【29】遭う
その日、ミステリー研究会の部員たちは朝から大忙しだった。
「ここからここまで、とりあえず一旦空にして、運んでー」
天井まで届くような大きな鉄製の本棚は、本を全てどけてみると老朽化が見てとれた。ネジの締め直しや修繕、無理そうなら廃棄して新品に交換とのこと。業者の方々が検討を続ける中、手伝いの我々は本を運んで並べて、また運んで並べてと肉体労働の繰り返しである。
体調不良(本当はゾンビなので難しいから)を理由に合宿を断ったりしているので、みんなから「大丈夫?」「休んでいいよ」などと気遣われてしまう。メイクで誤魔化してるとは言え顔も若干青白いしなぁ。でものんびりでいいから延々と肉体労働というのはゾンビの最も得意とするところなので、ここぞとばかりに役立ちたいという気持ちもある。しかし周りの女子を見渡すと「つかれたーっ!きゅうけーい!」とぼちぼち休み始めているようだ。なんなら「俺体力ないからぁ〜」と男子もダウン気味である。一人だけ無尽蔵の体力で動き続けていると少々不気味かもしれない。
「そろそろ一旦休憩しようか」と神野くんが声をかけてくれたので、「うん、ちょっと腕が痺れてきちゃった」と疲れた顔を作ってみる。
もちろん、疲れた顔も腕が痺れたのも厳密に言えば「嘘」なのだ。心配してくれる人たちに嘘をつくのは本当は心苦しい。でもここに溶け込んでいようと思ったらそうするしかない。
とは言え実際には1ミリも疲れていないのだから、こんな時人間ってどうなるんだったっけ?と必死で生前の記憶を掘り起こす日々である。まるで元気な顔をしながら口だけ疲れたと言っているのもそれはそれで不気味だろう。たとえ疲れていなくても、自然に疲れた表情を。ゾンビは女優でなければならない。
その点香澄などは多少変な言動を取っていても綺麗でミステリアスだよねとかでぜんぜん許されている感じである。美人は得なのだ。まあそこらへんはもしかしたら本物の女優さんも同じかもしれないが。ミステリアスから程遠い私はがんばるしかない。
さてミス研の人々、基本的にみんな本好きなのである。休憩でしばらくはおしゃべりなどしているが、本に囲まれた空間なので三々五々散っていったかと思えば手に手に本を持って帰ってきて読み始めてしまう。私も何か読もうかな…とあたりを見渡すと目に飛び込んできた「昆虫図鑑」。よし、今朝見かけたあの芋虫さんを探してみよう。都会にいるのだから多分普通にモンシロチョウとかかな…いわゆる青虫さんだったし。とアタリをつけて調べてみるとやはりモンシロチョウの幼虫だったようだ。これが蝶になるなんてほんとに不思議…ほほうサナギになって…サナギの中で…体がドロドロに??え、一旦ドロドロになってから蝶に???あ、いやそういえば小学校の理科で習ったような気もするけれど。ドロドロ…ドロドロになってから生まれ変わるのか、なんという生命の神秘…!命って凄すぎるな?!と、生きていた頃の100倍くらいの感動を持って図鑑を眺めてしまう。今度お運びする際にはレースのハンカチでお包みしなければ。
夢中で読んでいたら顧問の先生がやってきた。
「あー、すまんすまん。誰かうちの研究室の前に置いてある段ボールを第2資料室まで運んでおいてくれんか」
「あ、私が行きます」
疲れのないゾンビ颯爽と立候補する。手伝ってくれると言う神野くんと一緒に先生の部屋の前で段ボールを台車に乗せ、第2資料室へ。ここも修繕の対象らしく、古びた鉄製の大きな本棚は撤去の準備がされているようだ。
ここらへんでいいかな、と本のどっさり詰まった段ボールを置き、踵を返した時。
大地が、ぐらりと、揺れた。
多分、震度5かそのくらいだったろう。普段なら本棚は壁に固定されている。せいぜい本が落ちるくらいで済んだだろう。
でも、今は。
長く連なった鉄製の本棚がゆっくりこちらへ倒れてくる。
前を行く神野くんはまだ気づいていない。
急げ私の足。今誰より速く動け。
生きてる人を、守る!
(続)




