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【30】知る

どんっ!!と力一杯神野くんを突き飛ばした私の上に、本棚が落ちてくる。自分は間に合わない。せめて、頭だけは。


ズドオォンっ!!と鈍い音を立てて本棚は倒れた。…私の右足の上に。精一杯急いだが足一本、逃げ切れなかった。ゾンビだから痛みはない。でもこの衝撃…折れているか、抉れているか。最悪なら…。


「花宮さん!!!」


慌てて振り返り駆け寄ってきた神野くんが私の足を見て蒼白になる。


「ま、待ってて。すぐに…!」


本棚を持ち上げようとしてくれている。しかし壁一面で繋がっていた鉄製の本棚、相当に重そうだ。人一人の力で持ち上がるだろうか…。なにより、本棚の下で、私の足はどんな状態になっているのか。咄嗟のことで私は「痛そうな様子」を作れていない。痛がってない人間にはあるまじき足におそらくなっている。病院に行くこともできない。どうしよう、どうしよう。


「くっそ…!!一人じゃ無理だ。すぐ助けを呼んでくるから…!」


大勢の人が集まったら、もっとマズい!


「待って!!」


走り出しかけていた神野くんが怪訝そうに振り返る。

言う…しかない。でも、何からどう伝えれば。そもそも信じてもらえるのか。


「花宮さん?いったい…。…………?」


私が、痛そうではないことに、たぶん気がついた。


「大丈夫…。痛みはないの。私は………ゾンビだから」


最後はちゃんと発音できただろうか。


「何を…言って……」


「本当なの…脈もないよ。触ってくれたら分かる。去年の夏にゾンビに噛まれて、それからこんな体で…えっと」


ダメだ。何を言えばいいか分からない。


近づいて腰を落とした神野くんがじっと私を見つめる。


「つまり…今本当に痛くないってこと?」


「え…う、うん」


「よかっ…た」


神野くんは下を向いて一つ大きく息をつくと、また私の目を見て、「人に知られるとマズいんだね?」と聞いた。


「…うん」


「わかった。ジャッキとかあれば一人で持ち上げられる。探してくるから待ってて。あ、ここは鍵かけていくから」


神野くんの足音が駆け足で去っていった。どこまで分かってくれたのか。でも、とにかく私を助けようとしてくれている…。本当に、優しい…。


程なくして荷物を抱えて戻ってきた神野くんは、「先生から借りてきた」と車用のジャッキを使って本棚を持ち上げてくれた。やっと足を引き抜く。


今日は動きやすいようにゆったりしたズボンを穿いていた。綿一枚で守れるはずもなく、衝撃を受けたふくらはぎはズボンの上からでも肉が抉れているのが見てとれた。折れても千切れてもいなかったのは不幸中の幸いだ。でも、もう二度と膝丈のスカートは着れないな…。


「…役立つか分からないけど包帯も持ってきた。…巻いても?」


「あ…ありがとう。ううん、自分で…」


見られたく、ない。


背を向けて包帯を巻き、ズボンを直すと見た目はとりあえずさほど問題なくなった。普通に歩くこともできそうだ。

振り返ると神野くんが心配そうにこちらを見ている。この人はたぶん、念押しなどしなくても誰にも言わずにいてくれるのだろう。私はこれからも大学生活を続けられるのかもしれない。


でも。


なぜだか、もう一度神野くんの前で笑えるように思えない。知られてしまったこの人とまた会うのはとても辛くて…無理だ。


「あの…色々とありがとう。………私、今日は、帰るね」


もう、会えない。


神野くんの横をすり抜けて、扉に手をかけた時、後ろからふわりと抱きしめられた。

顔のすぐそばに、神野くんの腕。慌てて距離を取る。


「ど、どうしたの?」


「…ごめん。なんか、どこかに行っちゃうような気がして…」


「わ、私本当にゾンビなんだよ?腕とか、噛んじゃったらゾンビになっちゃうかもしれないんだよ?」


「…………うん。いいよもう、それでも」


「……え」


「花宮さんにこれからも、そばにいてほしい。君が……好きだよ」


私が……ゾンビでも……?ほんとうに…?


立ち竦む私の手を取って、両手で包みこんでくれる。

血の通わない手に、温かさが伝わってくる気がする。


知らなかった。



ゾンビって、涙、出るんだ。


  (続)

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