてだし、名古屋駅は分からないから、あかりが頑張ってよ」
「りょ、了解」
大丈夫、東京駅の混雑に比べたら名古屋駅のそれなど大したことはない。
…はずだったのだけど、いざ降り立ってみるとやっぱりこっちも人が多い。事前に調べておいたぴよるん♪のお店に辿り着き、可愛らしいヒヨコ型のケーキを4つ買う。
そして最寄り駅から徒歩で15分。懐かしき実家前。いよいよだ。ひとつ深呼吸(の真似)。いざ!
(続)