【4】登校する
準備運動OK。ボイトレOK。匂いチェックOK。課題OK。いざ、大学へ!
「花宮さん、久しぶり〜」
「あかりおはよー!なんで全然連絡くれないのさー」
友人たちが話しかけてくる。だ、大丈夫、散々練習したんだから。さあ第一声。
「ヴォ…お、おはよう」
「声、どうかした?」
「か、風邪ひいちゃってさ。なかなか治らなくて」
「そうなんだ。辛そうな声だよ。あ、仏語の課題やった?私まだできてなくてー」
「あの先生は甘いからレポート枚数さえ書けてたら及第点くれるってよ」
友人たちとたわいない会話をしながら講義に向かう。うん大丈夫、私溶け込めてる。ゾンビばれしてない。
しかし大学生で良かったよね。高校生だったら色々無理だった。
まず体育無理。水泳とか絶対無理、沈む。いや浮くのかな?どっちみち泳ぐの無理。
マラソン大会とか球技大会とか無理。
音楽も美術も家庭科も無理。細かい作業できないし楽器とかカスタネットくらいしか無理。歌ったら「ヴォエえ〜♪」ってなる。
でも今は全然眠らなくて平気だから、一夜漬けテスト勉強だけは捗ったかもしれない。
皆に混じって大人しく座り、講義を受けるくらいならなんとかなるのだ。
階段でギクシャクして「風邪のせいで体力がガタ落ちした」と言い訳が必要だったけど。
健康だった頃にはなんとも思わなかったけど、死んでみると階段とはこんなにしんどいものだったんだね…。
今後は階段トレーニングもしなくては。
なんとか午前の講義も終わり、お昼の学食。
学食ねぇ…これもまた困る。なにせ別に食べたいわけではない。
「あかりおにぎり1個だけ?ちゃんと食べないと体力戻んないよ」
「そうだよー。ダイエットなんか要らないぞ」
「あんまり食欲なくてさー」
何も食べないのはさすがにおかしいだろうから一応食べるけど、味も分からないし割と辛い。本音を言えば君たちの二の腕のほうがよっぽど美味しそう…いや今の無し。
「あかりももう講義ないよね?午後どうする?」
「私は一応サークルに顔出してみようかなーと」
「なんだっけ、ミス研?」
「うん」
ミステリー研究会。と言っても別に固苦しいものではなく、推理小説を読んで感想を言い合ったりお薦めの本を貸し借りしたりする、のどかなサークルだ。
じゃあまたね、と友人たちと別れ、部室のある棟へ向かう。
賑やかに足早に行き交う学生たちの中に、知ってる人が一人。
彼は地面から大事そうに何かを掬い、そっと脇の植え込みまで運んで降ろした。
神野有くん。同じサークル。本格派好きエラリィ・クイーン派が多いミス研で数少ない私の同志、クリスティ派の1年生。
「神野くん久しぶり、今何してたの?」
「花宮さん久しぶりだね。トカゲが道端で右往左往してたから踏まれそうだなと思って」
トカゲ…をあんなに優しく拾ってたのか。
「声どうかしたの?」
「あー…ちょっと風邪ひいちゃって」
「じゃあこれあげる。今からサークル?」
「うん、ありがとう…」
のど飴。
トカゲにも、ゾンビにも、優しい。
(続)