【8】尊さを知る
ゾンビになって以来、はっきりと心情的に変化したことが一つある。(肉体的な変化は多すぎて書ききれない)
それは「生きているものは尊い」というような気持ち。
人間はもちろん、犬や猫や、野生動物や、果ては小さな虫でも。何もかも、生きているだけで凄い。
あらゆる生き物に愛を…聖母マリアかマザーテレサか。いやゾンビだけど。
一寸の虫にも五分の魂という言葉がある。五分というのが重さのことなら、それは2gにも満たないらしい。
とは言えこちらはゼロgなので。2gだろうが1gだろうが、0とは比べものにならないのだ。2gすごい。五分すごい。だって私ゼロだもん、というような気持ち。
だから正確には慈愛の心ではないのかもしれない。こちらの方が下です、生きてる皆様すごいです、みたいな。敬愛の心?
なので小虫1匹殺せなくなった。
まるでブッダのよう。いやゾンビだけど。
まあ特に殺す必要もない、というのもある。なにせ蚊に刺されることすらないのだ。生き血がないし。
仮に蜂に刺されたとしても痛みもなければ腫れることもなく、アナフィラキシーショックになることもないだろう、多分。
むしろ私が気をつけなければいけないのは蜂に刺されてるのに痛そうにせず気付きもせずに不審がられ、医務室に行かされて死んでることがバレるみたいな事態のほうだ。
蜂を見かけたら生前と同じようにちゃんと怖がって「キャッ!」とか言う気持ちを忘れずにいたい。
「というわけで生きてるってほんと貴重だなぁ素晴らしいなぁって感じなんだけど、香澄はそんな風に思う?」
「いやー…ないかな」
あら、個体差だったか。
「私はむしろ羨ましいとか妬ましいとか…私はゾンビなのにみんな生きて輝いててチクショウみたいなマイナスイメージが多いかな。そういう気持ちの時に稀に噛みつきたくなったりしてたんだけど…」
あぁ、その気持ちもちょっと分かる。
「でもあかりと逢ってから、なんか全然そういう気持ち無くなっちゃった。自分一人じゃないから…なのかな。みんなはみんなで、私は私で、それでいいやって」
香澄は1年以上も、一人でゾンビで、過ごしてたんだな…。
「あかりめっちゃ前向きだから、影響されてるのかもしれない。へへ、逢えてよかった」
「私も、香澄に逢えてよかった」
「うん!慈愛の心もなんかイイ感じだから私も持てたらいいな。あ、慈愛の心と言えばさ、こないだ会った神野くんって子?昨日見かけたんだけどさ。巣から落ちちゃった鳥の雛を戻すのに奮闘してたよ。脚立持ってきて、人の匂いが付いちゃうと親鳥に嫌われちゃうかもしれないからって葉っぱでガードして運んで、無事に戻せて周りから拍手喝采されてた。面白いねあの子」
ゾンビになどなっていなくても、慈愛の心を持ってる人もいる。
「神野くんすごいなぁ…。あ、私だったらゾンビだから雛に人の匂い付けずに済む…ダメだ脚立登れないわ。怖い」
「私はゆっくりならなんとかなるかな〜」
「マジ?香澄センパイさっすが!」
「てか雛にゾンビの匂い付くのもっとヤバくね?」
「…そうだね」
落ちてる雛を見つけた時は、神野くんに頼むことにしよう。
(続)